#444 白と黒
ベイリルに操縦を預けていた私の体は、不用意に見知らぬ白い女の人へと抱擁を交わす。
「イシュトさん!! まさかこんなところで──」
「おーーー、よしよし。なんかよくわからないけど」
私はベイリルがイシュトと呼んだ女の人に、頭を撫でられる。
「なんだこの小娘。いつの間に知り合ったんだ」
「いや知らないけど、戦災孤児かなんかなんじゃない?」
「だったらなぜイシュト、ヒトの名を知っているのだ」
「たしかに?」
『あっ、マズ──』
(なにっ!? いったいなんなの!?)
『いや未来で出会った、もう二度と会えないと思った大切な繋がりで──我を忘れて逸っちまった、とりあえず言い訳するからココは任せてくれ』
言葉を濁すように言うベイリルに、私はわけわからないまま文字通りそのまま身を任せる。
「いきなりごめんなさい!」
私の体はイシュトから離れ、思い切り頭を下げる。
「いーよ、いーよ。わたしで良ければいつでも甘えてくれて」
『昔から相変わらずな人だったんだなぁ』
どうやらベイリルには並々ならぬ感情があるようで、それはわずかにだが私にも流れ込んでくるような心地だった。
「まったく、無用心が過ぎるぞ──おい小娘、なぜ名前を知っている」
「もしかしてブランケルさん、ですか?」
「ッッ……おれの名前まで、だと」
ブランケルが私の首根っこを掴もうとするのを、イシュトが手首を掴んで止める。
「まーまー、ブランケル。そんな敵愾心むきだしにしてもしょうがないってば、まだ子供だよ?」
「しかし我らの名を知っているなど──」
イシュトとブランケルが言い合いになるのを先んじて制するように、私はピシッと一礼する。
「失礼しました、お初にお目にかかります。白竜イシュトさん、黒竜ブランケルさん」
(竜!? どうして!? なんで!? もういなくなったはずじゃ──》
『新天地へ向かうのを拒否し、竜から人と成ってまでこの世界に残った七柱の内の二竜だ』
ベイリルは一体どこまで知っているのだろう。なんにしてもここまできてしまったら、信じて任せるしかなかった。
「なるほど……我らの名前を知るということは、我らが竜であることも知っているのも当然か」
「私はアイトエルと申します」
目を細めて威圧してくる黒竜とは対照的に、ニコニコと白竜は微笑みかけてくる。
「ふっふふ~ん、ブランケルブランケル。わたしこの子の正体わかっちゃった」
「なに?」
「匂い嗅いでみて?」
「むっ──……わからん」
「えぇ~~~? 適応力低いよー、まったくもう」
「おまえが順応するの早すぎるんだ」
フッといつの間にか消えたイシュトは、私の背後から両肩へとポンッと両手を乗せていた。
「この子から、頂竜の匂いがするんだよ」
「なんだと!? ということはコイツはまさか──」
「はい、お察しの通りです。私は、血を分け与えられ……唯一生き残った者です」
「あの無謀な実験に、成功者がいたとは。いや隠さなければ意味をなさなくなる存在か」
「ってことはー、アイトエルちゃんがヒト種側に通じてたんだ?」
『──で、いいんだよな?』
(うん、私が……ヒトを裏切ってた)
頂竜の血を輸血し、人でありながら竜に味方し、ヒト種の動向を逐一知らせていた存在。
竜たちがどこかヨソへ消えた後は、そのままアスタートのもとで竜たちの秘密を話し、見返りに保護してもらっていた事情がある。
「そういうことになります」
「我らの名も、どこからか聞きつけていたわけか。しかもヒトである姿まで」
「御姿は存じ上げませんでしたが……こちらへお残りになられた色は知っていますので、雰囲気からおおよそのアタリをつけました」
「あっははーどうしてもわたしたちって、それぞれの特徴がみんな残っちゃってるからねぇ」
「既にいったん姿が落ち着いてしまった。今さら変えるのは骨が折れるな……」
「この顔になってまだ短いけど愛着あるし、個性が出てるほうがいいさー」
とりあえずは乗り切れたことに私はホッと安心し、ベイリルも似たような感情であることが理解できる。
するとベイリルは私の口から、思いもしなかったことを尋ねる。
「イシュトさん、ブランケルさん。もしよろしければ、私を一緒に連れてってはくれませんか」
(ちょっと待ってよ!?)
