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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第八部 ~時を駆ける異世界譚~ 第1章「神話と興亡」
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#446 術理

「ふゥ……──」


 アイトエル(おれ)は覚悟を決めて息吹で自らを整えると、ジリッと三人の緊張が一挙に引き上げられる。

 双方ともに勝てるとも限らないし、勝てたとしても無傷では済まないと考えているに違いない。


「ダメだよー、アイトエル。ちょっとした合図みたいになっちゃうから」

「はい、すみません。でも──」


 刹那、俺は動く。直前のやり取りから、既に手の内。


 一歩。

 地を蹴った左足から流れるように、右足が大地を踏み込むよりも速く。

 意識の空隙(くうげき)()うように、大気の流れすらも掌握し、音もなく、気配もなく、移動は完了する。


 刹那の内に縮まった間合い──ケイルヴの鎖骨を殴り砕くような勢いで、襟元を掴んでいた。



「ぐっふゥぉアっ!!」


 アイトエルの小さな体躯から繰り出される──相手の反射を利用し、重心を崩しての──"隅落とし(くうきなげ)"によって、ケイルヴは思い切り地面へと叩き付けられる。

 衝撃によって肺が空っぽになったケイルヴの喉元へと、アイトエル(おれ)は膝を置いて軽く押さえ込んだ。


「うっそぉ!?」

「なんっだ──!?」


 イシュトとブランケルも思考がまったく追いついていないようだった。

 それもむべなるかな。まるでコマ落ちしたかのように、時間が吹っ飛んだように感じたはずだ。


 その場にいる臨界点に達しそうだった全員の意識を誘導し、自身は無意識の中の意識という矛盾し融合させた状態で、"無拍子"で繋げた一撃。


「魔法はもちろん、下手な動きを見せればこのまま喉を潰します」


 元の肉体であるハーフエルフの強化感覚には到底及ばない、"天眼"には遥かに届かない。

 されど積み上げた技術は、確かに俺の(うち)に残っている。



(なにこれっ、すごい!)

『せっかくだから今の感覚も覚えておいてくれよ。切羽詰まった状況での成功ってのは、なかなか恵まれるものじゃない』

(うん、うん……わかった)


 俺はアイトエルへの講義の意味を含めて、講釈を垂れることにする。


「情動、気合、信念、見識、尊厳、明媚さ、斬新さ、そして何よりも……技術が足りません」

「なァ……は、がっ──」

大味(・・)なんです。弱い私から見れば(すき)だらけなんです。潤沢な器でもって肉体を魔力強化し、魔法を行使する。生まれながらの強者の(かた)には、わからないかも知れません」


 膝の下で(うめ)くケイルヴ相手に、交渉を有利に進める為に相手への優位性を示していく。

 高まった魔力もナリを潜め、突然のダメージでもって集中する余裕を与えない。どんな魔法も発動させなければ効果はない。



「弱いからこそ磨くのです、一矢報(いっしむく)いる為の見えざる刃を……それが"武術"というものです」


 武術もまた"文化"の一つ、テクノロジーと同じくたゆまぬ積算の成果である。

 極々単純な理合、当たり前と思える武術的思想(かんがえかた)一つとっても、曖昧だった昔から長きに渡って継承・洗練・熟成され──

 あるいはその道の革新者たる人間が辿り着いた境地、曖昧漠然としていた概念を明確にしたものであったりする。


 技一つ、動き一つ一つが──"未知"となり、初見殺しとなりうる。

 そうした技術的なことを、原初神話の時代に求めるというのは(こく)というものだった。



「かよわい少女と思って油断しましたよね? 眼中から、意識の外から消えてましたよね?」


 いずれ(きた)る未来──今の神族(ヒト)は魔力災禍によって、かつての強度など色褪(いろあ)せる。

 魔法を満足に使うどころか、暴走・変異し魔族と呼ばれるようになり、枯渇によって人族として弱体化してしまう。


 それは確かに一つの視点で見れば衰退でありが、進化と退化はあくまで表裏一体、単なる一態様の変化に過ぎない。


 

「私が息を吐いて存在を示しても、また(はず)そうとしてしまった」


 竜種を追い出した神話(いま)の時代から見れば、人類(ヒト)は多くを捨てていくことになる。

 しかして代わりに、多くのものを得てきたのもまた……確かな事実。

 それこそが、大いなる創意工夫──弱き者が必死に生き残る為に学び、受け継いできた知恵の木の実であり、叡智という名の巨人に他ならない。


 進化とは"歩みを止めない"ことに精髄があり、数千年という継承と積算によって支えられてきた"術理"。



「白竜と黒竜に対峙していたのですから……戦力分析を見誤るのも無理からぬこと。でもそれこそが罠です」


 戦略・戦術・戦法。詭道(きどう)や奇襲もまた兵法の内。


「まともに()()えば私は手も足も出ない。だから強き方々(かたがた)よりも必死に学びました、その結果はこうしてご理解いただけたかと思います」


 幾度となく死線を潜り抜けながら高度な駆け引きに慣れ親しんだ者と、パワープレイで押し通してきた者との埋めがたき差。


「人も竜も、学習することこそが知的生命(わたしたち)の強さです。その中には相手のことを学び、知ることも含まれます。無責任にわかりあえとは言いません、でも妥協し譲歩することは可能なはずです」


