#463 復讐 I
第三視点はベイリルの半生へ介入し続ける──
イアモン宗道団の本部へ直接赴くよう、ゲイル・オーラムの興味を惹くような内容の使いツバメを出した。
不安定な"重合窒素爆轟"が暴発する運命を捻じ曲げ、完璧な調整でセイマールへと直撃させた。
遠征戦においてそれとなく虫の報せのように震わせ、ジェーンの危機に間に合うよう回した。
旅人を装って、インメル卿ヘルムートに領地を救う為にカエジウスに会うべきだとワーム迷宮へ誘導し、俺自身と引き合わせた。
インメル領会戦で、ケイとカッファを戦場まで救援するよう正確な位置まで伝えた。
他にも陰に日向に介入しつつシップスクラーク財団を支え築きあげていった。
「──そいで、あん時の復讐を果たすわけかい」
『あぁ、それで"脚本家"の死体をこの時代のベイリルの前に引き出す』
今日も今日とて肉体を借り受けるのに、俺はアイトエルへと説明する。
「意外と早かったのう」
『いやぁあれから十年以上経ってるんだが……時空を跳び飛びな第三視点はともかく、アイトエルにとっちゃそこそこの年数だろう」
「ぬっはっは、たかが十年ぽっち。短い短い」
7000年も直で生きてきたアイトエルにとっては、10年程度は70歳にとっての1年程度ということだろうか。
俺もハーフエルフとして400歳近く。眠っていた期間を差し引いて正味300年ほど生きたし、時間遡行もしているが……まだまだそんな実感には程遠い。
「そういえば将軍じゃったか──は、もっと後かえ?」
『そっちは俺自身でいずれ片を付ける……色々と落ち着いてきたし、アイトエルの手を大きく煩わせるのもあるいは最後かも知れん』
「ふむ……それはそれで寂しいもんじゃな」
『ははっそう言ってくれると、俺としても名残惜しい想いだ』
合間合間とはいえ7000年もの時間を──互いに救い、救われ。時に苦楽を共に、生き過ごし。付き合って来た仲である。
愛するフラウ、ハルミア、キャシー、クロアーネとも違う。
俺の前世からの記憶を読んだ、心からの理解者たるシールフとも異なる。
"かけがえのない絆"というものが俺達にはあった。
「──何度言わせるのだ、我輩は喜劇が書きたいのだよッッ!!」
「だからってなんで押しかけてくる必要がある!?」
「王宮劇こそ喜劇の坩堝、彩り溢れる高慢な者たちが陥ちる姿にこそ、観客はその顔をほころばせるというもの」
「そういうことを聞いてるんじゃない。明確な理由を言え、理由を」
「つまり演者に最も相応しき者を選別しなければならないということだ。その点"玉座"、きみが育てた者達こそ舞台にうってつけというもの」
「バカが、一人の完成品を作り上げるのにどれほどの労力を注いでいると思っている。私のこれは一種の芸術だ」
「芸術、良いことだ。それは我輩の舞台も同じこと――」
二人の男が山奥にある大きな屋敷の門前で会話を繰り広げているのを――陰に隠れたアイトエルは聞き耳を立てつつ、心中で話す。
(どうやら口論をしているのう。なんなんじゃ、あやつら)
『結社と言っても、突き詰めれば今は単なる互助会だからな』
(――脚本家と、もう一人は?)
『玉座と呼ばれている結社員だ。自ら教育を施し、新たな王に仕立て上げるらしい』
魔領出身の魔族。元々自身が影武者をした経験もある、魔領貴族の教育係としてその腕を振るっていた男。
それがいつしか、トップの首をすげ替え、新たに成り代わる人材を育てるにまで至った。
実際には王に限らず、依頼に応じた様々な組織や共同体の頂点となりうる人物へと変貌させ、都合の良いようにいくつもの集団を操っている。
誘拐された姉フェナスも一時、玉座へと預けられ教育を受けていたのを第三視点で確認している。
「……ったく、こんな男に借りを作るのではなかった」
「聞こえているぞ、玉座」
「それは良い、聞く耳くらいは残っていたか脚本家」
「御託も口も減らない魔族だ」
「どっちが……――ああ、とにかく! この一件で借りは完済ということにさせてもらおうか。ほらっ、署名をよこせ」
脚本家は己の通名を書いた獣皮紙を渡すと、玉座は自身の署名を書き加える。
「仲介人に"使いツバメ"を出すの、別に忘れてもらっても構わんぞ」
「仲介もなしに直接やって来る大バカと、縁を切れる機会を捨てるわけがない」
「いやあっははは、急ぎだったものでな。それに選別する為に演者候補を全員を連れてくるとも思わんし」
「当たり前だ」
玉座は吐き捨てるように言いながら門を開けると、脚本家と共に庭先にあるツバメ小屋から手紙を括り付けて飛ばした。
『可哀想だが、ツバメは殺そう』
(あいよ)
次の瞬間にはアイトエルは空中高く跳躍転移し、使いツバメを抑えてまた地上へと戻る。
『このタイミングで仲介人に知られるわけにはいかないからな。あの二人はこの場で会うことなく……一人は死に、一人は行方不明となってもらう』
(なるほどのう)
ツバメの首を折って安楽死させ、埋めようとしたところでアイトエルが鼻を鳴らす。
(にしても、なんじゃこの匂いは)
『結社員ごとに芳香にも微妙な違いがあり、それが経由して届くようになっている。遍在する仲介人はおおよその居場所や動向を把握しているから、差出人に会いに行くという単純な方法なんだ』
("遍在の耳飾り"か、随分と有効活用しておるんじゃな)
俺はアイトエルの肉体を借りた状態で、使いツバメの死骸を土へと還す。
『では、征くか。くれぐれも逃がさないようにしないと』
(仮に討ち漏らしたところで、儂と第三視点から逃げ切るなど不可能じゃろうて)
時間と空間を超越して観測し、一瞬にして跳躍転移する――我らながらトンデモ存在である。
『まぁそこはほら、第三視点用の魔力温存も含めて手間は少ないほうがいいもんで』
「ふっ、まかせておけぃ」
アイトエルは心ではなく言葉を口から出すと脚本家と玉座、二人の間に割って入るように跳ぶ。
「うぉ……?」
「ッッ──!?」
やや地上から浮いた状態から、左右それぞれの手で二人の肩を掴むと──膝から力が抜けるように──そのまま地面へと崩し落としたのだった。
「はてさて、煮て食おうか焼いて食おうか」
「何者だ……いつの間に」
「むむっ、見覚えがあるぞ!! あれはそう……我輩が手掛けた"赤き炎と血に彩られた浅くも深くもない亜人の森の悲劇"に興奮して舞台に上がってきた客!?」
「不愉快じゃ」
「うっぐぁぉぉ──」
俺の言葉を代弁するようにアイトエルは脚本家に向かってそう一言、カカトで喉元をやや軽く踏んづけた。
「参集──ッ!!」
するとその隙に玉座が叫び──小屋の中から7人ほどの男女が即座に駆けつける。
「ほう、教え子かい」
「この童女を殺せ!!」
玉座の命令に従い、教え子らはジリジリと包囲を敷く。
「ふむ……いきなり突っ込んではこんか、なかなかよく訓練されておる──じゃが、それでも余興とするには全然足りぬな」
言いながらアイトエルは抱擁するかのように両腕を広げるのだった。




