#425 葬送
肉親であった姿は保っておらず、もはや面影すらない。
刻一刻と肥大化していく肉の塊は、もはや魔導体の腕でも抑えておけないほどに質量が増えていく。
「あっちゃあ~~~……なるほどそっかあ、暴走して変異はまだしも、他のを取り込むまでいっちゃうかあ。兵士としては無節操で使い物になりそうにないなあ」
生命研究所は観察しながら、マイペースに分析する。
「すっごいけど、ただあ……このままだとまずいなあ。別にワタシは世界中にいるから構わないけどお……せっかくの研究成果と施設は惜しい」
「世界中、だと……?」
「んん? うん、そうだよお。でも複製するにはあ、移設・合体させたここの苗床が必要だからどうしよお……女王型の寄生蟲を使うとなるとお──」
おしゃべりな生命研究所は言葉途中で背後から、"魔力の刃"によって刺し貫かれていた。
「ベイリルさん! っっ──これは!?」
HiTEK装備"複製永劫魔刃"によって、力場の剣を伸ばしていたヤナギがこちらへと駆け寄ってくる。
その左脇には模倣犯が抱えられていて、気を失ったままのようだった。
「……あぁ、姉さんだ。もう助けようがない」
いくらなんでも現状の財団が保有するテクノロジーではどうしようもないし、魔獣をこのまま解き放つわけにもいかない。
「せっかく再会できたのに……」
「あぁ、でも皆を危険に晒すことはできない」
「そんな! 自分たちは──」
俺の気持ちを汲んで抗弁しようとするヤナギに対し、静かに首を横に振った。
「いいんだ。肉親の情こそあっても、実際に過ごした記憶と情があるわけじゃあない。ヤナギ、お前のほうがよっぽど大切な存在だ──もちろん"烈風連"もな」
どうにか無力化できたとしても、融合魔獣の治療を未来に託す──にはあまりにもリスクが大きすぎる。
ヤナギも俺の言葉を飲み込んでくれたようで、それ以上の口は開かない。
「それよりも生命研究所は?」
「……はい、先ほどの奴で九体目で──」
「そうか──どうやら今死んだ生命研究所の話からすると、生命研究所の複製体を大量に作っているらしい」
「だよお? ワタシをいくら殺したって、違うワタシが──」
俺は新たに生えてきた10体目の生命研究所の肉体を、一瞬の内に右手で"無量空月"を形成して居合いを抜き打って縦半分に斬断した。
「悠長にしている時間はもうない、脱出するぞヤナギ」
「……了解しました」
振り下ろした"太刀風"を俺はそのまま斬り上げ、魔獣の体内から外への出口を作る。
模倣犯を担いだヤナギと共に飛び上がりながら──姉フェナスの最期の姿を──歯噛みしながら目に焼き付けたのだった。
◇
「総員──! 第二狙撃距離を保って封縛措置を維持!」
"魔線通信"によるヤナギの命令に、近距離に展開していた"烈風連"の面々が魔獣から大きく間合いを空ける。
(移動研究施設である魔獣ごと滅する──)
これ以上生命研究所が培養されないよう、完全に消し去らなければならない。
やり方はいくつか考えられたが、俺は最も確実な方法を選ぶことにした。
『アッシュ──!!』
音を増幅させて灰竜の名を声叫する。
上空で旋回していたアッシュは呼応するように1度だけ咆哮すると、大きく息を吸い込んでから俺へと向けて吐息を放った。
炎熱でも、氷雪でも、雷霆でも、豪嵐でも、病毒でも、光輝でも闇黒でもない。
触れた物質を原子の結合から分解せしめるが如き、"七色竜"の八柱目たる風化の吐息。
「灰は灰に、塵は塵に……」
この世に存在すべきでない化物は、世界から退場してもらう。
俺は拡散するブレスを直接触れることなく──伸ばした魔導の左腕で受け止めるように──上方空間で球状に凝縮させていく。
やっていることは空気あるいはプラズマや、γ線その他の宇宙線・太陽光を凝縮しているのと、そう変わらない応用。
「最小の粒子まで、消えて果てろ」
飛行しながら、俺は地上を睥睨する。
ヤナギと烈風連は既に退避を完了しつつ、魔獣の動きを同時に抑え込んでくれていた。
(さようなら、フェナス姉さん……)
何人もの生命研究所まで巻き込まれながら、肉がいくつも山のように膨れた醜悪極まりないキマイラ魔獣。
俺は──黒く凝縮しながらも淡く発光している──"風化"の灰ブレス球を、指向性を定めて解き放った。
灰色球は中心部で炸裂すると、そのまま拡張するように飲み込んで領域内の全てを滅却して収束──大きなクレーターをだけ残した。
肉親の命を絶った実感がないほどに、あっさりと……しかし確実に消滅してしまったのだった。
(生命研究所……落とし前は必ずつけさせる──草の根どころか地中深くから深海に宇宙だろうと漏れなく全員を探し出し、殺し尽くす)
思いを新たにした俺はクレーター脇に着地し、ヤナギへと告げる。
「これから今以上に忙しくなるぞ」
「はい、生命研究所は財団の……世界の敵です」
アッシュも降り立ち、"烈風連"も参集して整列する。
「将来的なことも鑑みれば危険等級としても最大、速やかに探索の計画と殲滅の段取りを立てようかと思います」
「よろしく頼む」
──すると横たわっていた模倣犯がうめき、ゆっくりと目を開く。
「……大丈夫か、模倣犯」
「──?? あ、あぁ……終わったのか」
「ひとまずは、な」
「申し訳ない、手間を掛けさせてしまった」
「もはや消滅したが、生命研究所の移動研究施設の場所を突き止めた時点で仕事は果たしているさ。それに情報は漏らさなかったんだろう、大したもんだ」
傷だらけの模倣犯は上体を起こしながら、意気なき瞳を浮かべる。
「それは……失うものがないからだ。わたしにはきみたちのような"個"というものがない。装い、演じている間は──何も考えない、自分のことも他人事に過ぎない」
「だが他人になりきれるということは、その人の心も映し出しているということだ。感情を理解する感情がなければ無理な芸当だよ」
「そういうもの、か──」
散発的にではあるが1年近く付き合ってきた男の、本音の部分がはじめて見える。
「かつて俺の同志に、あらゆる人間の記憶を読んだ人がいた。それが原因でか、己の人格というものすら曖昧になった時期もあったそうだが……」
「……どうなった?」
「無気力だったらしいが──ある人から、"頼られ頼る"ことを改めて教えてもらったらしい」
そうしてシールフは虚無から立ち直って、新たに世界と関わって生きる道を模索していった。
相互扶助。一人でも生きていけるとしても、繋がりから生まれる文化が人類を豊かにするものである。
「まぁこれも縁だ、新たな人生を用意してやる。人から頼られ、人に頼らざるをえない役柄ってのをな」




