#456 ある魔導師の半生 II
そんな時だった──私が、"竜越貴人"アイトエルと出会ったのは。
「たかが数百年しか生きてない小娘が、生意気じゃ」
「……言っとくけど単純な年齢では負けても、重ねた人生の数で私に勝てるわけない」
「はン、口は達者でも所詮は"自分自身で選択したわけでもない他人の人生"ではないか」
彼女は……魔導師となってより、はじめて心が読めない人間だった。
正確には読もうとすると、その狂暴極まる"頂竜"の血によって魔導の干渉が阻まれてしまうのだった。
「儂より長生きなのは……そうさな、"七色竜"くらいしかおらんよ」
なぜそのような血を引いているのかと理由を問うと、彼女はぬけぬけと私にそう言った。
創生神話の時代から"生きる化石"だと──そう口にしたら思い切りぶん殴られた。
数多読んできた中で"殴られた記憶"は珍しくないし、なんなら拷問の記憶すらも体験した。
しかし思えば生身のままぶっ飛ばされたのは……直接的な外からの痛みを覚えるのすら、初めてなんじゃないだろうか。
若くして魔導師となり、それ以降──私を捉えられるものなどいなかった、その真意すらも。
相手の考えていること、狙いがわかる。機先を制することができるし、穏便に済ませることもできる。
「シールフよ、仮におんしが儂の心が読めたとしても避けられんよ。それが"武術"というものじゃ」
何を言っているかはまったくもって意味不明だったが、私は笑っていた。
「あはっ、あははははッははははははは!!」
嬉しかった。新鮮だった。思い出せた。
相手の心がわからないということが。
こんなにも不安で──やきもきすることが、こんなにも楽しいことだったなんて。
「ふむ、こりゃぁ強く殴りすぎたか?」
言葉は解せずとも獣の心すらも理解できる私にとって、アイトエルは気を許せる唯一無二の存在となった。
──私は"英傑"と旅をした。
彼女は単にその強度によってのみではなく、その精神性に拠って立つ"英傑"であった。
行く先々で困っている人々を助け、時には組織を作って世話をし、関わった者達がさらに輪を広げていく。
「"情けは人の為ならず"」
「なにそれ」
「人と人とが繋がり、受け渡され、巡り廻った慈しみと愛はまたいつか己自身にも還ってくるということじゃ」
とある誰かから教わったらしく、アイトエルはいたく気に入ってよく口にしていた。
アイトエルが創った波紋はもはや大陸中を包み込むと言っていいほどであり、伊達に長生きをしていないことを思い知らされた。
「どうじゃ? シールフ、おんしもそろそろ一枚噛んでみるか」
数十年と過ぎて、アイトエルはいきなりそんなことを言ってきた。
彼女は私も知らないところで、魔王具で転移しまくっているので行動の半分くらいは把握しきれていない。
「何をさせる気?」
「"学苑"じゃ」
そう言って彼女は──巨大な陸亀のような──魔獣"ブゲンザンコウ"の元へと私を連れてきた。
「"契約"は済んでおる。儂には無理じゃが、おんしなら心を通わせて操れよう」
「魔獣!? しかも魔術契約!? いくらなんでも無茶苦茶すぎる……いったいどうやって」
「そういう"魔法具"があるんじゃよ。少しばかり勝手に拝借させてもらった」
次に着手したのが、甲羅の上に学苑と取り巻く自然を作ることだった。
アイトエルは人脈を総動員し、岩・石を撒き、土を固め、山を作り、植物に根を張らせ、湖と水門を用意し、生態系を呼び込み、学舎を建築し始める。
「魔獣の上に学校って……まるで意味がわからない」
「儂もちょいとばっかし、マネをしたくなったと言えばよいかの」
「誰の……?」
「儂と同じ英傑──もっとも彼奴が作ったのは迷宮じゃが」
他の皆がそれぞれの仕事をしている間に、私は魔獣の記憶を読む。
契約魔術が効いているのか、心は安定していて普通の動物よりも物分かりがよかった。
さしあたって一定の道を巡回させることで、自然もぐるぐると回して新しくしていくのだと言う。
わざわざ動かす必要性に疑問を感じたものの、そうすることで"未来の資源"が作られていくらしい。
