#34 落伍者 III
「上等だぜ、ゴラァ!」
叫ぶやいなやキャシーは、アッパーとフックの中間くらいの軌道で拳を放つ。
耳に聞こえる風切り音、その豪腕に意識を改めた。
そこらの落伍者とは明らかにモノが違う。
(偉そうにしていただけのことはあるな──)
「避けんなア!」
「無茶言うな」
身を躱したついでに大きく間合いを取ったところで、俺は半身に構える。
セイマールから習ったのはあくまで基礎体術だけであり、武術を修めたわけではない。
あくまで自分にとって、最もやりやすい無手勝我流に過ぎない。
強いて言うのなら──元世界で見た架空術技をミックスした"憧憬敬意再現流"だろうか。
実際問題とのしてイメージを基にする以上、脳裏に残った見様見真似という行為は理に適う。
中国武術で言うところの、象形拳もとい"憧憬"拳。形意拳もとい"敬意"拳。
憧れ敬い、その動きを模倣する。浪漫派憧敬拳──
「キャシーちゃん、あまり派手にやらないでね~」
「アイツに言え! あのガキがさっさと死ねばそれで終わる!」
(死ねってオイ……)
キャシーは四足獣のように地に伏せるような構えを取ると、その赤髪がにわかに立ち上がってくる。
きめ細かい猫っ毛ストレートが、さながら獅子の鬣のようにボリュームを持つ──
同時にパチパチと静電気が空間に走るような音が、耳へと届いてきていた。
俺はその光景を見て、瞬時に息吹と共に今度は"風皮膜"の魔術を全身に纏う。
あれはそう……アレだ。電気で肉体を活性させたり加速するとかいうみたいなやつだ。
「ッがあぁぁアア!」
咆哮一閃。四足飛びからの電光石火の右ストレート。
帯電した肉体と急加速を伴い、打撃と電撃を同時に叩き込むシンプルな攻撃。
「しゃあっ」
俺はインパクトの瞬間に体を捻りながら、風皮膜の流れに乗せて局所的に攻撃を受け流す。
しかし電撃だけは皮膜を貫通してわずかに喰らってしまっていた。
思ったより電撃の威力は軽微だった。だがこの異世界でナチュラルに電気を使う人間は珍しい。
電撃とは天候でしか見ないものだろうし、電気の性質も詳しく知られてはいない。
(雷属魔術の使い手──イエスだな)
俺はキャシーの潜在性と将来性に、内心でほくそ笑む。
同様に出し惜しみしている場合ではないと、魔力を脳へと集中させた。
半分とはいえエルフ種だからこそ早期に修得し煮詰めることができた──魔力循環による局所的な魔力強化。
慣れれば誰でも行う基本技術であるが……。
魔力抱擁によって枯渇を押し留めたエルフ種には、やはり一日の長があった。
効率的に感覚器官をより鋭敏にし、反射を高めて次の攻撃へ備える。
拳をいなされ空を切った後に、キャシーは急制動を掛けてすぐさまこちらを向いていた。
彼女は連続して再度突進する為に、床を削り取らん勢いで蹴って距離を詰めてくる。
「刹那風刃脚!」
魔力で強化した五感をもって、俺は完璧なタイミングで迎え打つ。
左半身から右足で上円弧を描くように──突進してくるキャシーの逆袈裟部を蹴り上げた。
さらに打ち上がったキャシーに追従するように、勢いのままにその場から跳躍する。
続けざまに地面を蹴り込んでいたほうの左脚を、垂直方向へ放って上半身へ叩き込んだ。
術技名の叫びと共に風圧を伴った二段蹴りは、キャシーの体を吹き抜け天井近くまで運んでいた。
本来であれば蹴り込みと同時に、刹那の風刃で斬り刻む技。
心身が充実し、密着状態からなら10割削るくらいの威力のものである。
もっとも今の力量では、蹴りと共に強力な風刃を出せるほど研ぎ澄まされてはいない。
その為、あくまで伴う衝撃風をもって、相手を吹き飛ばすに留まった。
二段蹴りの後のさらなる追撃を重ねて完成型だが、道はまだまだ半ばにして遠い。
それでも白兵戦における瞬間的な切り返し技としては、己の中で最も優れたもの。
バッタのように飛び跳ねる相手への、対空技としても単なる牽制としても有用で浪漫を兼ね備える。
(調整は……っし、バッチリだな)
宙空に打ち上がったキャシーを見上げながら、俺は受け止める準備をする。
最初こそ彼女が飛び降りてきた高さだが、それは万全の状態で着地すればの話であろう。
暴走機関車のようでも、まだ年若い女の子。生憎と俺は徹底した性差廃絶主義者というわけではない。
(必要とあらば辞さないが──)
なんでもかんでも男女平等だと開き直るようなことはない。
実力差があるにも関わらず、無意味に容赦なく顔面を殴りつけるような性分は持ち合わせていないだけ。
「舐めんなや、ボケがあ!」
「うへぇ……」
落ちてくるのを見上げていたら、キャシーは目を見開いてこっちを睨んでいた。
露骨に手加減したつもりはなかったし、何よりもカウンターの形で叩き込んだ。
にもかかわらず、その凄まじいタフさに呆れると同時に素直に称賛が浮かぶ。
やはり見立ては間違っていない、とても優秀な人材である。是非とも仲間にしたいと。
「うガァァぁァぁあアアアアア」
落ちる勢いのままに、攻撃を加えようとしてくるキャシー。
俺は風皮膜を出力を上げつつ、バックステップしてあっさり回避する。
さすがに空中で方向転換することまではできないのか。
キャシーの落下地点と激突タイミングを見計らって、俺は即時反転の勢いを利用し床を駆けた。
衝突する直前に、キャシーの腰部を抱え込むようにぶつかりに行く。
その気勢を殺さぬまま正面扉へと、数瞬の内に運送しつつ思い切り叩き付けた。
木扉が砕ける音と共にキャシーを地面に転がして、俺は首をコキコキと鳴らす。
「っ痛ゥ~……」
キャシーが帯びていた電流から受けたダメージを確認しつつ、次の行動に備える。
臥せった少女はなお右拳を地に突き立て、上半身だけを持ち上げてこちらを見据えていた。
「ぐゥ……が……ハァ……ハァ……おい、てめえの名前は」
「ベイリルだ」
「あァ……くそっベイリル。てめェ覚えとく、からな」
そう声も絶え絶えに呟くと、キャシーは今度こそ地に突っ伏した。
名前を聞いてくれたということは、恐らくこっちを認めてくれたということだろうと解釈する。
(まっ扉は後で修繕しよう……)
奪うはずの部活棟の扉を破壊してしまったが、リーティアならもっと豪華で頑丈なものを作ってくれるだろう。
壊れた出入り口をまたぎながら考えていると、ハルミアが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか!? ベイリルくん!」
「ありがとうハルミアさん、俺は大丈夫なんで彼女のほうを診てやってくれます?」
そう言ってキャシーのほうを指差し、ハルミアはハッとしたようにうなずいて走っていく。
「さーてと、お次はナイアブ先輩──あなたの番かな?」




