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#455 ある魔導師の半生 I


 ──シールフ(わたし)は【王国】の中流貴族アルグロス家にて、その(せい)を受けた。

 祖父母も両親も規律と自由の均衡が取れていて、代々続く教育を受けた私もその例に漏れず両方を重んじた。

 

 私が12歳の誕生日を迎えると、本格的な魔術教育を(おこな)う為に専属の講師が就くことになった。


「先生、どうですか? できてますか?」

「これは……すごい、シールフくん。キミにはとても才能がある」

 

 "彼"は懇切丁寧に教えてくれた。

 そして私はどうやら魔術の才能に恵まれていたらしく、彼の指導と期待に応え続けた。


 一季が過ぎた頃、短かった彼の特別家庭講師も終わりを告げる……。


「ありがとう、私の最初の生徒」


 彼は残る2季を自己研鑽に(つと)め、来年から"王立魔術学院"にて教鞭を取るとのこと。

 私の講師をしていたのは、指導を練習する一環もあったのだと話してくれた。


 彼は──図らずも私が優秀だったからこそ──自信をつけ、学院教師に(のぞ)むことができるようになったのだった。


 当時の私にとって彼は恩師であり、外の世界を教えてくれる憧れ(・・)そのものだった。

 大衆娯楽にも夢中になっていた私には、同じように彼の立場、その存在に対して盲目になった。



「国家と王家への忠を果たす為。我がアルグロス家の為。そして私自身の飛躍の為──どうしても行かせてください」


 だから……家族へと頼み込んだ、「王立魔術学院に(かよ)わせて欲しい」と。


 小さな領地から離れること、王都に行くことで余計な摩擦が生じてしまうことに両親はあまり良い顔をしなかった。

 しかし私は自らの優秀さ──魔術の素養と頭脳でもって、さらには規律と自由を逆手に取って最終的には納得させた。


 条件として出された課題も難なくこなし、また一つ年を重ねた時季に王立魔術学院へと入学を果たした。



「は……はははっ、さすがだ。さすがボクの最初の教え子」

「はい、先生。今後ともよろしくお願いしますね」


 彼は既に教鞭を振るっていて、また彼の下で学べることがこの上なく嬉しかった。

 貴族の子弟といった立場を気にすることのない友達もいっぱいできたし、学生時代を思うさま楽しんだ。


「先生、私はもう"誓約"できる年齢(とし)になりました。いつまでも子供じゃないんです」

「シールフくん……いや、シールフ──」


 育まれ、燃え上がった恋心は……ついには彼と私を結びつけた。

 教師と生徒という秘密の逢瀬。他の誰にも知られぬよう、私たちは背徳の蜜の味を堪能した。



 ──あるいは。

 そこで終わっていたならば……私は彼とそのまま誓約を果たしたか、情熱が冷めてまた別の誰かと違う人生を歩んでいたかも知れない。


 しかし私は──思ってしまった。求めてしまった。(こいねが)ってしまった。

 "彼の心をもっと知りたい(・・・・・・・・・)"と。


 ――才能があった。ありすぎた。

 私には王立魔術学院の歴史においても指折りの、類稀(たぐいまれ)なる魔術の才覚と魔力の器が。

 そして狂おしいほどに渇望し……手を伸ばしてしまったのだ、踏み込んでしまったのだった。


 その"魔導(りょういき)"に──



 "読心"。

 まだその頃はただ相手の心を見透かす程度のものだった、しかしそれで充分すぎた──過ぎてしまった(・・・・・・・)


