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#424 運び屋


「──姉さん!! フェナス姉さん!! 俺は弟のベイリルだ!!」


 感情のままに大声で訴えかけるも、姉フェナスは一切の反応を示さない。

 

『うっひゃはああああ、すっっっごおおい響くうううう!! でもムダああああ、元から副作用で感情に(とぼ)しかったけどお……もう完全に喪失してるからあ。"寄生蟲持ち"のワタシたちの言葉しか聞けないよお』

「それなら治療すれば済むことだ。事実、俺が助かったようにな」


『やってみればあ? "運び屋(キャリアー)"、その男の命を冥府に運べえええ』

「ヤナギ、"生命研究所(ラボラトリ)"どもその他は任せた」

「了解です、くれぐれも……その──」


 心配そうに言葉に詰まるヤナギに、俺はポンッと頭を撫でてやる。

 お互いに力強(ちからづよ)くうなずいたところで、揃って飛び出した。



 瞬間加速による音速突破の衝撃波を、収束させながら突進し──魔獣の奥深くまで運送──姉と2人きりとなる。


「姉さんの目ぇ、()まさしてやる。父さんは死んだが、母さんはまだ生きているからな」

「……」


 100年振り、5度目の邂逅──4回目に姉だと気付けた時には彼女に左腕を切断され、仲介人(メディエーター)の凶刃によって俺は打ち倒された。


「あぁ腕のことは気にしなくていい、義手も色々と便利だからな」

「……」

「答えられなくても、喋れなくても、考えられなくても。ただ聞いてくれてれば……まずはそこからだ」



 血縁たる姉弟が相打つ。

 

 運び屋(キャリアー)フェナスの戦型は、単純(シンプル)、明快の一言に尽きた。


 より速く運ぶ。より多く運ぶ。

 その為に突き詰められた、純然たるスピード&パワー。

 (しな)やかで強い肉体に、研ぎ澄まされた魔力強化を乗っけただけ。

 勘の目に優れ、崩れないバランス感覚と、効率的な重心移動。


 自我が希薄な為に、自然(ナチュラル)に"意のない攻撃"を繰り出す。

 常に最短最速で最強の一撃を、どんな体勢からでも打ち出せる近距離砲台。

 さらには生命研究所(ラボラトリ)による肉体改造の影響か──まるで骨がない軟体生物かのような軌道の読みにくい──全身凶器といった挙動。



(──だが、"天眼"とは、噛み合う)


 俺は間断なく打ち込まれる、鞭のようで刃のような打撃の全てを適確にいなし、(さば)いていく。


 膂力も速度も、確かに"伝家の宝刀"級を凌駕するのは間違いない。

 しかしそこに積み上げられた技術はなく、ただただ肉体スペックにあかせた暴力を振るうだけ──ならば確定予測も容易。

 まともに喰らえば、また(・・)四肢や首の一つは()ねられてもおかしくはないが……当たらなければどうということはない。


(問題は、反撃が、できないほどの、超攻勢──)


 意識と無意識の狭間で揺られ、融合するかのように宙に浮かせた状態のまま──俺は思考も並列させる。


 攻撃の切れ間がなく、スタミナが尽きる気配もない。

 魔術を使う暇もなければ、受け流しながらの投げや関節技にも繋げられないほどの苛烈さ。


(他の、始末は、ヤナギと烈風連、に任せて、根負け、勝負、に持ち込むか──)


 皮肉にも生命研究所(ラボラトリ)による肉体魔改造のおかげで俺自身、"天眼"を維持できる時間も飛躍的に伸びた。

 姉を確保するのであれば、バテるのを待つのが|安牌《あんぱい。

 仮に俺が集中切らすのが先だったとしても……守勢に徹して時間を稼ぎ続ける頃には、援護による多勢を期待できるのでこれも安全策。

 


 バギッ──と、そう考えていた最中に左義手の一部が破損する。

 さらに右手小指の先からわずかに出血し、支障をきたさない程度に被弾が増えてきたのだった。


(ギアが、上がった? いや、俺に対し、最適化、していっている──)


 "天眼"で俯瞰(ふかん)しているからこそ、すぐに理解する。

 その特性上、最初からマックスで完璧な対応できる俺と違って……姉フェナスはまだ中途であるということ。

 単純な白兵戦を続ければ、ほどなく()が悪くなって均衡が崩れ、確実に上回られる未来が()えてしまった。


(犠牲、上等──)


 俺は即座に義手左腕を捨てる決断を下す。

 優勢を獲得すべく、危険(リスク)を承知で(くさび)を打ち込む必要があると。

 生身ではないからこそ躊躇(ちゅうちょ)なく、破壊されるのを覚悟した上で反転攻勢(カウンター)を仕掛けた。



()()ァ!」


 義手は無惨にも粉々になるのと同時に、渾身の"右崩拳"が姉フェナスの水月(みぞおち)へと吸い込まれていた。


()(セイ)! (フン)!」


 そのまま軌道を上方に変えた"裏拳"で顎を打ち抜いて脳震盪を狙い、さらに震脚で一歩踏み込みながら左半身で"鉄山靠(てつざんこう)"を叩き付ける。


(シィ)ッ──知恵捨(チェスト)ォ!!」


 衝撃で吹き飛んだ姉フェナスの体躯に追従しながら、ダメ押しの右打ち下ろし方向の"あびせ蹴り"を見舞った。



王手詰み(チェックメイト)


 姉フェナスが立て直すよりも一手速く。

 生じたわずかな時間を利用し、俺は魔導"幻星(アストラル)影霊(サーヴァント)"ユークレイスの左腕のみ(・・・・)を、喪失した己の左腕に補完するように顕現させていた。

 冥王の巨腕(かいな)は、倒れた姉フェナスの肉体をそのまま抑え込んで決して離さない。


「すまないが大人しくしていてくれ、姉さん」

「……ッ、ぁ──ぁぁあああァァァァアアアアアアッッ!!」


 ようやく感情的に──半狂乱ぎみに咆哮する姉の様相に俺は(つら)(にが)い顔を浮かべつつ、それでも心を鬼にして緩めることはない。


「必ず助けるから、今はおやすみ──」



「ァァア……ゥァア──」


 その次の瞬間だった。

 姉フェナスの皮膚が変色しながら(いびつ)(うごめ)き、体内から腫瘍のように増殖し盛り上がっていく。


「あははあ! これはすごい……すごいねえ!!」

「貴様──ッッ」


 そこにはヤナギが逃がしてしまったのか、あるいは先刻の3体とはさらに別の個体なのか──いつの間にか生命研究所(ラボラトリ)が近くに立っていた。


「姉さんに何をした!!」

「ワタシたちはあ、ただ調整してただけだけどお? それよりほらほらあ、愛する姉がどうにかなっちゃうよお?」


 俺は注意を払いながらも、視線を姉フェナスに戻すと──既にもはや人の形すらも失っていたのだった。


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