#33 落伍者 II
専門部のカボチャ棟の扉はあっさりと開き、二人揃って中へと入る。
一階は広間のようになっていて、吹き抜けが4階まで続いてた。
階段を介して部屋が割り振られていて、各部室として本来は割り当てられるものなのだろう。
いずれにせよ早々に十数人、わかりやすく出迎えられたかのように見つかってしまった。
カボチャ達は口々に話したと思うと、すぐに5人ほど立ち上がってこちらへと寄ってくる。
「"白校章"か、新季生の時期だし迷い込んだか? あ?」
「確かに新季生ではあるが迷い人じゃあない。きっちり知った上でここへ来た」
人族が3人の、獣人が2人。いかにもな風体のカボチャはわかりやすく恫喝してくる。
「わからねえなあ、そっちのネーちゃんも……一体どういう了見だ」
「部室が欲しいから、代表者と話がしたい」
俺はどうせ無理だとはわかっているものの、建前だけでも淡々と要件だけ告げる。
「はっはははッ! ここを部室にしてえってのか、身の程知らずだねえ」
「新季生がそんな理由でうちの"頭領"にいちいち会えると思ってんのか、ああ?」
口々に下卑た笑いをあげながら煽り、挑発が始まる。前哨舌戦とでも言えばいいのだろうか。
不良漫画のようなフィクションでしか見たことがない状況に、どう対応していくか少し思案する。
「どうすれば会える?」
「てめえなんかじゃ会えねえよ。大人しく帰れや、それとも力ずくで通るか? あ?」
相手から提案してくれるのであれば是非もない。
ここは素直にお言葉に甘えることにしよう。
「ふゥー……──じゃあそれで」
俺は溜息のように息吹をして、身体の魔力循環を意識し整える。
これから自分達が活動していく場所である為に、派手な魔術は使わない。
"風皮膜"のトリガー行為でもある息吹だったが、あえて魔術は使わずにここはいく。
「は? なんだって?」
「力尽くでボスとやらに会うことにするから、アンタらをぶっ飛ばすってこと」
「威勢がいいなあ……後悔すんじゃねえぞ!」
そう叫んで男は、拳を振りかぶりながら距離を詰めようとする。
モーションも大きく、スピードも遅い、一般生徒の域を出ない程度のものだった。
俺は踏み出された相手の"膝の狙撃を目的とした蹴り"を見舞った。
思わぬバランスの破壊をされた男に、そこから派生する一撃必殺の正拳を腹に放り込む。
カボチャ1号は、鈍い呻き声をあげるとあっという間に沈黙してしまった。
「おっと、多勢に無勢で来ても構わないが……腐っても尊厳が残ってるなら一人ずつこいよ」
ちょいちょいっと人差し指を二度曲げる。
一人目が瞬く間に沈んで、狼狽えつつも反射的に攻撃しようとした残りの者達。
しかし年下の新季生を相手に、先んじて釘を刺されしまえば後に引けなくなってしまった。
戦闘行為それ自体で測るのであれば、まとめて叩き伏せることも楽勝であったろう。
しかし大きすぎる力量差というものは、時に不必要な恐怖や諦観を根強く与えてしまうことになる。
落伍した経緯は人それぞれでも、思う感情の中に似たものはあるハズである。
こんな奴相手じゃ負けても仕方ない。最初からモノが違うのだ、などと思われては少々困る。
一対一で倒すことでほんの少しでも……。
悪感情が減じられるのであれば、それに越したことはなかった。
左ハイキック──右裏拳──右飛び膝──かち上げ左掌底──
順番に、ゆっくりと、落伍者達へ力を見せつけるように叩き伏せていく。
最初にやってきた5人ばかりでなく、追加で落伍者を順繰りにぶちのめす。
案外"弱い者いじめ"という、後ろ暗い楽しさを否定できない。
我ながら度し難いと感じてしまうが、ともすれば逆感情についても考える。
ただバグ技やチートを使ってプレイするゲームなんて、すぐ飽きてしまうことに。
達成感あってこその人生であり、障害こそが刺激なのである。
栄光が道端の自販機で、缶ジュースを買うかの如く転がっていたなら。
度を越した強さから得られる幸福というものは、あっという間に色褪せてしまうだろう。