「単位制?」
「そうじゃ、季節ごとに講義という形をとって積み上げていく」
「なにか利点があるの?」
「自由じゃろ」
なんとなく……ただ漠然とではあるのだが、アイトエルの考え方はどこか借りてきたもののようだった。
それはいくつもの人生を見てきた私だからこそ覚えた違和感であり、彼女自身の思いつきで能動的に動いているというよりは……。
"誰かの為"に、頼まれ、乗っかって、この学苑を建設しているといった印象が拭えなかった。
「シールフや、せっかくなら講師もやってみんかえ」
「この私が?」
「そう、おんしがじゃ。今まで読んできた"借り物の人生"経験でも、学苑という箱庭でなら活かせるじゃろ。これを機会に"自分自身の人生"にしてしまえば良い。学苑長は儂として、代理として頑張るがよい」
「代理ぃ?」
「儂がいられる時間は少ない。だからほとんどのことはおんしにまかせる」
「まるで学苑の方針のように自由だこと」
私が皮肉ると、アイトエルはまるでその言葉を待ってましたかと言わんばかりに口角をあげた。
「なぁにきっと、"素敵で運命的な出会い"が待っておるよ」
「なにそれ」
「予言──いや、未来視じゃな」
「またてきとうなことを言って──」
「なっはっはっは! まっ儂は他にもやることが山ほどあるからのう。せっかくなら生徒としても楽しんでもよかろうて」
「今さら生徒はさすがに……」
「お互い若い見た目というのは、利用しても罰は当たらんさ。新たな人生と考えれば、それもまた一興──」
私は言われたことを頭の中で考えてみる。
また学生として暮らすこと、講師としての生活。
いつかの教師としての人生──確かに自分自身でやってみることで、新たな発見があるのだろうか。
(ただ……うん、そうね)
初恋の"彼"のマネゴトをしてみるのは悪くないかも知れない。
アイトエルのように後進を育て、巣立つのを見届けるのはやりがいがあるように思える。
「どうしてもと言うのであれば、代理ではなく学苑長も譲ってやっても良いが」
「──いえ何かあった時に英傑の名前を使えるほうが便利だし」
「うむ。どうやら、やる気になったかようじゃの」
「そうね……また世界が変わってくまで、いったん旅を休憩するのも悪くない」
「うむ、学苑を新たな居場所にするがええ。儂も帰ってくる家としよう」
そう言って魔獣の頭の上から、形作られる自然をアイトエルは満足げに眺めた。
「ねぇ、しばらく会わなくなる前に一つだけ聞かせてくれる?」
「答えられるものならば」
「貴方でも"頭の上がらない人"っていたの?」
「儂とて昔はそりゃもう脆弱窮まりなかったからのう。白竜と黒竜などは、若かりし日は世話になったもんよ」
「その話は前に聞いたことある」
「さよか。ただあの二柱だとやはり戦友であり、出自的な意味でも兄妹姉妹という方がしっくりくるもんじゃて」
そう言ってしばし沈黙して何かを考えている仕草を見せてから、アイトエルはさらに言葉を続ける。
「頭の上がらないというよりは、他の誰にも代え難き恩人であれば二人、おる。一人は既にこの世にない、と言うのは少し語弊はあるかの」
アイトエルは穏やかで懐かしげな表情を浮かべ、私はわずかに首を傾ける。
「もう一人は──いずれシールフ、おんしも会えよう」
「へぇ……また生きてるんだ、びっくり」
「いやまだ生まれていないと言ったほうが正しい」
「はぁあ?」
記憶を読むことができないアイトエルの……弱味の一つくらい握ってやろうかと聞いた質問だったのだが、返ってきたのは不可解でしかない答えだった。
「またそうやって煙に撒くんだ」
「ふっふっふ、心を読ませて儂が嘘を吐いてないことくらいは確かめさせたいが……──いずれ理解る日も来るじゃろう、そん時を楽しみにしとくことよ」
「はいはい」
ひらひらと私は左手を振りながら──その言葉を真に理解する時がくることも知らず──こうしたやり取りがしばらくお預けになるだろうことに、一抹の寂しさを覚えるのだった。




