#459 炎と血の惨劇 I
──四次元の精神体でしかない"第三視点"は、喉が乾くような錯覚を覚える。
その光景は何度も見たはずだった。
実際に一度体感したことで、記憶を精査する為にシールフの読心によって心象風景を何度も振り返った。
赫炎に燃ゆる故郷、無造作に撒かれた肉片。
黒煙と、血が蒸発したような匂い。
森が消失していく音、途切れていく怒号と悲鳴。
肌を撫でる熱気。入り混じった味。
『災害や疫病、魔物や魔獣……数え切れない戦争と戦災、酸鼻窮まる虐殺──人の愚かしさの歴史も含めて、この"第三の眼"で視てきたはずなんだがな』
(やはり己が身の上で起きたことだと、心持ちが違うか)
『あぁ──しかも座して眺めてなきゃいけないってのは、なかなかに堪える』
故郷アイヘルを襲った"炎と血の惨劇"、事前に止めることもできた。しかしそれはしない。
ここも一つの分岐点ではあろうが、この時点から修正された違う世界線は俺の望むところではないからだ。
『ただヴェリリアはここで助ける必要があるはずだ』
(なにやら曖昧な話じゃのう)
『アイトエルに助けられたってのは聞いてるからまぁ……時期的にも十中八九間違いないと思う』
(んじゃれば、ぼちぼち征こうか)
第三視点は存在しない首を縦に振りながら、意識を空へと飛ばす。
地獄のような故郷の状況をアイトエルと共に把握し、魔王具によって瞬時に空間転移する。
「んん~? キミはだれだぁ?」
かつて童子だった俺を足蹴にしてくれた仮面の男は、ゆっくりと歩いて間合いを詰めるこちらに気付く。
その隣には両膝をついてうなだれる母ヴェリリアの姿があった。
「子供……いや、違うかね。我輩の舞台に土足で上がるのは感心しなッ──」
仮面の男の言葉は、ピンッと指で弾かれた小石によって遮られた。
一直線に飛んだ指弾は仮面の額部に命中し、走った亀裂から瞬く間に真っ二つに割れる。
「むぉ──!?」
『"脚本家"だ、間違いない。最初に見た時は死体だった時の顔、そして結社を追ってよくよく焼き付けた顔だ』
「おんしが脚本家じゃな」
反射的に顔面を抑えて隠そうとした脚本家であったが、素性がバレているのを知ると深く息を吐いた。
「我輩も有名になったものだ……演者としては極力出ないようにはしているのだが、どうにも衝動が抑えられん」
大仰に両腕を広げた脚本家は、ニタリと悪意の込められた笑みを浮かべる。
「無事に幕引きを迎えたいところだったが……なに、即興劇も歓迎しようではないか」
「おんしの安っぽい舞台で踊る趣味はないかのう」
「ははっははははははッアハハハハハハハハ!! 興味深い意見だ、なかなかの悲劇だと思うのだがね──なるほど、狙いは彼女のほうか」
脚本家は腰から短剣を抜くと、素早くヴェリリアの首筋へと当てる。
「……何のマネじゃ?」
「トボけても無駄だ、観察眼なくして脚本と演出はできないのだよ。わずかに視線が向いたのを見逃すような我輩ではない。声色もさほど隠せていないし、キミは演者としてはまだまだだな」
「よく見ておるのう、少しばかり認識を改める必要があるようじゃ」
「──んだがッ!! そんな三流役者であっても、演出が良ければ十分に盛り上がるというもの!! さあ立ちたまえヴェリリアくん、"彼女がキミの子供を拐った敵"だよ」
「あ……ぁ──」
瞳の焦点は合わないまま表情を歪ませ、ヴェリリアが明確な敵意を向けてくる。
「ほう、ヴェリリアや──儂に牙を剥きよるか」
「ふーむ、それっぽい反応をしていたから当てずっぽうではあったが……やはり子供を奪われた母、で正解のようだ」