転生し、故郷を焼かれ、奴隷にまで落ちた時は、何も考えず得られる強さが欲しかった。
しかし今は違う。この長命にとって、退屈こそが最大の敵となるのだから。
「あぁぁあああ! う──っせえんだよ!」
十名ほど地面と熱い抱擁をさせたところで、叫び声が棟内に響き渡り全員が静止する。
「なんなんだよ、あーったく完全に眠気覚めちまったじゃねえか。アタシは二度寝しにくいタチなんだよ!!」
矢継ぎ早に続いた声は、4階部から聞こえてきたものだった。
周りを見やればカボチャ達は、戦々恐々とした面持ちで不動の姿勢を保っている。
声の主は階下を見やると、そのまま躊躇うことなく飛び降りた──
かと思うと、猫のような身のこなしで床に着地して見せる。
「てめーらかぁ、アタシの昼寝を邪魔したのはよォ……」
「オレらじゃありません姐さん! こっコイツです、このガキが喧嘩を売ってきて──」
そう言ってカボチャの一人が、俺のほうを指差してくる。
一方で俺は我関せずといった様子で、飛び降りた女を観察する。
手入れされてない起き抜けの髪は、激情を表すかのような赫炎色。
頭には尖りぎみの獅子耳、尻には獅子の尾。わずかに見える牙と黄色味の混じった猫科の瞳。
恵体ボディと皮膚の下に備える天性のバネと筋骨が、着崩した服から覗いている。
「無様に負けてちゃ世話ねェだろうが。おうナイアブぅ……どういうことなんだよ」
そう言って獅人族の少女は、広間の一角へと首を傾けるように視線を向ける。
ただ一人、状況にずっと動じることなく隅のほうで座っていた男へと。
「べっつにぃ、"キャシー"ちゃんが相手してあげればぁ? なんかその子、部室が欲しいんですって」
やや低めのテノールボイスに女口調の男は、事もなげにそう告げて立ち上がった。
線が細めなシルエットではあるが、決して虚弱そうには見えない。
動きに無駄がないゆえか、静かでスマートな印象を強く与える。
ナイアブという、事前情報によればボスであろう名で呼ばれた男。
彼は鋭い目元に、色素が少し抜けたような緑色の髪を整えつつ距離を詰めてくる。
「部室ぅ? つーことはおまえ、アタシらの仲間になりてえのか?」
こちらを一瞥して値踏みするかのように見つめられるが、俺はあっさり否定する。
「いいや、違うよ」
「じゃあなんなんだよ」
威嚇するかのような勢いのキャシーと呼ばれた少女に、ナイアブは状況を推察する。
「そっちの女の子、確か自治会の子でしょう。部室確保の為に、会長様がけしかけてきたってとこかしら」
「ッぁア? あの鼻持ちならないクソ会長の野郎、フザけやがって」
今すぐにでもぶっ殺しに走り出しそうな勢いでもって、キャシーは一本筋を浮かべる。
ピシャリと言い当てたナイアブは涼しい顔して、飄々とした態度を崩さない。
「あなた白衣を見るに医学部かしら、懐かしいわね」
「……そうです。ナイアブ先輩、自治会庶務のハルミアと申します」
ナイアブの独り言のようだったが、ハルミアは話を振られたかのように感じて名乗る。
あくまで案内人で回復役の彼女は、どう動くべきか判断つきかねてる様子であった。
「いい感じに灰汁も強いし気に入った。キャシーにナイアブ先輩」
「はあ?」
「あら?」
ほくそ笑むような表情を浮かべ、俺は二人の名を呼ぶ。
是非フリーマギエンスに入れて共に研鑽を積み、あいつらと学ばせたい。
そう直感的に思った次第であった。
「おうガキぃ、なんでアタシは呼び捨てなんだ?」
「いえね……年もそこまで変わらなそうだし、これから俺に負ける相手に敬語使うのもね」
俺はわかりやすく挑発して見せる。
この手の猪突タイプには最初の段階で、上下をしっかりさせたほうが都合が良い気がした。
忠犬メイドクロアーネ同様、力で語り合ったほうが分かち合えるタイプの人間だと。
「言っとくがなァ、アタシは無料でも喧嘩は買うぞ」
「御託はいらんて」
俺の言葉にキャシーはゴキゴキと首を鳴らした後に、ダランっと一度脱力する。
「上等だぜ、ゴラァ!」




