#419 遙かなる宇宙
「ァ……ベィ――リ、ル――」
呼吸と発声への適応が間に合わず、それ以上の言葉が続かない。
光が、満ちる──どうにかしようにも、どうにもならない。
五感は灼けたまま状況はわからず、全身が蒸発と再生を繰り返し、それでも言葉にならない苦痛と思考が巡り続ける。
即死するはずの攻撃でも、"折れぬ鋼の"の肉体は死ぬことを許さない。
生存本能に反応した"変成の鎧"が、使用者を死なせることを許さない。
(だが、それでいい……まだ魔力は残っている)
痛苦にも適応し始め、結果的に取り込んだ毒も既にほとんどが消し飛んでくれた。
今少し、耐えさえすればいい。死ななければ、またいずれ復活できる。
(足りない……)
まだまだ足りない。
衝動は収まるどころか、欲望は枯れるどころか募るばかりだ。
何季・何年掛かろうと星に戻れば済む──エルフ種であれば彼も長生きするだろう、次に会った時こそ最高の"死に目"に見えよう。
人類最後の"死に目"に立ち会うまで生き続けなければ。それこそが我が人生──
(っ……ぅ、なんだ──)
熱さが再度ぶり返し始める。そればかりか再生が、間に合わなくなってきているようだった。
頭が回る内に灼けた両眼に代わって、なんとか触手の先に新しい瞳を作って伸ばす。
「──ッッ……ィ──」
直視したことで、すぐに潰れてしまった瞳に声にならない声が漏れる。
しかしその直前にしかと視界には捉えていた。そしてワタシはあれを知っている、前の世界にも存在していた恒星。
その内部では核融合が繰り返され、光と熱を地表へと届け続ける無償の奉仕者。
自然のサイクルにおいて最も重要なエネルギーと言える、星の循環の外からもたらされる大いなる恩恵。
(太陽ッ──)
その巨大な重力圏からは、既に脱出できること能わず。
(ガァ……アアアアアアアッ!!)
しかし、まだ一手だけ。ギリギリにはなるが、方法があった。
迷っている時間はなく瞬時に魔力を惜しみなく注ぎ、変身によって肉体を局所極大化させながら……切り捨てる《・・・・・》。
脳と脊髄と心臓と目玉を1つずつ──呼吸を必要とせず、代謝を極小化させた、最低限の生命維持機能のみを残した肉体。
噴射の勢いで押し出されたそれは、もはや人の形をしておらず……薄皮一枚の下で"変成の鎧"を挟み込んだ単なる肉塊。
トロルの乾眠状態を思わせる、耐える為だけのギリギリの状態。
(っあ──?)
引力の檻から脱するその刹那──たった一個の瞳が、その姿をしかと捉えていた。
ベイリル──もはや宿敵とも言ってよいだろう、同郷の彼は残った右手に銃を構えていた。
親指によって撃鉄がコックされ、人差し指によって引鉄が引かれ、再び光に包まれる。
どこまでも、油断も容赦もなく、確実な二の撃。
心底から怒らせてはいけない男を、激情に走らせてしまったことに……今さら気付く。
(イ、ヤだ……このワタシが、こんな──)
事ここに至って発露した血文字の剥き出しの感情は、後悔する余地すら与えられず、その肉塊ごと思考もろとも呑み込まれる。
二つの世界で──"死に目"を独占する為、殺しの限りを尽くした男。
しかし終ぞ彼は、自らの"死に目"を味わえることなく……この世から完全に消滅したのだった。
◇
(──似合いの終焉だ)
俺は遮るものなき宇宙空間で、確かに血文字の消滅を"遠視"して確認した。
同時に魔王具"変成の鎧"もまた、この瞬間に世界から喪失した。
かつて"無限抱擁"こと永劫魔剣をも破壊した俺は、さぞ罰当たりと言えるかも知れない。
またHiTEK装備"真・特効兵装"は焼損し、歪み溶けたリボルバー拳銃と共に軌道上のスペースデブリと化した。
左腕の義手もボロボロの塵となってしまっている。
注ぎ込まれた技術力の粋を考えれば……リーティア亡き今、同じ水準以上のモノはあるいは俺が生きている内は望めないかも知れない。
大小二発のγ線の影響は、軽減したとはいえ俺自身の肉体にも刻まれた。