「結局は天才なんだもんね」

「楽で良さそう」

「今の内に仲良くなっとかなくちゃ」

「大した家の出でもないくせに」


 友達の本音、先生たちが普段から思っていること、多くの人々の考えていること、そして……"彼の心の内側"を覗いてしまった。


「彼女の成長は……その練度はもうボクにもわからない、教えられることなんてとっくになくなってる」

「はたしてボクたちは釣り合っているのか」

「愛してないわけじゃない、しかし教師と生徒という関係が判断を曇らせているのでは」

「もっと良家の子弟は他にもいる」



 憧れは、幻想だった。

 数え切れないほどの人生を垣間見(かいまみ)た今となっては……彼は決して悪い人ではなかった。

 しかし、そう……普通の、一般的な俗人と変わらないことは確かであった。


 自らそう望んだはずだったのに。

 その温度差──(あらわ)になった真意に対して、当時の私はあまりにも無防備に過ぎたのだ。

 恋焦がれる少女は、恋に恋をしていただけだったということに気付かされた。


 そして私は……純粋でいられなくなった。

 人の心を読まずにはいられない、誰よりも薄汚く滑稽な人間へと成り果てた。


 だから私は学院を去った。家にも帰らなかった──家族の本音を聞きたくなかったから。


 

 世界を放浪した。

 ふらっとどこかに立ち寄っては、荒事を解決して報酬をもらう。


「なあシールフさん、もしあんたが良ければしばらく固定で組んでみないか?」

「いいえ、遠慮しとく」


 人とは深く関わらず、最低限の接触だけならば傷つくこともない。


 10年近く大陸を巡って……相応の知識や経験を経て、心もすれてしまった(・・・・・・・・・)頃。


 私の肉体に異変が生じた。

 より一層の肉体と魔力に満ち、瞳が陽光に照らされわずかに輝くようになったのだった。

 ずっと(のち)にそれは"神族の隔世遺伝"が発現したものなのだと知ることになる。



 旅することにも飽きていた私は──この10年で洗練された"読心の魔導"を用いて、故国で一花咲かせることにした。


 アルグロスの名を隠し、神族のような特徴を活かし、知識と経験と魔導を惜しむことなく、一人の貴族へと取り入った。

 政争と戦争を繰り返す。時には心を読んだ弱味につけ込み、謀略も(いと)わぬ出世劇。


「き……キサマは!! この傾国の売女めが!!」

「本音をそのまま口に出す人は嫌いじゃないけど、さようなら」


 現行の宮廷魔導師(・・・)──その実はニセモノの単なる魔術士・・・を追い落とし、その座を成り代わって【王国】の(うみ)を多く排斥した。

 超然的な存在となると、ほとんどは嫉妬心すら(いだ)かれなくなり、多くが率直な称賛、また一部も懐疑的な思い程度に留まった。


 しかしそれまでだ。

 宮廷魔術士などという地位にもすぐに飽きる。

 結局は"読心の魔導"──ある種の呪いに掛かった私にとって、好意も憎悪も……あらゆる思いが。

 人間という存在そのものに価値を見出せなくなってきていた。


 さしあたって私を産んでくれた一族と、その忠を尽くす国家への義理は果たした──かつて私を焦がれさせた"彼"の死も見届け、私は王国を去った。



 "己の人生"というものに迷っていた私は……次に"他者の人生"を歩むことにした。

 ひどく傲慢(ごうまん)な言い回しになるが──人間の価値というものを改めて知りたかった、結局は諦めたくなかったのだ。


 "流浪(ながし)の占い師"としての仮面をかぶった私は、さらに強力になった魔導でもって人の心の奥深くまで入り込み、その人生を追体験した。

 その行き掛けの駄賃として、その人物が抱える不安や悩みといった負の部分を直接的(・・・)に取り除いてやった。

 

 何百、何千人と、万を数える頃にはもはや……ほぼほぼ人生において"代わり映えしない"ことに食傷となった。

 ありとあらゆる種類の感情、長命種すらも含んだ幾多の人生経験を経て、私は人間はおろか世界の価値すらも見失っていた。


 喪失していく命の記憶すらも読んだ私にとって、人生に飽いたところで自死する気にもならなかった。


 世界は広く──【魔領】深くや【神領】といった──まだ自分が踏み入れてない場所も、いくつか存在している。

 しかし行ったところで、多少の心の揺れがあったとしても……結局はこんなもの(・・・・・)だと落胆する自分がいるだけだ。


 今までがどれもそうだった。

 なぜそこだけが例外でいられると思うのか、思えるのか。


 そう……怖いのだ。もしも全てを知り尽くしてしまった、その果てが。


 そんな時だった──私が、"あの人"と出会ったのは。


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