#435 必須要件
アイトエルは履いている魔王具"神出跳靴"の爪先で、コンコンッと地面を叩く。
「そうか、"永劫魔剣"ッ! いやでも魔王具としての"無限抱擁"はパーツが……」
俺が昔"重合窒素爆轟"で真っ二つにしてしまった"循環器"は、二振りの"複製永劫魔刃"として改修されて存在する。
内一本はヤナギが使っていたが、残りの一本は財団の保管庫で眠っているから利用できる。
また同じく完全破壊してしまった"安定器"についても、リーティアが代替となる魔導科学具をしっかり完成させているのでこれも問題ない。
「"増幅器"が足らんのだったな。じゃからそれを取りにいく」
「場所を知っているんですか?」
わかっているからこそアイトエルは言っているのだから、明らかに愚問だった。
しかし財団が何百年と掛けてなお、"らしい情報"が一切入ってこなかった増幅器の場所を知っていることに俺は反射的に口にしてしまっていた。
「無論第三視点から聞いているからな。ただその前に、カエジウスのところに寄るとしよう」
「"無二たる"に……?」
今やたった2人の英傑のもう片方に会おうとは、文脈からするにカエジウスが持っているわけでもなさそうで俺は疑問符を浮かべる。
「魔力が潤沢な片割れ星と違い、今の魔力災禍に見舞われた地で、儂ら二人で討伐するにはきついからのう──"海魔獣オルアテク"はな」
「海魔獣……っ!? まさか、アレの体内にあると?」
「アレだけ巨大くなり続けたのも単に海洋生物なのが理由だけでなく、増幅器があってこそじゃろうのう」
魔力が増幅され続けた結果、強化された肉体の代謝と長年の栄養摂取によって肥大化したというのは想像に難くない。
「まあまあ一口に増幅器と言うても、魔力の総量を増やすといった類のモノなわけではない。単により魔力を取り込みやすいよう、絶えず淀みない流れを作る為のものじゃ」
「循環器という底のない器に、安定器で一定の流れを整えてこそ、というわけですね」
「設計思想としてはそんなところじゃの」
循環器なくば溜められず垂れ流し、安定器なくば器が壊れ、増幅器なくば貯留がドン詰まる。
十全に扱うにはパーツが余さず必要ということ。
「なるほど、海魔獣から回収さえできれば――というか、"無二たる"カエジウスに討伐を手伝わせるのですか?」
「んむ。ついでにカエジウス本人からも、奪ってやらねばならんものがある。それで二つ目の条件はクリアじゃな」
「奪う……二つ目の条件とはなんでしょう」
「あやつが持っている魔王具"虹の染色"を使う」
やはりというかなんというか、カエジウスは魔王具くらい当たり前のように保有しているようだった。
「えっと確かそれって……魔力を己のモノとする魔王具、でしたっけ。名前からしても自分の魔力色に転換するといったところでしょうか」
かつてアイトエルから聞いた話と、自らの仮説を織り交ぜて尋ねる。
「自らの魔力を黒い暴走状態に置くことで、強引に魔力を吸収するやり方もあるが、虹の染色があれば解決じゃ」
かつて相対した結社の将軍が使っていた技法。
しかしあれは純吸血種だからこそ可能な芸当で、これも俺が模倣できるものではない。
「そういえば……迷宮踏破の願いがまだ残ってました。波風立てずに穏便に借り受けましょう。覚えてくれていれば、ですが」
「カエジウスにそんなに気を遣うこともないが、まあよかろう」
同じ英傑ではあるものの、やはり数千年のアイトエルと数百年のカエジウスとでは年季が違うのかも知れない。
「まっそんなものがなくても、借りを返してくれるじゃろうがの」
「借りを返す? あぁ、アイトエルならカエジウスとも色々――」
「いんやもともと第三視点がカエジウスに貸し付けたものじゃ」
「……!? それって"第三視点"となった俺が、過去あのカエジウスに借りだと思われるほどのことをしたってことですか? どんだけ介入してんすか、俺」
「なぁに、いずれわかること、楽しみにしておくがいい」
(俺自身が歴史の生き証人になるわけか――まぁ確かにそれは最高の体験かもだが)
数千年と過ぎ行く間に、俺の心が摩耗・風化してしまわないかだけが心配である。