(だが……それでも、構わない)
血文字を殺し切る為に出し渋るようなことはできなかったし、目的は果たすことができた。
死力を尽くしたからこその勝利であり、人類にとっての憂いを1つ、永久に排除することができたのだ。
復讐はここに完遂された。
(ハルミアさん……それにクラウミア──)
俺は愛した女性と……この目で見て、この腕で抱いてやることができなかった娘の名を心中で呼ぶ。
未だにもうどこにもいないということの実感が湧かない。キャシーもクロアーネも、俺が眠っている間に逝ってしまったがゆえに。
フラウとてあの束の間の蜜月がなければ……あまりにも、あまりにも長い空白だった。
(まずは墓参りに行こう)
自らの心と向き合い、また折り合いをつける為に必要な儀式。
"血文字"を放置しておくわけにはいかず、早急な作戦となった為に随分と駆け足で来てしまった。
"幇助家"イェレナ・アルトマーのおかげで、アンブラティ結社にも大きく迫ることができるが……今少し休息も必要だ。
「あとは無事に帰還できるかだが……」
俺は"六重風皮膜"の内側で呼吸しながら言葉として吐き出しつつ、右手を伸ばす。
ガンマレイ・ブラストとその反動を相殺する為に、色々と消耗が激しく疲弊もひどい。
("片割れ星"……踏み立つのはまた次の機会に、だな)
いつかあの双子の惑星に降り立つ時が来ると信じている。しかし今はまだ時期尚早。
とにもかくにも今は残り少ない魔力で、地上まで戻ることを優先しなければならない。
「あぁそうだ……俺はまだ、見届けなくっちゃぁならない。人類文明の行く先を──」
固い決意でもって口にする。可能ならばその末まで生き抜いて、宇宙の果てを越えた先を見てみたいのだ。
俺はフラウの重力魔術で慣らした無重力での動きを思い出しつつ、わずかな空気を推進力へと変えて母星の重力圏へと到達する。
(はてさて、一体全体どこに落ちるやら……)
ある程度は制御したいところではあるが、そこまでの余裕があるとも思えない。
いずれにしても"彩豊の都"マール・カルティア近くまで戻れることは、まずもって不可能に近い。
広い海のど真ん中や、特定災害地域。あるいは敵性種の生息地や、魔獣の住処だったり。
"大空隙"の底といった、人間が耐えられない環境に降下することだけは避けなければならない。
大気摩擦をすり抜けるように流し──遠くなっていく片割れ星を見つめながら──空気を取り込んで充填をしつつ、魔力が底をつく前に落下を調整していく。
飛行するほどの余裕はなく、滑空しようにも着ていたコートも光熱の余波で半分以上が塵となっていて、姿勢制御はままならない。
それでもやれるだけのことはやってやる。
パンゲア大陸の形を頭の中で思い浮かべながら、おおよその位置を把握する。
そしてある程度まできたところでゆっくりと風のブレーキを掛けて、無事着地しようという算段を立てていた──その時であった。
(んっ──あぁ……?)
空気が変質していくのを、"六重風皮膜"越しの肌で感じ取る。
既に熱圏から中間圏、成層圏も抜けて対流圏へと入って、高々度飛行をする際の高度には差し掛かっている。
「なん、だ……これ」
心なしか降下速度が落ちている感覚。それはある意味では助かるのだがあまりに不明瞭。
こういう場合は得てしてロクな結果にならないことを、俺は直観的に察する。
「気温が急激に下がっている、ような──っぉオア!?」
構成されている"六重風皮膜"の内、歪光迷彩と風羽織が剥げて空力制御を失う。
(マズっ──)
通常ではありえない自体に、俺は混乱を禁じえなかった。ただ寒いだけではこうはならない。
魔術を封じ込められるのとも違う。これはそう……まるで──分子運動そのものが強制的に停止していっているかのような。
「こ、の……土地、は──」
極限の酷寒の中で薄れゆく意識で俺は自らの記憶と照合しながら、"噂でのみ聞いていた場所"を頭から引っ張り出したところで──途絶し、墜落するのだった。




