#461 炎と血の惨劇 III
完全な形でないものの、過去にして未来の再現──ベイリルは再び将軍と相対する。
アイトエルの肉体で魔術は使えても、魔導は使えない。
しかし将軍もまた"黒色の魔力"を使っていない状況。
「うっ……ぶぐ──ガッ、ゴホッ! ふゥー……」
「どうやら打ち込んだ楔は大きいと見える。引き換えた割に代償をより多く支払ったのは──明白だな」
念動力による後出し出力で千変万化な動きで肉体を操作してくる以上、第三視点による未来視もあまり効果的ではない。
それだけ細かく読む未来が増えてしまうことは、単純に不必要な消耗に繋がってしまう。
肉弾白兵戦はどうあっても回避すべきであり、純粋な魔術戦で俺のレパートリーをどこまで通じさせるかである。
「単に喉の通りを良くしただけさ」
「つまり名乗る気になったということか?」
「ほざいてろ」
そう返したところで、将軍の体が三度膨張する。
しかしその進撃は、空中に配置した何百枚にも分割配置された"風壁"によって絡め取られていた。
「なに──ッ!?」
薄い紙や衣であっても、重ね続ければ水はいずれ沁みこまなくなり、銃弾をも防ぎ切る。
分厚い大気の壁に突っ込んだ摩擦熱に加え、さらには傾斜をつけて相手を浮かしてしまうことで、将軍の勢いを完全に殺していた。
念動力によって推進力を新たに得られる前に、数瞬の内に反転攻勢へと移る。
「素晴らしき"風擲斬・響燕"」
パチンッ──と何度も両手で指を鳴らして、音圧振動を内包した風の刃を無数に叩き付ける。
「音というものは、ただそれだけで負荷だ。さらに増幅された雑音と振動は、確実に肉体を蝕む──と言っても聞こえまいが」
「ごぉぉォォォァァァアアアアアアアアッッ!!」
叫びながら念動力を外部に放出し、俺の放った魔術をまとめて吹き飛ばした将軍は地に足をつける。
それ自体が内外の防護壁も兼ねてるのか、こちらの想定よりもダメージは無さそうであった。
「幾度となく戦ってきたが……味わったことのない攻撃だ、おもしろい」
『戦闘狂が、覚悟ッ!』
その言葉に反応し、将軍はバッと反射的に背後を振り向いていた。
"撹乱擲声"によって本来立っている位置とは別の場所から発せられた声。
さらにピッチを低くして男声かと聞き紛うので、あたかも伏兵が現れたように感じたのは無理もなかった。
「──ッ!?」
さらに将軍の目の前には、鏡合わせかのように将軍が立っていた。
それは空属魔術"虚幻空映"で光を屈折させて作り上げた蜃気楼のような虚像であり、声に重ねて虚を突くと同時に意識を散漫にさせる。
百戦錬磨の将軍にとって、その時間はコンマ秒にも満たないものであったが、そのほんの刹那をこちらも見逃しはしない。
「真気──発勝」
形成した"無量空月"を、居合いの構えから一瞬にして抜き打つ。
音圧超振動する風太刀ではあるが、それだけで将軍を斬り伏せるには至らない。
『アイトエル、併せだ──」
(ほう……はじめての共同作業、というやつじゃな)
柄の部分を握り潰すように拳を握り──手の平に食い込み、突き立てられた爪から──血が流れ、"風太刀"を赤く染めていく。
それはすぐに凝固し、この世で最もアイトエル自身の魔力を通す血刃と化す。
「──小賢しいわ!!」
将軍は己の虚像ごと巻き込みながら、念動力による衝撃波をこちらへと放った。
不可視の力場が直撃し、立っていた地面が爆砕する。
『残像だ』
"撹乱擲声"と共に、将軍の後方──大上段から"血太刀"を振り下ろす。
虚像をその場に残しつつ囮とし、空間転移によって背後に跳んでの一刀斬断。
チェーンソーの要領で血風を高速回転させ、さらに音圧超振動を重ねた併せ術技。
いかに念動力の鎧を纏っていようとも、その刃に断てぬモノなし。
「ッ!!」
虚実を織り交ぜてなお反応し、自らの念動力によって強引に肉体を稼動させる将軍。
その振り向きざまに、さらに返しの一太刀をその身に刻んでから空間転移で退避する。
「……浅いな、わざとか貴様」
「はてさて」
被弾覚悟で踏み込んで、完全に振り抜いていれば……あるいは致命たらしめたやも知れない。
しかし同時にその被弾が、こちらの命にまで届くという可能性もまた否定しきれなかった。
どのみち未来を変えられない以上は、本気で殺すつもりもなく無用なリスクを負う必要もない。
最悪の場合は時を遡ればいいものの、後味は悪いし余計な消耗はしないに限る。
(ベイリルよ、たかだか十数年の研鑽でよくアレを倒せたもんだのう)
『まっ相性を含めて、色々と複合的な要素が重なった結果、なんとか打ち砕けたってところだ』
(儂よりもよっぽど才能に恵まれておる)
『そうかな……まぁ、両親には感謝しているよ』
地べたで失神している母の位置を、視線を向けないまま肌感覚で把握する。
ぼちぼち潮時だと。
「しかし──不思議だ。先ほどまでとは……まるで別人と戦っているようだ」
「長生きすればいろんな戦い方ができるというもの──」
まったくもって勘のよいクソジジイだと思いつつ、俺はそう言い繕う。
「あるいは"終焉"というわけか」
「まぁ……遊びはここまで、なのは確かかな」
俺は"血太刀"を掌中から消しつつ──アイトエルに持ち歩いておくよう言っておいた小さな"浮遊石の欠片"を、ポケットの中で握り込んだ。
「予報もなかなかバカにできんものだ。100年の渇きを癒し、向こう100年の充足となってくれることを願おう」
「いやあと13年~くらいかな、我慢してくれれば」
「……なに? それはどういう──」
俺は手の中で浮遊石を圧縮し、構成する重元素を固定・爆縮させる。
臨界点を迎えると同時に、将軍の懐深くに空間跳躍を終えていた。
「残念だったな」
核分裂反応を伴う放射性崩壊の殲滅光が放たれ、膨大な光熱でもって将軍の肉体は地上から天空へと撃ち上げられたのだった。
──その間に母ヴェリリアの体を抱えて、遁走を完了させるべく、炎と血の渦中を駆け抜けていく。
必要な分は見せた。これ以上の死闘を繰り広げるのはお互いの為にならない。
『アイトエル、肉体返すぞ』
(ふむ、またいずれ……か?)
『そうだな、そう遠くない内に。さしあたって色々と動向を把握しておく必要があるし、ここからは綿密緻密にやってかないといけないだろう』
この炎と血の惨劇が幼少の俺にとっての大きな分岐点。
俺自身が歴史の潮流に乗って、多くの人間と文化に影響を与え、その足跡を残していく過程となる。
(あいわかった。ヴェリリアはどうすればいい?)
『帝都にいる父リアムのところへ頼む。詳しい説明は省いて、窮地から助け出したことだけ伝えてくれ』
(まったく……儂をアゴで使えるのはおんしだけじゃ。もっとも、大昔の恩を思えばこそ、二つ返事で快諾できるというものよ)
『ありがとう、俺の方ほうこそ本当に感謝しているよアイトエル』
そう何度となく伝えた言葉を改めて口にしてから、俺は意識を一次元高みへと浮かせるのだった。