クツクツと脚本家は笑い、ヴェリリアは分厚く幅広い──人間一人が完全に隠れるほどの鉄塊──盾代わりにもなる特大剣を手に引きずる。
『アイトエル、母さんは洗脳されている』
(わかっとる。ただ荒療治も必要じゃろ)
「キミたちがどれほどの仲かは知るまいが、ハハハッ相争うサマを見せてもらおう」
「あ、ぁ……あぁぁあああァァァアアアアアアア!!」
半狂乱の様相を呈しながらも、肉体に染み付いたヴェリリアの太刀筋はしっかりとしたものだった。
最短距離を真っ直ぐに、地面を削りながら剣勢をつけて斬り上げられる。
「さあさあ! さらなる悲劇を、彼女に与え──……は?」
脚本家は眼前の光景に呆気に取られ、間抜けな声をあげる。
「言ったじゃろう、おんしの舞台には付き合わんと。争いになどなるわけがない」
アイトエルの右手には特大剣が握られ、左手には気を失ったヴェリリアの首が掴まれていた。
「なに、が起きた? まさか我輩が見逃した……だと?」
「ご大層な観察眼とやらも、捉えられなければ無意味よのう」
"無刀取り"──武芸万般を自称する経験数千年の超武術家たるアイトエル。
彼女にとって、素人の目に映らないまま白刃を奪い取り、瞬間的に痛撃を入れて気絶させるなど……意識せずとも可能な領域にある。
ヴェリリアとて長き冒険者としての経験と修練あれど、アイトエルとの差は歴然であった。
「なっ、くッ──三流役者が実に小癪な……まさか脚本家の演出を超えてくるなど」
脚本家の顔にようやく焦燥の色が浮かぶ。
「だーかーら、演じたつもりはないと言っておろうが」
「いや待て、映らない演技になんの意味がある……? 時間が飛んだような演出としては──それを一つの流れの中に組み込むのであれば……」
「筋金入りのド阿呆が、いい加減にせんかい」
ブオンッと特大剣を放り投げ、脚本家の足元へと突き刺す。
「おぉ──!? っと……待て待て待ちたまえ、少し話をしようじゃないか」
こちらを制止するように脚本家は片腕を伸ばして手のひらを広げる。
「どうだろうか、報酬ははずもう。その力量と演技──は今後の成長を見込みつつ、我輩と共に活かしていく気はないかね?」
「上から目線が過ぎるのう」
「そこは仕事の上下関係、区別はつけるべきだと思うのだが?」
「はぁ~……もう付き合ってられんわ」
マイペースな引き抜きにアイトエルだけでなく、さしものベイリルも辟易してくる。
「どうしてもダメか?」
「断る」
「残念だ……では、あとはよろしく頼むよ」
「む──」
脚本家の視線の先、ゆっくりと体を横に向けるようにアイトエルは振り返る。
「私はしたいようにする」
「それでいい、我輩の舞台慣れしたキミにとやかく言うつもりはない」
"死の気配"とも言うべき濃密な圧力を前にするも、アイトエルは涼しい顔を崩さない。
他方、灰褐色の髪を後方に撫で付けた男の瞳は紅く、犬歯の生えた口をゆっくりと開く。
「歯ごたえがありそうだ、小娘」
「おんしのほうが間違いなくずっと年下じゃぞ、小僧」
「……そうか、いやどのみち些末なこと。久方振りに闘争らしい闘争になりそうだ」
「立ち姿だけでも随分と腕が立つようじゃが、これが役者が違うというやつかの」
あるいは今現在この地上世界において、最も命を奪ってきているであろう吸血種の男。
かつて西方魔王として名を馳せ、戦場で殺戮の限りを繰り返し、多くの国を攻め滅ぼし、母国さえも亡ぼしたアンブラティ結社の殺し屋。
今この場にある惨劇の地にて、何十あるいは何百と殺してきてなお、血の一滴にも染まっていない仇敵。
("将軍"──)
俺はかつて皇国の"大要塞"で相対した名を、心の中で思い出していた。




