#418 血戦 III
「──ああ、そうだな……今度はキミのトラウマにでも姿を変えるとしようか」
「トラウマ? あいにくと多すぎるがな」
そうして血文字が姿を変えたのは、かつてベイリルが二度挑んで、二度敗北した男。
長身痩躯、拘束具のようなベルトを体中に巻きつけ、聖騎士のサーコートを身に纏う人物。
──絶対正義の審判者──聖騎士の中の聖騎士──真なる英雄──戦場荒らし──人の形をした魔法──無法の救世人──
しかし普遍的に通じる名があるとすれば……五英傑が一人、"折れぬ鋼の"の姿に他ならなかった。
(黄竜でも黒竜でもなく、"将軍"でも"運び屋"でなく"無二たる"カエジウスでもなく、"折れぬ鋼"か……まぁそりゃそうなるか)
とはいえ"大地の愛娘"ルルーテでなかっただけ良しとする。
アレはトラウマというより、もはや畏敬の念を抱くレベルであり、再現できるような領域にいる存在ではない。
「ふむ、この姿は──かの音に聞こえし英傑か。ワタシは見たことがないが……不思議な器だ」
(魔力色がまったく見えなくなった……?)
魔法具"変成の鎧"──その再現率と恐ろしさをよくよく理解する。
俺に変身された時の"血文字"は確かに俺自身であったし、魔蟲ウツルカの汚染物質もまた再現されていた。
("折れぬ鋼の"の、一切魔力を漏出させないという特異体質すらもコピーしたか)
俺は指を鳴らして単なる"風擲斬"を放った。
風の刃は血文字の体を透り抜けることなく命中する。
されど無傷──"透過"しようがしまいがダメージを与えられないという結果は同じでも、それで事実がはっきりした。
「――どうやら魔導は使えないようだな」
「ふむ、そのようだ。なぜだかはわからないが……しかし余りあるというもの」
魔力を外に出せない。"折れぬ鋼の"の、魔力を溜め込み続けられるがゆえの圧倒的な肉体。
だがその代償は、魔術や魔導を一切を使えないことに他ならない。
「……試さずにはいられない昂揚感、こんな感情はいつ以来だろうか」
『ヤナギ、"烈風連"ともども捨て石になってもらえるか。一分ほど時間を稼いでほしい』
血気に逸る血文字を見ながら、俺は音圧を調整して義娘だけに聞こえるよう伝えると、彼女は即断即決の行動へと移る。
「対人戦術・渦波ッ!!」
一糸乱れぬ連係をもって烈風連は音速で血文字の周囲を旋回し、砂塵を巻き上げながら波状攻撃を開始した。
俺はその間に魔力遠心加速分離で体内魔力の再調整と純化をしつつ、戦況を観察・分析する。
「凄絶、の一言に尽きよう。いつか英傑のような人間の"死に目"もこの手で見たいものだ……」
砂塵が吹き飛ばされ、死人こそいないが烈風連の半分以上がダウンしていた。
仮に強さの一端を再現するだけだったとしても、やはり"折れぬ鋼の"は規格外の頂人であり、まともに戦える相手ではない。
「"ヤマブキ"、それに"ユスラ"、合わせて──"複製永劫魔刃"、純刃」
介抱している烈風連とは別に、まだ立っている烈風連の二人とタイミングを図ってヤナギは突貫する。
握り締められた刃こそ、ヤナギの膨大な魔力を一点に凝縮した紛うことなき魔剣。
単純な切れ味だけで言えば、今までのあらゆる攻撃をも上回る──万物を切り裂き、貫き穿つ斬撃。
しかしあっさりと渾身の一撃は血文字の右手で防がれ、そのままヤナギは左拳のカウンターをもらう形で殴打されて空中を舞う。
「この肉体でも血くらいは……出るのだな」
血文字は貫通した手の平から滴る血を舐めながら、ヤナギを感心するように見つめる。
「あまりワタシの趣味にそぐわぬ刃だ」
血文字は"複製永劫魔刃"を投げ捨てながら、与えられた傷も既に塞がりかけていた。