「――では。魔力を自分のモノへと転換し、それを循環貯留する器の目途も立った」
「となると後は……魔力そのものですか」
「"虹の染色"があれば、魔力災禍があろうと普通に魔力を吸収することができる──が、それでは万年掛かることには変わりない」
「無色の魔力が満ちる片割れ星でやるのと変わりませんからね……となると、魔力溜まりのようなところを探す必要がありますか」
普通に大気中から自然吸収していては間に合わない。
であれば方法としては、世界各地に存在する魔力が停滞しやすい土地を巡るのが一番だろう。
「探す必要はあるまい。おんしは既に知っている……どころか、直接行ったことがあるじゃろう」
「俺が直接? えっ……と──」
「黒と白」
俺が己の人生録を回想しようとすると、すぐにアイトエルがヒントを出してきて思い当たる。
「そうか、"大空隙"。確かにあそこなら……」
三代神王ディアマが永劫魔剣で大陸を斬断し損ねたという名残。
そこで眠った"黒竜"から、恐らくは3000年近く漏出し続けた闇黒の瘴気。
「立ち入ればたちまち狂ってしまう黒色の魔力。それは周囲の魔力すらも常に吸い続け、底には澱のように溜まっていよう」
「魔王具"虹の染色"を使い"無限抱擁"に貯留し、"第三視点の魔法"を発動させる――それで、過去からやり直せる」
確かな計画として現実味を帯びる。
カエジウスとの交渉や、海魔獣の討伐も決して楽ではないはずだが……アイトエルが付いてくれていると思うと心強い。
「──それともう一つあった」
「……まだあります?」
「魔法を発動させるにはベイリル、循環させている全魔力を一度おんし自身が受け取る必要がある。あっさり許容量を越えて死ぬるぞ」
「ということは……?」
「ベイリルよ、随分とボケとりゃあせんか? 先刻から察しが悪すぎる」
「長寿病になったつもりはありませんが……空白があってもかれこれ400年はやはり長いですって──」
改めて実感する。そして7000年と生きて、こうも活気に満ちているアイトエルを見習わなくちゃいけないとも。
「それもそうか。とは言っても既にこれも解決済みのことじゃからなあ。財団に保管してあるんじゃろ? 魔王具がもう一つ」
「あぁ……そうか、"深き鉄の白冠"を使うわけですか」
"幇助家"イェレナ・アルトマーの死後に譲り受けた、元々は帝国に保管されていたという"不老不死"の魔王具。
一度だけ頭に被ってはみたものの、あっという間に多くの魔力が吸われて戦闘力が落ちてしまうので、結局使わずじまいのまま収蔵保管となった。
しかし別途魔力が担保されている状態であれば、気兼ねなく使うことができるだろう。
「つまりは死にながらやれぃ。かつてのおんし自身曰く、再生を繰り返すのは相当な苦痛じゃったそうだから、ゆめゆめ──」
「その程度、もはや躊躇う理由にはなりませんよ」
俺はアイトエルの心配を、己の自信でもって打ち消した。
(問題になるとすれば……俺が魔法へと至れるかどうかに尽きるか)
いや、できない理由などあるものか。
魔術を覚え、魔導も修得した。事実として第三視点となった俺の導きによって、今この状況がある。
俺にはその潜在性があり、魔法使となった実績をアイトエルが証明してくれている。
(そうだ、"下地"もあるんだ。時間は掛けていられない)
"天眼"――ハーフエルフとして鍛え澄ました全ての強化感覚から、無意識に取得した情報をイメージ視覚化する。
さながら枝分かれする未来を視て、行動を収束し確定させるかのような……識域下に有意識が存在する、相反にして融合。
地上を平面という二次元と捉えた時に、+1次元高みに置くもの。
地に足つけながらも三次元から、意識的に自身と周囲とを俯瞰する技法。
そこからさらにもう1次元の高み――四次元の視点へと昇華させ、時間軸を含んだ世界を俯瞰するだけの応用だ。
「覚悟はとっくに決まっておるようじゃのう?」
「はい、俺は進化の階段を昇って魔法使となる──」
にんまりと笑うアイトエルに、俺は意志を込めた双眸で力強く返す。
「そして世界を救い、知られざる英傑となってみせます」




