#458 はじまり
帝国の亜人特区──【アイヘル】の集落にて、母ヴェリリアは破水する。
さらにまるで共鳴し、引き合うかのようにフルオラ・リーネも産気づいた。
先んじて特区入りしていて、姉フェナスをとりあげたこともある元治癒術士で鬼人族の侍従"ベルタ"によって、まずベイリルが誕生する。
アイトエルを通じて自分の産まれる姿を眺めるというのは……なんとも言えない気分だった。
出産直後で意識を失くした母は、赤ん坊を抱き上げることもなく立ち会っていたアイトエルによって介抱される。
産婆ベルタは続いて幼馴染となる"フラウ"を、フルオラの胎内から無事とりあげた。
フラウとはこの世界で産まれた日まで一緒の幼馴染だったのだと、今さらながらに知ったのだった。
◇
数日後、父リアムと姉フェナスが特区アイヘルの家までやってきていた。
出産直後の母ヴェリリアと息子ベイリルを含めた家族4人──さらにフルオラとその夫とフラウ、ベルタ、アイトエルと第三視点を交えた賑やかな日々が続いた。
「ほ~らフェナス、この子があなたの弟ベイリルよ~」
「……ん」
フェナスの小さな人差し指を握る、さらに小さなベイリルの手。
「もうあなたはお姉ちゃんだからねぇ。ベイリルといつまでも姉弟仲良く、長生きして協力してくのよ~」
まだ物心もついてない……前世の記憶も思い出していない時期、まぎれもない幸福の記録であった。
およそ2週間ほどが経過し、ヴェリリアとフルオラ両名の体調が落ち着いたところで、父・姉・侍従は帝都へと戻ることになる。
今しばらく隠居している必要があり、ベイリルはフラウと共にアイヘルに残ることとなった。
時を同じくして第三視点も時間軸を移動する為に、アイトエルとまた一時の別れを告げた──
ベイリル自身への贈り物として、一冊の本を土産として置いていった。
◇
数年後の一部始終を、第三視点は観測していた。
無法者の手によって、"小さい姉フェナスが誘拐されてしまった"こと。
雑多とはいえそれなりに治安の整っている帝都において行方不明事件が頻発し、父と侍従の保護をすり抜けて姉が被害に遭ったのにはワケがあった。
大元まで辿っていけば"アンブラティ結社"をバックボーンに持つ、専門業者の手によるものだったからだ。
すぐに父は特装騎士として、帝都内の洗い出しを行おうとしたものの……我が子を攫われた父親の謁見行為は、上司だけでなく同僚からも冷静だとは見られなかった。
結果として連続行方不明事件に関わることを禁じられた父は、ベイリルが生まれた時に知り合った英傑──最も力のある"竜越貴人"アイトエルを頼る。
リアムは独自の人脈を用いて調査を開始し、アイトエルは"使いツバメ"よりも早く魔王具を用いて【アイヘル】の集落にいるヴェリリアのもとへと転移した。
◇
『──それで"この時"に、アイトエルとはじめて会ったわけだな』
(子供のベイリルからすればそうか)
目の前には小さい半人半妖精種、半人半吸血種、鬼人族、3人の子供達がいた。
「魔術も全然覚えられんし、寿命は長いしなぁ」
「ふむ、魔術を使いたいか」
視点を借りた俺は、アイトエルと子供のやり取りを眺める。
「えっと……あぁどうも、聞こえてた?」
「バッチリのう。しかし腐り始めるには、おんしはまだまだ若すぎじゃろうて。さっ、ほら──」
アイトエルの差し出した手を、ベイリルが握り返す。
その感触を共有しながら、第三視点は自らの記憶を薄っすらと思い出していく。
「あっ! お姉さん、だれだれ~? やっほ~~~」
「ふぅむ……名前はいっぱいあるのう、今はただの子供好きのお姉ちゃんでよいぞ」
「変なのーーー」
「強そう。強い?」
フラウは昔から可愛らしく。
