#432 英傑 II
「──直接会ったのはそんなとこですかね」
「なるほどのう、今となっては儂とカエジウスで"二英傑"のみか」
「そうですね……もし叶うなら、今の状況を打破できる新たな英傑が生まれてくれればとも思いますが──」
個人でどうにかなる話ではない。暴走と枯渇という魔力災禍に対する一つの回答は、"時間"である。
かつて神族の時代から暴走によって魔族と人族が生まれたように、仮説が正しいとすれば無色の魔力が充実するまで魔物に抗いながら過ごすばかり。
英傑に相応しいだけの人物が新たに生まれても、精々が治安を維持する程度に留まるだろう。
「ベイリルよ、おんし自身が英傑になろうとは思わんのか」
「俺、ですか? 柄じゃないですし、感性を若くあろうとは心掛けていますが……既に老兵と言ってもいい。何より現状をどうにかすることができない」
アイトエルは腕を組んで首を捻りながらその場にドカッと座り込み、俺も視線を合わせるように地べたに腰を下ろす。
「ふむふむ、では少し昔話をしてやろう。"最初に英傑と呼ばれた者"の話をな」
「最初の英傑……つまりアイトエルの、ってわけですか」
言うまでもなく眼前の人物だろうと思った。
他人語りをする態で、彼女自身の体験談を語るのかと思いきや……アイトエルは静かに首を振る。
「あいにくと儂の話ではない」
「貴方よりも前に、英傑と呼ばれた人物がいたんですか?」
「彼奴は竜族と神族の原初戦争を終結させた人物じゃ」
「なんと──」
神話時代を生きた者の口から、とんでもない事実がサラリと出てくるのに慣れることはないのだろうなとつくづく思う。
「名を"アスタート"と言った──そして最初の転生者でもあった」
「最初、の転生者──? そんな時代から……」
ありえない話ではない。7000年も前とはいえ、時間軸が必ずしも並行しているとは限らない。
「あの男が来るまでは、ヒト種もまた頂竜が築いた平和と秩序の下で暮らしていた。そこに新たな思想をもたらし、魔法を開発したのが他ならぬアスタートだったのじゃ」
「おぉう……魔法を創ったのか」
ともすれば天才の類に違いあるまい。
さらには結果的に人類を大陸の支配者として隆盛させた、正真正銘"最初の革命者"。
「頂竜は七色竜──当時は十二色と傘下の竜や獣を率いて戦った。しかしヒト種は竜族にはない、実に悪辣な発想でもって対抗した」
「耳が痛いです」
「たとえば"この靴"のように自由に転移して強襲したり、距離や障害を無視して竜の住処や精神までも見通す魔法。あるいは変身して竜族に潜り込む、分身して戦力を増やす、竜を強制的に使役する」
どこかで聞いたことのある効果に、俺は頭の中で羅列させ思い出していた。
「天候を操ったり、あらゆる干渉を拒絶・反射させ、不死身にあかせた特攻劇。挙句の果てには戦死した竜を蘇生させ、利用することもあった」
(後に魔王具となる魔法、か──)
アイトエルが身に着けている"神出跳靴"。血文字と一体化していた"変成の鎧"。
仲介人が着けていたという"遍在の耳飾り"。神領を守護させていた意志ありき天鈴。
亡霊自身であった"命脈の指環"。いずれもぶっ飛んだ効果であり、それらが魔法として無秩序に使われたのが原初戦争。
「もっとも過程はどうあれ生存を懸けた戦争じゃ、悪辣じゃったが卑怯とは言うまい。学習した竜族も同じようなことを仕返したわけだしのう」
「同じこと?」
「竜族は捕まえたヒトの一部を捕虜として生かしておった。その中には、かよわき乙女だった儂もいた」
「かよわい……」
「そこに引っ掛かるでない。でじゃ、頂竜は捕虜に自らの"血"を分け与え、ヒト種への間諜であり暗殺者を作ろうとしたわけよ」
「意趣返しとしては当然ですね」
「何百人と輸血されたが、生き残ったのは儂一人」
ずっと昔にシールフから少しだけ聞いていた話だった。
「それがアイトエルの"竜越貴人"たる所以」
加護を受けたわけではないが、直接的に竜血──それも頂竜という獣の王の血を取り込み、受け継いだ者。
「簡単に言ってくれるなや。最初は拒絶反応と副作用が酷く、まともに魔力運用もできんかった。完全に慣らすまでに何千年掛けたことか」
「失礼しました、ただ──適合したことを呪ったりはしてないですよね……?」
今のアイトエルを見る限りでは、補って余りあるほどエンジョイしているように感じる。
「そうさな……最初は本当に辛かったが、今となっては感謝しておる。こうして力強く全身を巡りし我が一部じゃ」
「なによりです」
「ちなみにシールフが儂の記憶を読めなんだは頂竜の血ゆえよの」
「なるほど、魔力は血に溶け込みやすい──シールフの"読心の魔導"をもってしても、その頂竜の魔力色に干渉することはできなかったわけですか」
魔導に対する天然の防御壁。
あるいは心が読めないからこそシールフは、エイルと同様にアイトエルを対等以上の存在として置いたのだろうとも思う。
「なんにせよ、当時の儂はひどく脆弱だった。それでも間諜としての使い道は無いわけではなかったから、いつ判明して責め殺されるとも知れぬ中で周囲の顔色を窺い続けた」
「生きた心地はしなかったでしょうね……」
ただの一般人が、それこそ精神まで見通すという魔法使などに怯えながら常に警戒を払い、それ以外にも注意して情報収集など想像したくない。
「うむ、そんな死地にあって儂の正体に気付いて密かに接触してきたのが──"アスタート"だったわけじゃ」
「そこで名前が出てくるのですか」
「竜族はヒトから学んで陥れることを覚え、また色付き竜たちは変身や現象化の"秘法"を編み出して対抗した。ヒト種陣営も正直なところ攻めあぐねておったのじゃ」
「つまりアイトエルの立場を通じて一手、策を講じようとしたわけと」
スパイを送り込んでくるなら、その存在を逆手に取ってこそである。
「ヒト種は万物を消失させうる魔法によって、竜族もろとも多くの生物を一掃する計画すら立てていた。しかしアスタートにとって、そこまでは望むべきことではなかった」
「人間の怖さにして愚かさですね」
身につまされる。
強大な力を持った時に、人はどこまでも残酷になれることは歴史が物語っている。
「ゆえにアスタートは儂を伝達者として使った。ヒト種は世界を巻き込んで自爆する気であり、より多くが生き延びるには新天地を目指すしかないとな」
俺の中で、いつか白竜イシュトと緑竜グリストゥムが語ってくれた、神話の時代と話が繋がったのを感じる。
"人化"の秘法によって世界に残った七色竜と一部の竜族の他、それら以外の頂竜を含んだ竜族が別天地を求めて別れたという物語。
「その為に転生者であったアスタート、あやつにはあやつだけの魔法があることを竜族へと示したのじゃ──それこそ"異空渡航"」
アイトエルの口から発せられた魔法名に俺は驚愕し、思わず座ったまま身を前へと乗り出すのだった。




