#430 片割れ星
401話 冒頭から
――アンブラティ結社が消滅して、さらに150年以上の後。
人類は未だ空に浮かんだ双子の星へと到達することはなく……しかしてそこには2人の人間が立っていた。
「──……と言ったところがおおよその話です。俺もいつまで生きられるかわからない。だから今なお、心のどこかで引っかかっていたアイトエルを探し、こうして会いにきた次第です」
1人は最古の"英傑"にして世界史の生き証人。
黒い長髪に小柄な体躯は、初めて会った時から変わらない"竜越貴人"アイトエル。
「なるほどのう。ベイリルの歴史に自分自身、納得いっておらぬゆえか」
もう1人は重ねた分だけの年輪が刻まれ、それも馴染んできたハーフエルフ。
"冥王"にして"空前"のベイリル。
「未来を予知なんてできない、そもそも未知を既知としていくことを楽しみにしていました。でも、これは……」
ベイリルは歯噛みしつつ、力む肉体と感情を抑えるように平静を保つ。
「世界は"魔力災禍"──またしても深刻な"暴走"と"枯渇"に見舞われ、付随して発生した歪みによって秩序は緩やかに崩壊していった。実に残念なことじゃな」
アイトエルにとっては長い歴史の中の一幕に過ぎないのか、実にあっさりとした物言いだった。
異世界特有の災害とも言える現象。
暴走によって魔物が変異し、枯渇によって強度を失い、一部の魔術具も機能不全に陥ったことで文明が大きく後退した。
かつて世界を支配した神族をも衰退させた災害は、築きあげた人類文明でも──ついぞ克服することはできず、必死に抗うことしかできなかった。
「財団には魔力研究の専門部署もありました。けれど、後手に回ってしまった」
「……暴走と枯渇の因果を研究していたわけかい」
「有力な仮説はありました、それも俺の魔力色を視ることができる共感覚を加味しての持論ですが」
「聞かせい」
魔力と名付けられたエネルギーは、基本的には無色の状態で漂って、物質に貯留するように軽い結合をしている。
それを呼吸や食事など、肉体へと吸収することで各個人の"魔力色"へと傾向が変化し、平時でも肉体から漏出し、魔術を使用する際には一気に放出される。
一度付いた魔力色は半減期のようにまた無色へと戻っていくのだが……その速度を上回り閾値を越えた時に、暴走と枯渇の危険性が生まれる。
放出される色付き魔力は、本来なら空間に存在する無色の魔力によって希釈されるはずであった。
しかし無色の総和を上回ってしまうことで、逆に無色の空間魔力を染めるように侵食する。
そして無色だった魔力色に色が付いてしまい、その色付きの空間魔力を取り込んでしまうと、体内で色が混ざり合い、濃く黒く"暴走"へと至る。
逆に空間に漂う色の付いた魔力を受け付けられず、吸収しないで済んだ生物は自然と"枯渇"していく。
「──あくまで類推からなる仮説の一つですが、自分の中では最もしっくりくる理由です」
「なるほどのう。かつて神族は魔法を使い過ぎた。今じゃと……やはり魔術具かの?」
「はい、魔導科学を含めてインフラから日常生活まで、魔力というリソースに頼りすぎたのが原因でしょう。あとは単純に人口が増えすぎた」
石炭・石油・原子力・太陽光・地熱、他科学から端を発するエネルギー群も利用はしていた。
しかし魔力という無尽蔵に思えた安価なエネルギーがずっと身近にあったがゆえに、そちらにばかり走りがちだった。
加えて化学肥料と抗生物質による人口増加と、人類全体の教育が進み、より多くの人間が魔力や魔術を日常のものとしたことも起因したのだと思われる。
「そして……一度手に入れた力を喪失する時──人は一様に恐れ、慄き、群集と心理が悪い方向へと流れてしまった」
大昔の神族のように魔力暴走によって人族から魔族へと変じ、果ては魔物と化す者も散発した。
