#439 海魔獣
"海魔獣オルアテク"――主に大陸と極東とを挟む外海を縄張りとするが、稀に他の海域でも出没することがある大怪獣。
海魔獣と言えばまずもってこの一体のみを指す言葉であり、他の海に棲息する魔獣はオルアテクに喰われたか、比較して名乗るのもおこがましいレベルゆえ。
"星喰い"とも呼ばれる極大災害ワームであっても、海中でなら海魔獣に捕食されるだろうとはアイトエルの言である。
3キロメートルを越える巨大な島が浮かんでいるように見えて、その硬質融合した片側外観の下にはイカともタコとも知れぬ異様にして威容。
100本は超えているであろう触手からは、さらに枝分かれしたような無数の触手がビッシリ伸びる気持ち悪さ。
その内の7本は触れるだけで超弩級大型戦艦でも一撃で破壊されるであろう、体長よりも一際長い空にまで届く触腕。
全長にすれば7キロメートル近い極大怪獣はこちらの存在に気付いているのか、にわかに発光して威嚇行動のような真似までしている。
「――まったく、見つけるだけでも一苦労だ」
空に浮かぶは5人の影。二英傑に七色竜の二柱を含んだ、まず間違いなく世界最強のパーティ。
あるいはこちらの保有戦力までも推量した上での発光威嚇行動ならば――海魔獣は非常に頭が良いことになる。
しかしその上でなお、その気であれば時間を掛けて大陸だって支配できるだろう面子で負けることなど毛頭ありえない。
「そう言うでないカエジウス。ベイリルの"反響定位"おかげで、二日ぽっちで捕捉できたのだから良しとせい」
ただの島のように浮かび、さらに海底近く潜めるばかりか、保護色機能を備えた体表の所為で、音波で判別できなければ見つけるのは至難を極めたであろう。
いつの間にか忍び寄り、海上輸送や貿易のことごとくを破壊せしめるのが海魔獣オルアテク恐ろしさの1つである。
だがいくら性能を盛ろうとも、圧倒的な戦力差は覆ることはなく、凄まじい安心感に満ち満ちている。
「いくら"虹の染色"があってもちょっと魔力消耗しすぎたんで、後はよろしくお願いします御四方」
「充分すぎる仕事だ、なんなら見つけるまでが勝負と言えた」
「イェーリッツ、くれぐれもやりすぎてくれるな。おんしは人の身であっても火力が高すぎる。良いか、じっくりコトコトじゃ」
「承知している」
帯電し始める金髪の男、その姿は遠きキャシーの記憶を想起させる。
「すべて凍らせてしまえば早いのに」
「増幅器もろとも壊れるからナシじゃと言っておろう、ブリース」
のんびり話していると、ついに痺れを切らしたのか海魔獣の長大な触腕が空高く伸び、うねうねと気を引いた直後に恐るべき速度で振り下ろされる。
「っふ――」
一息の内にアイトエルの血で作られし剣閃が走ると、無数の斬線が刻まれ次の瞬間には細切れにされていた。
「黄と青のことを言えるのか"竜越貴人"、キサマも加減を考えろ」
「なめるでない、カエジウス。仮にモノが刃先が触れたとして、瞬間に逸らすくらい造作もないわ」
さらっと言いのける超絶技巧、武芸万般を自称する英傑の実力は決して伊達ではない。
「それに増幅器が存在するのは、まずもって触腕ではなく本体の方じゃ」
「なら他の部位は遠慮なく──」
青竜ブリースは両腕を大きく広げ、手の平を上に向けてゆっくりを上げていく。
すると海面より下に沈み隠れていた海魔獣の巨体も浮くように上昇すると同時に、そこを中心として海が急速に凍結していく。
(ブリース殿が戦う姿は初めて見たが……凄っ)
計測も想像もつかない海魔獣のパワーなんぞお構いなし。
その動きを封じ込める為に常時凍結させ続けるぶっ飛んだ出力。
「どれほど大きく禍々しくても、所詮はただの獣――」
神話の時代より生き、魔法使を相手にしていた七色竜にとって……理を超越した攻撃手段を持たぬ魔獣の類など、ただ大きいだけの標的なのだろう。
吐き散らかされる毒墨やウォーターカッターじみた水圧も、射出直後から凍り付いていき届かないまま破砕させられてゆく。
「我も出撃るか」
黄竜イェーリッツはそう言うと、無造作に落下していく。
自切され独立して襲い掛かかってくる触腕が、腕を振るうまでもなく放たれた雷撃によって一撃で消し炭へと変えられる。
イェーリッツは海魔獣の上に着地すると、不動のまま仁王立ちし、足裏から電撃を浴びせかける。
(電熱を利用して内部から煮る……エグいなぁ)
増幅器が破壊されない程度に加減され、海魔獣はゆっくりと地獄のような苦しみ中で死んでいくしかない。
「ほれっカエジウスもさっさと参戦してこい」
「今さら出張る必要もなさそうだが」
「儂とベイリルとで体内に入る。海魔獣はどうやら考える脳みそがあるようじゃから、思考を奪っておけぃ」
大きく1つだけ溜息を吐いたカエジウスは、渋々といった様子でゆったりと高度を下げながら濃密な魔力を集中させていく。
「えっと、俺とアイトエルで海魔獣の体内に……?¥
「そうじゃ。正確な増幅器の位置を測るのに、"反響定位"が要る」
「すみません、俺は先刻も言ったように魔力が──」
するとギュッとアイトエルに右手を握られ、魔力が流れ込んでくる感覚に見舞われる。
「これは……魔力譲渡──!?」
魔力色が近似値にある者同士でのみ可能な、過去には"双術士"といった一卵性双生児が使用した特殊技術。
限定された前提条件であるばかりか修練も要し、通常覚える必要性がまったくないので、技術そのものも半ば失伝しているようなシロモノ。
「儂の魔導で"魔空"から引っ張り出しておいた技術じゃ。"虹の染色"もあるから問題なく受け取れよう」
「お、おぉ……少し違和感はありますが──イケそうです」
「感覚に慣れておくことじゃ。もっとも儂の魔力色と、ベイリルが遠心加速した後の蒼色は似ているゆえ」
「──確かに、そうみたいですね」
受け渡される手と手を"天眼"で視れば、あまり意識はしてなかったものの……なるほど、とても近しい色合いをしている。
「じゃから仮に魔王具なしでも、少し体調を崩すくらいで済んだであろう」
「なんとなく──声の抑揚から含みを感じましたが、理由があるのですか?」
アイトエルは「ふふっ」と笑うと、俺の手を引いて海魔獣へと急降下する。
「増幅器を探しながら語ってくれようぞ、また昔話をな。見つけてしまったらもうノンビリ話す機会も限られるでのう」
(魔力を確保できても、俺がすぐに魔法を使えるかは課題だが……)
それでもアイトエルは確信に近いものがあるようだった。俺がすぐに魔法へと到達することを。
「"第三視点"として旅立つ前に──ベイリル、まずはおんしの生まれについてじゃな」




