#460 炎と血の惨劇 II
俺はかつてこの手で殺した仇敵の名を、心中から言葉にする。
『"将軍"──グリゴリ・ザジリゾフ、ここで会ったが、何百……いや何千年目か』
(知り合いか? ずいぶんと強い執着をそこはかとなく感じるようじゃが)
『あぁ、未来で俺が打ち倒すべき相手だ』
(……それなら、喧嘩は買わんほうが良さそうかい)
『少し挨拶するくらいならいいだろう、母さんを抱えて逃げられる相手でもない』
魔王具"神出跳靴"の空間転移の範囲はあくまで装着者本人に留まり、他人ごと空間跳躍することは重大なリスクに繋がる。
万全でも自分か相手か……どこかしらが置き去りにされて欠損する可能性が低くなく、それが重要な器官であれば当然即死に至る。
「エルフが目的か──その足手まといをとっとと置くがいい」
「それは有情なことじゃて。しかしのう……はいそうですかと頷くわけにもいかん」
アイトエルはもう一方へ視線を移したところで、脚本家は肩をすくめて答える。
「使い終わった演者だ、我輩の興味も既に失せている。筆頭演者が来たことで、我輩の安全も担保された」
「フンッ、そこの道化が余計なことをすれば私がこの手で縊り殺すから安心しろ」
「失敬なり!」
「まっこと組織として歪極まりないのう、"アンブラティ結社"とやらは」
やれやれと言った様子でアイトエルが吐いた息に、脚本家と将軍の感情が揃って揺らめく。
「女……何者だ」
「名乗るほどの者──ではあるが、教えるつもりはない。将軍グリゴリ・ザジリゾフや」
「私の捨てた名まで知っている──だと? ……間抜けが口を滑らせた、というわけではないということか」
「失礼な、いくらなんでも見損ないすぎだ。安易に口に出すわけがないし、脚本家の通り名も知っていた」
「かっかっか! 知りたければ力尽くで聞いてみるがええ」
アイトエルはヴェリリアの体をその場に横たえて、ゴキリと首と手指を鳴らす。
「それも一興か」
「むむむっ、是非とも観覧したいところだが……巻き込まれても困る。撤収準備も完了している頃だし、我輩は以後の指示の為にも退場させてもらおう」
脚本家は足早にこの場を後にし、将軍は静かに佇む。
『将軍の戦型は"黒色の魔力"だ。あらゆる魔術を減衰させ、極致とも言える暴威によって強引に叩き潰す魔術師の天敵だ』
(単なる力技でどうにかなる儂ではないがな)
アイトエルが待ちの姿勢を見せると、将軍はゆっくりと歩を進めつつ──踏み込んだかと思えば一瞬で間合いを0に持ってくる。
長年鍛え研ぎ澄まされ吸血鬼のフィジカルに、特大の魔力強化と、積み上げた実戦勘と技術とを乗せた一撃。
尋常者であれば思考する間もなくこれで終わる。
しかし相手がさらに遥か上の技術を有するアイトエルであれば迫る右拳をいなし、反転逆撃を叩き込むことも造作もない。
「甘ッ──」
造作もない……はずであったのだが、はたしてアイトエルの顔面に裏拳が入れられ、小さな体躯は宙を舞っていた。
「ぬぅ……ぐっ、儂がまともに喰らうなど何百年振りか」
「触れてようやくわかることもある、か──信じられん密度だ」
『まじかよ……アイトエル、一撃もらうなんて』
その軌道も衝撃も完璧に逸らしたのは、第三視点からも確認できている。
何千年という研鑽の果てに、およそ武術の到達点にいるアイトエルがよもや失敗ることもない。
ただ──そう……まるで運動エネルギーが捻じ曲げられたような、避けたはずのものが当たったような錯覚を覚える一撃。
(ッ……おー痛たた。のうベイリル、本当に彼奴は黒色の魔力なんか? 圧力のようなもんも感じんし、違うような気がするぞ)
『すまん、俺もそう感じた。今の状態だと魔力色は視えないが……違うかも知れん」
(なんじゃいそりゃ)
『俺の記憶も古いからアテにならん部分もあるが……あぁそうだ、あの時は魔力がない状況だったから──もしかしたら今が魔力の充実した本来の将軍ってことなのか』
「壊しがいが……あるッ!」
ブワっと相対距離が詰まると同時に、将軍の左フックが迫る。
それを皮一枚のところで近距離転移して回避したところで、アイトエルの空中蹴りが将軍の延髄へと突き刺さった。
「調子に乗りよってからに……あんまり無礼るなよ、小僧」
アイトエルの全力の左足刀が急所へ命中し、その体がグラついた次の瞬間──将軍の首が180度回転し、その牙が肌へと喰い込む。
紅々とした瞳が「捕まえた」と言っているようで、そのまま強引に引っ張られながら、アイトエルの無防備な胴体に右掌底が叩き込まれた。
「っっ──がはァ!!」
単純な衝撃力だけで言えば、アイトエルの長き生涯で最大とも言えるほどのもの。
体躯は吹き飛ぶことなく空中に固定され、そのダメージが余すことなく全身に駆け巡り、血反吐が漏れる。
将軍はそのまま膝をつき、アイトエルの体は地面へと落ちた。
『大丈夫か!?』
(むぅ……油断していたわけじゃないんだがのう)
アイトエルの強靱な肉体と巧みな血流操作をして、甚大と言わざるを得ないダメージに……俺は改めて将軍の強度に戦慄する。
だが肉体を共有しているがゆえに、わかったこともあった。
『本来なら逃げるはずの衝撃までもが体内に留まった。まるで俺が使う"音空響振波"のような……まさか将軍はエネルギーの流れや方向性のようなものを操作でき──』
(いや、そんな小難しいもんではない。もっと単純なもんじゃ)
『看破できたのか?』
(二度も喰らえば充分すぎる。強度は比較にならんが、過去に似たようなのがおったよ)
「かつて魔人を仕留めた技なのだがな……それにしても不味い血だ」
ペッと吐き捨てつつ口元を拭いながら将軍はゆっくりと立ち上がり、アイトエルは俺にも解説するように口を開く。
「"念動力"、しかしとんでもない領域よの。自ら全身に掛けて動かすなど……まかり間違えば一瞬で潰れるだろうに」
「慣れれば大したことはない」
『念動力……そういうことか』
物体を内側から動かすのは、厳密にはテレキネシスだっただろうか。
どちらにしても魔力強化された吸血鬼の肉体に、魔術を重ね掛けして出力を上げ、さらに攻撃にまで転化しているとくれば……これほどの強度も頷けた。
普通ならば簡単に肉体が悲鳴を上げ、ぶっ壊れてしまうところのはずだが──将軍はそれを己のモノとするまでに昇華させているのだろう。
「貴様はどうやって私の背後へ移動した?」
「ん~? 儂は空間を転移しただけじゃ」
「名前と違ってあっさり教えるとは……虚言か、真実か──それほどの魔術、いや魔導か魔法か。どうあれ相手取って不足なし」
(無意識の内にまで肉体を動かせるとなると、ちと儂の"武"とは相性が悪い。よって後は任せたぞベイリル)
『は? あぁまぁ……"黒の魔力"ナシで魔術が通じるなら、いくつかやりようはあるが──了解」
肉体の主導権を渡された俺は肉体の状態を確認しつつ、パチンッと指を鳴らして立ち上がったのだった。




