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#462 種を撒く


 "第三視点"──時間と空間の制約がなくとも、魔力量による限界は存在する。

 大空隙に貯留された莫大な魔力であっても、7000年もの時を越えてくれば底も見えてくる。


 フラウの今後。ラディーアの先行き。スィリクスの顛末。

 アンブラティ結社の活動。姉フェナスの行方(ゆくえ)

 (のち)に同志となる皆の動向。その他、将来的に必要となるであろう情報群。

 そしてベイリル(おれ)自身の半生。


 魔法を使っていられる時間を無駄にすることなく、残りの魔力を考えて効果的に立ち回っていく──





 フラウは両親を目の前で喪失したことで、重力魔術を発現させると同時に暴走状態となった。

 自らは重力の(くびき)から解き放たれ、浮遊しながら漂流し──領域に入った物質は容赦なく浮かんだり圧し潰される。


 大自然の中で魔力が切れ、少女は素のままに生き残ることを課せられる。

 突然に喪失し、放り出された世界の中で……幼馴染は――



 ドクンッと、突如として無いはずの心臓が跳ねたような錯覚に襲われると同時に、俺は自分自身の存在が希薄になる"境界線"を覚えた。

 ここから先の時間軸へ進めば、消失してしまうという確信めいたナニカが芽生えていた。


(なん、だ……こりゃ)


 第三視点(おれ)は直感的にベイリル(おれ)自身の元へと向かう……懐かしくも思えるイアモン宗道団(しゅうどうだん)の拠点。

 その一室で寝込んでいる幼きベイリルは、一応の処置はされているようだが衰弱が激しく──今まさに息を引き取ろうとする直前であった。


(こんな過去(みらい)は知らない、というかありえない……どこで間違えた?)


 ジェーンとヘリオとリーティアは、外庭でセイマールの下で鍛錬に励んでいて……このまま誰にも看取られずに、孤独に死を迎える最中(さなか)

 過去の俺が死ぬからこそ、未来にして過去である俺自身も消える寸前にあることは理解できた。



 そのまま映像を巻き戻すかのように、第三視点(おれ)は時間軸を(さかのぼ)っていく。 


 治療──運搬──保護──その前には、陸上竜(トカゲ)がセイマールとアーセンによって倒されるという状況があった。

 さらに逆流すると、俺が陸上竜によって突進され重傷を負っている様子を垣間見た。


(分岐点はココか)


 魔術を覚えたての初陣。

 陸上竜(トカゲ)の眼を狙った一撃を(はず)してしまい、そのまま()かれてしまっていた。


(あの時は……きっちり命中させたはずだ)


 昔のことで記憶は曖昧だが、そうでなきゃ生きているはずがない。


(つまり逆説的に考えれば──)



 きっとあの瞬間も、俺に第三視点(おれ)が助力をしていたのだろうと確信した。

 であればやることは唯一(ただひと)ツ、歴史をなぞること、繰り返すこと。つまりは"俺自身に憑依する"。


 導くように伸ばした腕を微調整し──魔術の形成をより完璧なモノに近付けつつ──撃ち放つ。

 先に左から飛んだ"風擲斬"が陸上竜(トカゲ)の前足を引っ掛け、右から飛んだ本命の一撃によって片眼から鮮血が舞った。


(これで良し)


 素通りするように木々を薙ぎ倒しながら逃走する陸上竜(トカゲ)──改めて動き出した歴史を再観測し、問題が解消されたことを確認するのだった。





 それから再び幼きフラウのもとへと戻った俺は、その動向を見守る。


 サバイバルの中で魔術の制御を独学で会得しながら、人類社会でも孤独のまま少女は世を渡っていかねばならなかった。

 半人半吸血種(ダンピール)として時に(つら)い目に遭いながらも、幼馴染はたくましく生きていった。


 次に少しだけ時間を戻りながら、俺はラディーアが奴隷商を通じて王国で落ち着くまで。

 スィリクスは苦難を経ながらも、早めに学苑へと辿り着くのをそれぞれ見届ける。





 それから将軍(ジェネラル)脚本家(ドラマメイカー)から、仲介人(メディエーター)を経由してフェナス(ねえさん)を追う。


(こちとら百年以上も追ってきたんだ、拠点だって知り尽くしてる)


