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#428 結社の最後 III

「──それで、亡霊(おまえ)自身は表舞台には出ずに裏で操ったわけか」


「あぁ……いざ活動を始めると、実体があることで不都合な部分が多かった。私は生命の魔法が使えたが、同時に分身体ではなく──あくまで聖女(ヒト)の遺体を間借りした私は生身のままだから、肉体を入れ替える必要があった」

「分身体を乗っ取ろうとはしなかったのか?」

「私は生命を与えることはできるが、意識ある者の乗っ取ることは実のところ難しいのだ。だからと言って、分身体であろうと聖女(かのじょ)と同じ顔を持つ体を殺して単なる器にすることなどできなかった」

「元は単なる道具の割に、随分と感情的なことだ」


 生命を与える為の魔力の器と引き換えにしてでも、肉体を取り替えていくほうを選ぶとは。



「──よって私は固有の肉体(じったい)を持たない亡霊(ファントム)として、仲介人メディエーターが名付けたアンブラティ結社という組織の実態なき首魁となった」


 骨格(システム)は組織の設立当初から出来上がっていた。

 そして実際に気取られることなく、世界を裏側から翻弄し続けたアンブラティ結社の内実。


「本当に必要な人材のみを残し、徐々に間引(まび)いていった。しかし年月に伴って結社の内部も入れ替わりつつ、伴うように変質(・・)していった」

「当初の目的など忘れ、各人が自己の利益を優先するようになっていった……か?」

「そう……決定的なのは、他ならぬ仲介人(メディエーター)がそうなってしまったことだった」

「皮肉だな」


 自らの分身体によって目的を()じ曲げられたことに、ベイリルは容赦なく亡霊(ファントム)へ切り返す。


「言葉もない。仲介人(メディエーター)(ちから)は肥大化し続け、ただ人間を(もてあそ)び、必死に足掻(あが)くサマを眺めることを喜悦(よろこび)とするようになった」

「手綱を握っておけなくなり、さらには実態を(おお)い隠す為に組織の(おさ)を形骸化して排していたことが(アダ)になったと」

「ああ、肉体を定期的に入れ替える必要があった私にはとっくに止める(ちから)は無かった。逆に考えるなら、無力だったからこそ排除されずに生かされたと言えよう」

「元は同じ人格でも、時の流れは残酷なことだ」

「まさしく私は、仲介人の亡霊でしかなくなってしまった──」


 哀れとしか言いようがないが、己の(ごう)と見積もりの甘さが招いた結果である。



「しかし一聞(いちぶん)する限りじゃ、仲介人(メディエーター)は半ば不滅とも思えるような話だが……俺が目覚めた時には既に死んでいたわけだ」

「ああ、|私が"血文字ブラッドサイン"を《《手引きして殺させた》》からだ」

血文字ブラッドサインを、お前が手引きした……だと?」


 ベイリルの頭の中に存在しない情報に目を細める。


「そうだ……予報士(オラクル)も含め、いささか結社員が殺されすぎたが──それでも仲介人(メディエーター)を殺せたことは大きな成果だ」

「随分と、あっさりと切り捨てたんだな」


 淡々と唾棄するかのようにそう吐き捨てるが、亡霊(ファントム)はただ静かに受け入れ話を続ける。


「聞けば納得してくれることだろう。そう……いつからか仲介人(メディエーター)は、耳飾りを片方ずつに分けて不完全な分身体をより多く作り出すほうが効率が良いことに気付き、司令塔を二つにして行動していたのだ」

「《《オリジナルが二人》》、ということか」

「不完全の分身体は深い思考をすることができないゴーレムのようなものだが、情報を収集する使い捨て人形としては丁度良かった」

「それが……仲介人(メディエーター)の情報ネットワークの正体──」



 それから亡霊(ファントム)は、少しだけ間を置いてから言葉を紡ぐ。


「そう……彼女は《《己の完全な分身を三人》》《《以上作りたくなかった》》」

「どういうことだ?」

「私が彼女を遍在させた後、彼女自身でもう一人完全な分身体を作り出した。そこで気付いたのだ、自分がもう一人いることの危険性というものに」

「──そうか、お前よりも人格が歪んだ仲介人(メディエーター)本人だからこそ……自分自身を熟知していた」

「耳飾りの数を考えても二人が限度だった。自分が増えれば増えるほど、より人格は変質し──耳飾りが奪われ、取って代わられる危険すらも考えたのだろう」


 遍在する完全分身体による裏切りと下克上。

 正確には魔王具"遍在の耳飾り(いつでもどこにでも)"を保有している者こそが、真のオリジナルと言える状況。

 耳飾りを片方ずつに分けて着けていたのも、効率面だけでなく──お互いへの信頼であり、抑止力であり、最小にして最大限の代替保険(バックアップ)であったのだ。



「なんにしても、相互利益を求めたアンブラティ結社は暴走に近いこともするようになった。とはいえそれもまた人類間競争を起こさせる点において、大きく逸脱するわけではない」

「だからお前は亡霊らしく静観でも決め込んでいたわけか」

「彼女を殺す決心をしたのは、財団(キミたち)が推進していた文明の利器(テクノロジー)を見たからだ」

「……"電信回線"と"魔線通信"か」


 仲介人(メディエーター)の遍在分身によって回っていた(いびつ)な組織運営も、通信技術の発達によって代替できるに至った。



「今度は同じ(てつ)を踏まない為に、労力は惜しまなかった。だが──」

「残念だったな」

「ああ他ならぬ冥王(プルートー)、キミと幇助家(インキュベーター)の裏切りによって再び人材はさらに失われ……今の状況がある」

亡霊(おまえ)創始(はじ)めたアンブラティ結社は、お前で終焉(おわ)る。労力は無駄になったわけだ」


「それが……そうでもないのだ」

「この期に及んで切り抜けられるとでも、まだ思っているのか」


 ベイリルは事実のみを述べる。

 それは決して間違いではなかったが、亡霊(ファントム)が意図したところではなかった。


「いや逃げるつもりなどない。ただ決して残念ではないという意味だ、この結末(・・・・)は──決して悪くない」


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