過去とは比べ物にならないほど肥大化した人口の中で発生した"魔力災禍"は、魔獣や魔人に準じる怪物を皮肉にもより多く産み出す土壌となった。
魔獣や魔人が文化圏の内に突如として出現することは──単純に被害が大きくなるばかりでなく、人々は疑心暗鬼となり、確証なく他者を攻撃するようになる。
隣人を信用できない。それらは高度に発展した文明をも、易々と崩壊させるに足りたのだった。
「暗黒時代──哀悼しきかな、空虚しきかな。予見するには困難とはいえ、結果としてはかつて栄華を誇った神族と同じ道を辿ってしまった」
辛辣だが事実であるアイトエルの言葉が俺に突き刺さる。
「たらればの話じゃが──もし過去に戻れたなら、どうやって悲劇を防ぐ?」
「そう、ですね。結果論から見れば案は色々と考えられます……たとえばこの"片割れ星"へ早くに入植できていればきっと──」
その瞬間、地鳴りのような震動を感知して、俺は自然と地面へと眼を向けた。
「地震……?」
「むっようやく来よったか。まったく、随分と待たせよってからに……しかしある意味でタイミングが丁度良いかのう。ベイリル、手伝え」
「自分で手伝えることであれば良いのですが」
すると間もなく一般人であれば立ってるのも難しくなるほど、地響きは強くなっていく。
「儂一人だと、かなり時間が掛かってしまうからのう。ベイリルのほうが向いていよう」
「一体なんっ……はァあ!?」
言葉途中で地面から盛り上がってきたのは、数百年前にも見たことのある異様にして威容。なんならその内部を攻略したこともあった。
あの時と決定的に異なる点はそれが半死骸ではなく、生きて動いているということ。
あれなるは英傑の一人である"無二たる"カエジウスが討伐し、ダンジョンとして改装した魔獣。
「片割れ星にもおるんでの」
「"ワーム"──なぜここに!?」
"翼なき異形の竜"とも言われる、長さ100メートル近い円筒形の体節が何十と連結された超巨体。際限なく成長を続ける暴食の王。
地上から天空までその全長を伸ばし、山脈を喰らい、大地を掘り食って、海のような湖さえ作り出した大怪獣。
「"星喰い"、とも呼ばれるのう。宇宙から来て、星そのものを食糧とする化物だとか」
「……そ、それは色々と得心はいきますが──まさかアイトエルはワームを討伐する為に片割れ星にいたんですか……?」
「第一目的はそうじゃな。まっのんびり未踏の風景を堪能してもいたが」
ズルズルと地面を削りながら、途方もないほどの巨体が動くサマは圧巻の一言であった。
今までに相対してきたどんな魔獣よりも巨大い。
「ワームは暴食と休眠を繰り返しながら成長し、一定の周期で体内で産卵して幼体を排出する。ワームの幼体は宇宙へと飛び立ち、その一部は大陸にまで及ぶじゃろう」
「今がその産卵期というわけですか、それを討伐しようとは──"竜越貴人"アイトエル……やはり貴方は生粋の英傑なんですね」
俺はそう口にしながら──人知れず世界を守りし英傑に負けてはいられないと──魔力を遠心加速させていく。
片割れ星に来るまでに魔力を消耗したものの、これ以上ないほど無色の魔力が充実した環境がこの星には整っている。
「なに、やれることをやってるだけよ。とはいえワームを相手にするとなると、儂も久方ぶりにちと本気を出さねばなるまいなあ」
コキコキと首を鳴らしながら、アイトエルの瞳の色が充血して一層の真紅に染まる。
そして彼女の周囲の魔力圧が、瞬時に研ぎ澄まされた一本の刃のように感じられた。
「それは……まさか、"竜の加護"?」
「ほう、ベイリルにはコレがわかるか。おんしも"白の加護"を得ている身ゆえかの」
体温と心拍数が上昇して血流が速くなり、筋肉がギチギチと軋むように引き絞られる音が半長耳まで聞こえる。
「もっとも儂のは厳密には加護ではない。ただ"頂竜の力の一端"を受け継いでいるにすぎん」