 加えて第三視点を利用すれば、おおよそのことは把握できる。



 仲介人(メディエーター)によってその才能を見出された姉は生命研究所(ラボラトリ)へと預けられ、肉体に強化因子のようなものを植え付けられていた。

 次に玉座(スローン)と呼ばれる男の下で教育と刷り込み、その後は交換人(トレーダー)を通じて、とあるサーカス団にて働き始めた。


(形は違えど、カルト宗教で洗脳されそうになった俺と似たような道を進んでしまったのはある種の因果と言えようか……)


 そこでフェナスはさらに強度を高めながら運搬のノウハウなども学び、運び屋(キャリアー)としての資質を獲得していったのだった。


 またアンブラティ結社員やその構成を知っていく過程で……。

 カプランの妻と娘を殺すに追いやった"真の仇敵(かたき)"とも言える存在をも知ることになる──





 定期的にアイトエルの肉体を借り受けるのは今までと変わらないが、今までと比べると自然と頻度は増える。

 今日も今日とて、重要な──あるいは最も大切な──ことを片付けるべく、俺はフラウとの対面を果たしていた。


「そんな警戒するでない」

「……そう言って近付いてきたの、何人もいた」


 俺があげたエメラルドの原石を紐で首から下げている、幼馴染のフラウは次の句を紡がないまま……。

 ロクな目に遭ってきてないのはもはや言うまでも無いとばかりに、拒絶の意思が眼の色に浮かぶ。


 ()り切れてしまうのも時間の問題と思えるほどに、顔から疲労の色が見て取れた。


「お節介を焼くのは性分のようなもんでなあ、いやもはや人生そのものと言って良いかも知れん」


 フラウの向けられた両手から、重力波が放たれるよりも先に転移して背後へと跳んでいた。

 目前で消えたことに困惑する少女の首元に、巻いた獣皮紙がトンットンッと当てられる。



「危害を加えるつもりなら造作もない。話くらいは聞くがええ」


 パラッと獣皮紙の中身を見せるように渡し、次いで金銀銅貨の詰まった袋をフラウの頭の上に乗せた。


「うっ……これって」

「学びの(その)に入る為の推薦文と巡回地図よ。おんしと似たような子もいる環境じゃ、新たな出会いと成長をそこで得るがいい」

「それにこんな、お金まで──」

「別に返さなくてよいが、その代わりに約束じゃ。必ず学苑(そこ)へ向かえ。子供は未来の宝ゆえの」


 そう言い残してアイトエルは空間跳躍し、その場から掻き消える。

 残されたフラウは困惑しつつも、その書面をしばらく眺めるのを遠くから観察する。



(フラウが学苑へ入学するキッカケとなった推薦文──アイトエルの背後(うら)には"第三視点(おれ)"がいたってのが真相なワケ、と)


 つまり俺がこれから()すべきこと……それは"スカウト業務"である。


 俺の愛しき人であるハルミアとキャシー。

 テクノロジー分野において欠かせないゼノとティータ。芸術と経済に寄与したナイアブとニア・ディミウム。


 帝国王族たるモーリッツもといモライヴ。王国三大公爵家の息女リン・フォルス。

 後にスターバンドとして輝かしい成功を収めるグナーシャ、ルビディア、カドマイア、パラスとスズについても。

 レド・プラマバやファンラン、オックスも――すべて"第三視点(おれじしん)"が学苑へと集めていた。



 フラウはその手始めであり、他にも学苑に集まった多くの同志へと入学の為のアプローチを掛けておくことが布石であり前提となる。


 アイトエルの権勢を利用した単位制の学苑。巡回する生体を利用して、収集される資源類。

 そこに集結した後の文明と未来を築き上げる俊英達。


 いろいろと都合が良かったのも……なんのことはない。

 俺自身が土壌を耕し、種を撒いていたのだったと──



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