#441 第三視点
──"大空隙"の底。
増幅・循環・安定を再現した"無限抱擁"と、"虹の染色"。
"深き鉄の白冠"による死なずの肉体で、痛苦を耐えながら飲まず食わずの魔力回収作業。
宇宙にあるという暗黒エネルギーや暗黒物質というのも、実はこの"黒い魔力"であり……。
あるいはどこかの誰かが魔法を使って、宇宙を創世した名残なのではないか──などと根も葉もない妄想をしながら。
身辺整理を含めておよそ四週間ほどを要し、心身共にギリギリの状態で俺は座禅を組んでいた。
(際の際……だがそれでいい、これがいい。今の状態が第三視点へと到達るベストだ)
直観的にそう確信している。
誰もいない、何も見えず音もなき、世界に唯一人と思えるほどの孤高。
瘴気がなくなっても光届かぬ深淵の闇黒──かつて最初に魔術を覚えた時を思い出しながら──俺は刃と自らとの魔力とを合一させていく。
(でも、足りない……)
魔力量とその転換に申し分はない。
しかしそれを魔力遠心加速分離しきれない。
俺の空色の魔力を、濃縮させた蒼色に、残った上澄みのエメラルドグリーンへと変化させ尽くさなくちゃならない。
そうして上澄み分を魔法発動のトリガーに使い、濃縮分を第三視点の状態で扱える魔力分にする必要がある。
(第三視点の想像と創造は既に固まっている。間違いなく成功のヴィジョンがあるが……あと一つ、何かが足りない)
既に会得していた"天眼"をさらに拡大し発展させるだけ、それはさほど難しいことではない。
一番の懸念点である成功の可否についても、未来であり過去の俺が体現している以上は疑う余地は皆無。
しかし今の俺はまだ到達し得ない。
(渇望だって申し分ない。俺が見たかったのはこんな未来じゃなく違う未来だ、過去を変えて……また皆に逢える──)
アイトエルを助け、後々のベイリル・モーガニト自身を救う。
最大の失敗にして分岐点である"あの時"の俺自身へと戻って、今一度やり直し……知識と経験を踏まえて──多くの大切な人達と人類の未来を守護る。
歴史上で見舞われた災害の多くに先回りした対処をもって文明を押し上げ、新たな未知なる未来を見る。
(一体何が足りてない──ッッ!!)
心中の叫びが俺自身に木霊した時、ふと……"闇黒"の中に一筋の"光"が見えた気がした。
実際にそれは己の裡──瞼の裏で瞬いて消えたのを幻視しただけ。
(……? そう、か……ここは大空隙──黒竜の坐した場所、"イシュト"さん──)
とても懐かしく、暖かな光。
まるで「使っちゃいなよ」と言われたような心地だった。
俺の中で確かに息づいている、光輝を司りし"白竜の加護"。
(使わせてもらいます──輝ける"光"、その速さ)
誰かが想像した──木の棒に石を括り付けて斧の形にすれば。獣を狩る為に、長い棒に鋭いモノを取り付けよう。弓にすればより遠くへ。どういう罠なら効率的か。
誰かが空想した──自分たちで作物を作れたなら。余暇を利用して何をしたいか、何ができるのか。多く収穫する為にどう掛け合わせて、何の道具が必要で、どういうやり方が良さそうか。
誰かが夢想した──思想を、芸術を、理論を。応用と飛躍を。失敗から、成功から。気になった他人と。愛する家族と。他ならぬ自分自身。そして未来を。
世界とは想像によって形作られ、知らぬこともまた想像によって補完される。
何事も願い、想い、象ることから人類文明は始まり、発展してきたのだと。
(高度に想像すること、できることこそが知的生命の強みなんだ)
獣や虫には不可能なこと。基本にして礎。
そこを蔑ろにして進化はありえなかったのだから。
さらに何時間か、あるいは何日かが経っただろうか──死と再生を繰り返し続けた。
そうして今ここに、"白き加護"によって極限まで遠心加速され分離した魔力は、間違いなく成っていた。
光速に己自身の速さを加えるイメージ。
タキオン粒子よろしく、光速を超えることによる因果律の逆転。
不可逆を可逆にする魔法への確信を得る。
俺は、過去へ、行く。
「ありがとう、イシュトさん」
ゆらりとその場に立ち上がる。
今までまったくと言っていいほど使えなかった置き土産。
まるでこの時の為に、"白き加護"があったのかと思うほど……この身に馴染んでいたのだった。
◇
「見送りにきてやったぞ」
大空隙の底から地上へと戻ると──いつから待ち続けていたのか──"竜越貴人"アイトエルが座っていた。
「既に整っているようじゃな、ベイリル」
「一人で旅立つつもりでしたが……ありがとうございます、アイトエル」
「一応、保存食も持ってきてあるが食うか?」
「いえ……今の空腹と疲弊、集中力が丁度良い案配です」
「そうか」
少しばかり沈黙が支配し、俺はかねてよりの疑問を口にする。
「こっちの世界は……どうなりますか」
俺が過去へと戻って未来を改変した場合、今いる世界は本来存在しない時間軸になる。
そもそもとして、改変が成功した場合はタイムパラドックスの問題も生じてくる。
いずれにしても分岐した世界として残るのか、世界そのものが修正されるのか、あるいは消えるという可能性も無いとは言えない。
「どうにでもなるし、どうとでもなろう。こっちはこっちで楽しくやるから気にすることもない」
「しかし俺は今いる世界を捨てる……残っている人類を切り捨てることに──」
「何様のつもりじゃ、ベイリル」
俺は言葉途中でアイトエルに制される。
「確かに。魔力災禍によって大きく人類と文明は後退した、しかし絶滅したわけではない。人間のしぶとさは儂が一番よ~く知っておる」
立ち上がったアイトエルは、俺の胸倉を掴むとグッと引っ張って顔を寄せさせられる。
「増長してはおらんかの? おんしは改革者ではあっても所詮は一人間に過ぎん。真に神ではなく……背負い込む義務もないんじゃよ」
「……ッッ」
「悲観する必要などこれっぽっちもない。救うというのはあくまでベイリルの目線と価値観からであって、人々は勝手に、逞しく、生きていく。哀れむなどと実に余計なお世話というものよ」
あるいはそれは俺に対する単なる発破であり後押しであったのかも知れないが、ガツンッと殴られる思いだった。
「人類はいずれ、儂らがワームを討伐した"片割れ星"にも到達するじゃろう。おんしが成功させた未来では生まれなかったであろう者達が、違う形で幸福をつくる」
「そう、ですか……いや、そうですね──」
ただこういう未来の形があったというだけ。
それを俺が勝手に不幸だと、相応しくない未来などと決めつけるのは、なんと傲慢なことだろう。
魔力災禍に遭って学んだ人類は、いつか片割れ星へと入植し、未知なる未来を創る。
「ゆえにベイリル、おんしはおんしの信じる道、進みたい志の為に好きにやれぃ。それは力を得た者の特権であり選択肢に他ならぬのじゃからな」
「……はははっ」
「くくくっ、可笑しいかの?」
「はい。本当に最後の最後までお世話になりっぱなしで……ありがとうございました」
「うむ、良き顔じゃ。未来を変える者はそうでなくてはな」
ゴツンッとそのまま額を突き合わされ、次にバシッと背中を叩かれる。
よろめきそうになるが何とか堪えて……俺は改めてこの大地を踏みしめながら、魔力を巡らせていく。
「いってこいっ!!」
「──はい、いってきます!!」
額の熱さを"新たな瞳"へと変え──俺は三次元を後にし、四次元へと旅立つのだった。