 ケイルヴは抑えつけられたまま、歯噛みしつつ1度だけ(うなず)く。

 どうやらこちらが意図するところは察してもらえたようであった。



「よろしいでしょうか? イシュトさん、ブランケルさん。ここは"お互いに(・・・・)見逃す"、ということで」

「ふふふっ、言うね~アイトエル、つよいね~アイトエル。わたしは異存なし!」

「おれも構わん。そのまま潰してしまえ、という気持ちもなくはないがな……しかしそれでは同じことを繰り返すだけだ。そう、学ばないとな(・・・・・・)


 アイトエル(おれ)は喉元から膝を抜いて、スッと立ち上がって無礼を詫びる。


「重ね重ね失礼しました、ケイルヴ様。ですがお忘れなきようお願いします。これは温情でも慈悲でもなく、同じ学ぶことができる者同士の"交渉"であったと」

「ッ──ごふっ、ああ……承知している」


 (せき)をしつつケイルヴはあくまで毅然(きぜん)とした態度は崩さず、パッパッと服についた土埃(つちぼこり)を手で払う。



「アスタート様の伝言をお聞き届けくださったこと、改めて私から感謝いたします。しかしかつての主人は、既に別の地(・・・)へと旅立たれました」

「……!? そう、か──」


「残された私はこちらのお二人と(とも)に、ここではないどこかへ行こうと思います。人々の未来と無事を(せつ)にお祈りしております」

「それは本心か? ヒトが、竜と?」

「本心です」


 そう言ってケイルヴとアイトエル(おれ)は真っ直ぐ、曇りなき視線(まなこ)を交わす。

 あらゆる人型種の祖先である神族(かれら)は、秩序と責任をもって繁栄をしていくことになる。


「フンッ」


 不満はまだあるようだが、ケイルヴは特段の反応(リアクション)を起こすことなく、しかして警戒心は解かないまま(きびす)を返す。



「イシュトさん、ブランケルさん、私たちも行きましょう」

「よーっし」

「ああ」


 ケイルヴにも矜持(プライド)があると信じたいが、早急(さっきゅう)に離脱するに越したことはないのですぐにその場を後にするのだった。





 アイトエル(わたし)の体が躍動する。

 かなりの速度で走っているというのに、まるで疲れ知らずのように。


(なんか、すごいね? 私の体じゃないみたい)

『人間は修練をしないと無駄な動きだらけだからな。極限まで最適化した時に、いつかさっきのような芸当もできるようになるさ』

(そっか……うん、そうか)



「ねーアイトエル」


 先導するイシュトが後ろ向きに駆けながら、こちらを覗いてくる。


「正直アイトエルってばさぁ、ナニモノなんー?」

「……知りたいですか?」

「乗らなくていいぞ。イシュトのは何も考えていない、興味本位を答える必要などない」


 ブランケルの言葉に、イシュトは口唇を(とが)らせる。


「失敬だなー」

「はははっ」



 暢気(のんき)な様子の二人に私は信頼を置くと同時に、第三視点(ベイリル)と心中で会話する。


(ベイリルのこと、言っていいの?)

『理解してもらうにも時間掛かるだろうし、段階を踏んで判断していく感じでいいと思う』

(わかった)

『まっ(あせ)ることもない。アイトエルが安心・安全だと思うまで、もうしばらくこの貸し借りの関係は継続するつもりだ』


(いつかは……いなくなるの?)

『あぁだが、二度と会えなくなるわけじゃない。また時の流れの中で何度か交差する、その時はまた色々と頼むことになると思う』

(うん、じゃっそれまではよろしく──)



「──実は秘密はあるんです。ただ話が少し複雑なので、イシュトさんとブランケルさんと親交を深めながらおいおい語る日もくると思います」


 ベイリルがアイトエル(わたし)の口を使って、二人の竜へと伝える。


「ん? そっかぁ! 楽しみにしておこー」

「……話したくなったら話せ、いつでも聞く耳は持ってやる」


 私を助けてくれた謎の協力者"第三視点(ベイリル)"、とても親しみやすい"白竜(イシュト)"、どこかぶっきらぼうな"黒竜(ブランケル)"。

 

 アスタートを喪失した直後に繋がった不思議な(えにし)──たとえ闇が待ち受けようと、それ以上の光があると信じて、私は新たな人生を歩み出すのだった。



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