フィジカルのままにぶん殴る、ただそれだけで必倒となりうる。本当に"折れぬ鋼の"を相手にしている気分にさせられるほど……。
しかし不殺の信条を徹した"折れぬ鋼の"と違い、血文字にはブレーキが存在しない。
まだ誰も命を落とさずに済んでいるのは、ひとえに烈風連の練度に加えて、血文字が肉体のコントロールに未だ慣れていないからに過ぎず……。
かつて五英傑に名を連ねた人間の能力を、このまま殺戮に使われることを思えば……必ずこの場において仕留めなければならない
「ありがとうヤナギ、充分だ。烈風連も……後はまかせろ──アッシュ! 皆を回収しろ!!」
俺は強く、はっきりと、自信を内包した言葉を紡いだ。
同時に急降下してきた灰竜が烈風連を全員離脱させる。
「見物はもういいのかね? ベイリル」
「次に俺の名を呼ぶ時が、お前の終焉だ」
「ははっはははは、随分とお互いに愛着も湧いてきたようだ。頃合だろう」
トンッと俺がステップを踏むと同時に、強烈な上昇気流が発生して血文字の肉体が持ち上がる。
「飛べ」
「むっ――」
風はそのまま竜巻と化し――ダメージを目的とするのではなく、ただただ打ち上げる為だけの旋風。
"折れぬ鋼の"は魔術が使えない、つまり空中における機動力の優位性は確実に俺が奪うことができる。
「これは……なるほど、この肉体のままでは如何ともし難いな」
"変成の鎧"は肉体内部に取り込まれ作用しているのか、"折れぬ鋼の"の特異体質であっても使うことは可能なようだった。
上空へと勢いよく吹き飛びながら、血文字は新たに翼を生やして機動制御を試みようとするのが見て取れる。
「浅はかだ。それは"折れぬ鋼の"の部位じゃないだろう」
瞬間――追従するように上昇していた俺は、両手のグラップリングワイヤーブレードを射出した。
それは血文字の生やした翼を貫き、さらに肉体へと巻き付いて拘束するに至る。
「っぐ──なにを、する気だ……?」
血文字は、先んじてワイヤーブレードに塗布していた"スライムスティム・紫"の病毒効果に悶える。
変身による組成改変によって病毒への耐性を付けている隙に、俺は"推進制御補助機構"を全開に飛ぶ。
「ユニヴァアアアアアアアスッ!!」
バチバチと電撃を纏いながら加速。
そのまま第二宇宙速度へ到達し――大気圏を超えて宇宙まで血文字を運送した。
――かつてないほど巨大に眺める片割れ星と母星との狭間――
「この美しい宇宙から退場してもらおうか」
「ヵ……ッ、ァ――」
"六重風被膜"で空気が一定に保たれている俺と違って、適応が間に合わずに血文字は毒のみならず呼吸にも喘ぐ。
殺せなければ追放すればいい。
しかし"変成の鎧"があれば究極生物を超越して、いつかまた星へと戻ってくる可能性も視野にいれなければならない。
「たとえ"折れぬ鋼の"の肉体を持ち得ようと……限度はある」
真空の宇宙空間でそう口にしながら、俺は"真・特効兵装"の六枚羽を円筒状に配置・回転させながら、左手の生体義手部分を外した。
「収斂せよ、天上煌めく超新星──我が手に小宇宙を燃やさんが為」
喪失した左肘から延びた物質的な銃身。
それは"真・特効兵装"の外装と連結していて、内部では重元素である浮遊石の欠片と、降り注ぐ宇宙線とが固定・圧縮されていく。
極限まで圧縮され、臨界に達した原子は核分裂反応による放射性崩壊を起こし、発生した"殲滅光"は電磁場と魔力力場によって安定した方向へと射出される。
「……ベィ――リ、ル――」
「これがお前の"死に目"だ。"放射殲滅光烈波"」
左手の機械義手銃口から放たれた莫大なエネルギーは、六枚羽の回転砲身によって指向性を伴う熱光線として血文字の存在を撃ち貫いたのだった。