そしてもう一人の幼馴染ラディーア──彼女は、過去ついぞ見つからないままだった。
眠り、改造・洗脳されていた100年の空白に寿命を迎えてしまっていたのだろう。
そんなことを考え、想起しているとアイトエルの講釈もいつの間にか終わっていた。
「──なぁに、人間は誰しも──"来るべき刻"に至るというものよ。だからそれまで生ある限り尽くせ、若人たち」
アイトエルがベイリルとフラウとラディーアの頭を順繰り撫でていく。
「では少し急ぐ用事があるでな、またいつか会おう──ベイリル」
◇
「ヴェリリア、気を落としすぎるなや」
「そんな……でも──ッッ!!」
「おんしは備えなければならん、詳しい事情は使いツバメが届くはずじゃからな」
アイトエルはフェナスが誘拐されたことを、先立ってヴェリリアに告げる。
いかに離れて暮らしているとはいえ、フェナスも大事な我が子である以上、武闘派の母が動かないわけがない。
『……そしてほどなくして、母はまだまだ童子だった俺をリーネ家──フルオラさんに預け、家を出た』
(未来としては、これで問題ないわけじゃな?)
母がいなくなった事情がようやく判明した。
最も信頼できる親友にもう一人の我が子を託し、自ら娘を助けに集落から出立したということ。
『そうだな──ここからはまた第三視点として動く』
(忙しないことじゃて)
その後の動向、顛末を見届ける必要がある。
(儂は動かなくていいんじゃな?)
『あぁ、それこそ未来が変わっちゃうからな』
姉を救い出し、アンブラティ結社を潰し、惨劇を回避して家族仲良くハッピーエンド。
そんな時空の円環をここで閉じてしまう未来は、選ぶことはできないのだった。
◇
アンブラティ結社首魁の"亡霊"の姿はなく。
既に実質的な中心となった"仲介人"によってその資質を選別される子供達。
いずれ"運び屋"となる姉フェナスは選ばれた一人であり、"生命研究所"によって何かを注入されるところまでを視る。
(生命研究所──覚えたぞ)
この時代に拠点としている場所、その物流の流れまで俺は把握し記憶しておく。
以前の時間軸において一度この手で殺した彼女は、俺にとって……結社の中で最も因縁深き相手とも言えた。
血と炎の惨劇を"脚本家"に依頼し、俺がカルト教団に行くことになった原因。
学苑時代の"遠征戦"で顔を合わせ、100年の空白において俺を"冥王"として好き勝手改造した人物。
さらに100年以上の後、ようやくその所在を見つけ出して決着をつけた──300年にも届こうかという長い因縁だった。
そして……同時に俺がこうして"第三視点"として完全な発現をできているのが、あの肉体改造があってこそと思うと皮肉なものだった。
◇
時間軸はさほど進めないまま、あちこち世界を移動した第三視点は、今一度両親の動向を俯瞰する。
長年の熟練冒険者である母ヴェリリアと、帝国特装騎士の立場にある父リアム。
二人はそれぞれで己の持つルートを使って、それがたとえ非合法な行為であっても躊躇わなかった。
定期的に使いツバメで連絡を取り合いながら探索を続け、徐々にアンブラティ結社の影が見えてくる。
しかしその影を踏むということは、同じように結社側にも悟られるということを意味していた。
まして魔法具"遍在の耳飾り"で自らの数を増やし、その情報力において並ぶ者のない仲介人を相手にするということ──
特装騎士であったリアムはその立場を追われ、恨みを買いやすく元犯罪者で多く構成される"黒騎士"へと身をやつし、そこで途絶えてしまった。
ヴェリリアは踏んだ影の主までどうにか斬り掛かろうと、さらに深入りしてその身を囚われてしまう。
そして、ここから"ベイリルの物語"が動き出す──