『今はまだ誰かに守られているほうがいい。この二竜なら大丈夫だし、彼女らより心強い味方はいない』
頂竜から生まれたという12の色竜のことなら、もちろん私も知っている。
直接の面識はなかったが、竜の姿の時を遠目から見ていたことは何度かあったし、その光景と強さは深く頭に刻まれている。
「いいよー」
「おいおい待て待てイシュト。小娘、アイトエルと言ったな──おまえを連れていっておれたちに何の利点がある」
「私は七色の存在を知っていますので、目を離されるとむしろ不安ではないでしょうか」
「はんっ、今さらヒトどもに恐れると思うのか」
「"人化"してる状態だと、けっこー危ないと思うけどねー。ブランケルまだ闇黒そんなに使えてないでしょ」
「すぐに慣れる」
「わたしだってそこまで光輝を使えないしだしー。かよわいこの子は目に届くところに置いておいたほうがいいよ、かわいいし」
ブランケルはジロリと私を見据えて、淡々と恫喝するように口を開く。
「ヒトどもに秘密を知られることを考えれば、今ここで小娘を殺すのが最も手間がないと思うがな」
「そしたらわたしたちは、ヒト種となんも変わらなくなるねー」
「ぐっ……」
「そのまんま返しはしても、わたしたちから先にやっちゃダメだよ。それにね……この子は竜側の犠牲者でもあるんだから」
ブランケルは腕を組んで、ゆっくりとわずかに黒味の混じった息を吐いていく。
「ねっ? ほんとはブランケルもわかってるんじゃん」
「……ああ、そうだな」
「わたしのことを想って用心してくれてるのはわかるし嬉しいんだけどさぁ~、だから好き」
「まったく心にも無いことを。おまえはヒトの恋愛とやらに毒されすぎだ」
「いいじゃん、いいじゃん、最高じゃん? せっかく人化したんだから、まずは身近なところで楽しんでかないと。というわけでよろしくね、アイトエル」
「はっ──え? っと、はい。よろしく……」
いきなりベイリルから肉体の主導権を返された私は、言葉に詰まりつつも答えると……イシュトが後ろからフワリと抱きしめてくれる。
「やったぜー。ところでブランケル、アイトエルってどういう立場になるのかな?」
「なにがだ」
「わたしたちは頂竜の子供みたいなものだけど、アイトエルって血を分け与えられたわけで」
「別におれたちと大して変わらないのじゃないか」
「血を分けたって意味では、存在的にはむしろ頂竜の片割れとも言えないかな?」
「いや、あの……」
「アイトエルが困っているだろうが、イシュト。立場などどうでもいい、既におれたちはヒトとなった、単なる仲間でいいだろう」
「よしっそんじゃぁ、わたしたちは対等だ!!」
イシュトに後ろから抱きかかえられると、私はそのまま為す術なく一緒にくるくると回る。
『アイトエル、まずいことになりそうだ』
(……!? 今度はなに!!)
次の瞬間、わたしの頭の中に映像のようなものが流れ込んでくる。
それがいわゆるベイリルの視点を借りるという感覚、未来を視たのだということを即座に理解できた。
「あのッ、二人ともすぐにここを離れて──!!」
「なんだ」
「ん、どしたの?」
突然に切羽詰まった様子の私の表情から察して、イシュトとブランケルは真剣な面持ちとなる。
しかし時既に遅く……新たに低空を飛んできた男が、相対するように着地する。
「どうやら聞いていた話と、少し違うな──」
そこには薄い水色の長髪を後ろに結い、ローブをまとった男──ヒト種の王、"ケイルヴ"がそこにいたのだった。




