#457 母の肖像
「どっ──せぇい!!」
「ちょっとちょっとぉ、前に出すぎぃ!」
一人のエルフが魔物の群れを駆逐していく。
身の丈を超えるどころではなく、自らの姿もすっぽり隠して盾とできるくらいの肉厚で幅広の特大剣を振るう。
重装甲の鎧まで含めた総重量はもはや、尋常の人間が扱える領域ではない。
しかし魔術が不得手で身体強化に魔力を極振りした純妖精種である彼女にとって、それらは有効な武具であった。
「頼みにしてるからねーーーッ!!」
「まったく、調子がいいことで。しょうがないなぁ」
一方でペアを組んでいる純吸血種である女性が、巧みで強力な魔術でもって撃滅と支援を的確にこなす。
二人の息の合った連係プレイは、長命種冒険者コンビとしての名声を馳せていった。
◇
「先にあなたから名乗ってよ」
「……"リアム"だ、きみの名も聞かせてくれないか」
「わたしは──"ヴェリリア"」
エルフの女性は戦場で一人の男と出会い、恋をした。
ある凶悪な魔物を討伐する為に派遣されてきた"特装騎士"の小隊と、獲物がかち合ってしまったのだった。
既に女一人となった冒険者稼業。
いささか過信して危ないところを助けられてしまった形になったが……素直には喜べない。
「まったく人族ってのはよく群れるものね」
「それが我ら特装騎士としての任務で戦術だからな。協力して困難を解決するのも、このような"小道具"を使うのも……きみのようなエルフと違って弱い人族のなけなしの知恵というものだ」
自分よりもずっと弱い男。
しかしこれをキッカケに言葉を交わす内に、興味が不思議と好意へ変わっていった。
相方であったヴァンパイアが人族を愛して先に引退した時は……色々と思うことがあったが、まさか自分まで寿命の違う人間に恋をするとは思わなかったと。
◇
一時の熱情に身を任せたものの、やはり人とエルフとでは価値観の相違というものが少なくなかった。
我が子は愛しているし、リアムのことが嫌いなわけではない──しかし長く続くものではないと直感してしまった。
いずれ冷め切るか、あるいは喧嘩別れをするくらいならばと、ヴェリリアは一度距離を置くことにした。
「──ごめんなさい、リアム。これもいい機会だと思うから……」
「あぁ……わかった」
「ちょうど親友が面倒なことに直面してるみたいだし、わたしは一度そっちへ行くことにする」
「"長い付き合い"、か」
「そうね……あなたよりもずっと一緒にいた人。彼女が困ってると言うなら、わたしはそれが【極東】や【魔領】の災禍地だったとしても駆けつけるつもりだから」
ある種の言い訳にも聞こえるが、同時に言っていることは真実に違いない。
「"フェナス"のことは、しばらく任せるわ」
「いいのか?」
「エルフの寿命は長い。フェナスはハーフエルフだし、あなたが死んでからでもいくらでも一緒に過ごせる」
「ははっ、少し妬けるな。あらためて長く同じ時間を過ごせる友と──愛娘に対しても、羨ましく思うよ」
ヴェリリアの冗談めいた言葉にリアムは苦笑しながら率直に返した。
「それに特装騎士のほうが安定した職だし、侍従さんもいてくれる。冒険者稼業のわたしよりよっぽどいい」
「じゃあ遠慮なく。存分に子の成長を見守らせてもらおう」
「うん、おねがいね」
女の子を出産し、母となったエルフは……一時、父と娘へ別れを告げる。
両親とはいえ1組の男女、その距離感や機微に関して"まだ生まれていない息子"がとやかく言えることではなく──
ベイリルの実姉にあたるフェナス──後の"運び屋"は父と幼少期を過ごすことになり、母は帝都から離れることとなった。
「──愛しているわ、フェナス。定期的に顔は出すから、健やかに育つのよ」
◇
親友である吸血種のフルオラ・リーネは、その種族性も相まっていささか政治的なしがらみの渦中にあった。
それらを解決する為にヴェリリアは手段を選ばず、ダメもとでアイトエルを頼った。
世界中で慈善を展開しているアイトエルが作った組織の一つが、かつて母の一助になったことがあり……そこから知己を得ていたのだった。
長生きをすればそれだけ交友が広まり、長命種同士の世間というものは狭くなりがちだと言えよう。
一部始終を俯瞰していた第三視点を通じ、事情を先んじて知ったアイトエルは快諾する。
道中を共に旅した。
何千年と経ても悪食で頓着がないアイトエルに代わって、母の手料理を懐かしく存分に味わった。
──そんなある日、予兆なくヴェリリアが倒れた。
体温は著しく上昇し、動悸激しく、血涙・鼻血・吐血に加え、その肌はヒビのように割れ始める。
俺は過去において、アイトエルから聞いた話をすぐに思い出していた。
『……俺だ』
(どういうことじゃ?)
『母さんは既に子を身籠っている。そして今まさに転生者という情報の流入負荷に曝されている』
(なるほどのう、確かに"魔空"から引き出す時と症状が似ておる。じゃが儂と違って耐えられる肉体が無さそうじゃな)
『他人事みたく言うなよ、ここで俺が生まれなければ全てがご破算だ』
(それは大昔の儂が困ってしまうな。して、できることは?)
話の早いアイトエルに、俺は端的に答えを告げる。
『──血だ。頂竜の混じったその血を、母に輸血してやってくれ』
(ほっほー、それは……うむ。やり方としては実に理に適う上に、なんという因果か)
するとアイトエルは躊躇せず拳を握ると自らの血を滲ませ、横臥させたヴェリリアのヒビ割れた首筋に垂らしていく。
『これで結果的にアイトエルの魔力色が、胎児の俺に影響を与え──第三視点と共鳴する近似色の土台を作った』
(そーゆーカラクリかい、時の流れとはおもしろいものよ)
時空のパラドックス──卵が先か鶏が先か、俺とアイトエルのどちらが先か。
実際には後にニワトリと呼称される種が内包され、変異進化した卵が先らしいものの……。
その起点はどこにあったのかなどは……正直考えるだけ無駄であり、ある種の妙とも言える。
俺はすぐに些末な思考実験は脳の隅へと追いやって、今眼の前にある母の様子を観察し続ける。
『ヒビ割れと出血はとりあえず落ち着いてきたが……』
ヴェリリアは苦痛に喘ぐばかりで、小康状態どころかより酷くなっているようにも思えてくる。
(まぁこれは血との適応問題じゃな。儂もやられた時はしばらくとんでもない苦痛じゃった)
他人の血を混ぜる行為。
血液型が違えばおよそ死んでしまうし、同じだったとしても感染症リスクを含めて油断はならない。
さらには既に竜と人の二種の血が、エルフの血と三種混合になるわけであり……普通であれば狂気の沙汰である。
あくまで生き残れることが、確定した未来として既知だからこそ可能な輸血。
「まっ血流操作は慣れたものよ。儂の血が混ざったのなら、多少は干渉できるじゃろ」
そう言葉にしながらアイトエルは右手で血を供給しながら、左手をヴェリリアの心臓へと手を当てる。
小一時間ほど経過したところで、母の状態もようやく落ち着いていったのだった。
◇
「アイトエル様、この御恩は一生を懸けて──」
「うんにゃ、気にするな。これも必要なことじゃて」
「はぁ……」
峠を過ぎ、ある程度回復するまでには数週間を要した。
苦痛も完全に消え去ったわけではないが、ヴェリリアは新たに宿った二人目の我が子のことを喜んでいた。
「身重になる前にさっさと解決してしまうがよかろ」
「……はいッ!」
アイトエルとヴェリリアは、複雑に絡んだ事情を解きほぐしつつ……貴族同士の血生臭いやりとりから無事、親友とその伴侶である男を救いあげたのだった。
それからしばらくの間ほとぼりを冷ます為に、フルオラの夫の人脈を利用し、帝国亜人特区にある【アイヘル】という名の集落で暮らすこととなる。
ベイリルとフラウをそれぞれ身籠り、無茶も通しにくくなっていたヴェリリアとフルオラは、並行してその身を休めることにしたのだった。




