#417 血戦 II
"血文字"の肉体が猛烈な勢いで変異していくように、形を変える。
神器と呼ばれる魔力を膨大に溜め込む肉体組成を再現し、こまめに消費しながらも100年近く常人を遥かに越えた魔力を貯留し続けた。
無尽蔵とも思えるほどに保有する魔力。血文字にとってベイリルはそれを大量消費する相手に足ると──
「"真・特効兵装"ァァアアアッッ!! 展開ッ!!」
一方でベイリルはパチンッと指を鳴らしながら咆哮すると、背中に収納されていたHiTEK装備から六枚の翼が拡張された。
背より肩から腕までを覆う形のフレームに、特殊繊維のマントが風にはためく。
その間も血文字は恐るべき速度で肉体を肥大化させながら、人としての姿を喪失していく。
指パッチンは合図も同時に兼ねていて、呼び出されたヤナギがベイリルの隣に立つ頃には──完全に変態を終えていた。
十六ツの大足、全身に散らばった四十八の複眼。
光沢のある頑丈な外骨格と、柔軟かつ強靱な内骨格によって支えられた"巨大蜘蛛"の姿。
口元からは数十メートルはある触肢が二本、ウネウネと動いている。
「"魔蟲ウツルカ"……」
「知っているのか、ヤナギ」
「生きて動いているのを見るのは初めてです。魔領でフラウさん達と見た時は、遥か昔に死骸と成り果てていたモノでしたが……それよりもずっと巨大きい──」
全長にして100メートルは軽く越えている。
黒竜や神獣モーヴィックに比べれば小柄にも見えるが、巨大化した虫として考えると醜悪としか言えなかった。
「なるほど、オリジナルよりも巨大いわけか。血文字が扱い慣れているのもあるんだろうが……"変成の鎧"ってのはつくづくとんでもないシロモノだな」
「死骸においてすら辺り一帯が汚染していました。ですので恐らくは──」
ヤナギの言葉からベイリルは視線を移すと、魔蟲の足元の大地が腐敗するように侵蝕されているのが見える。
「彩豊の都への影響は当然として、俺達としても長引かせるのは得策じゃなさそうだな」
「短期総力決戦、了解です。各員参集せよ!」
頷いたヤナギは左手で指笛を吹きながら、"魔線通信"を用いて命令を下す。
すると上空からはアッシュが、周囲には23人の魔術戦士達がすぐさま集結したのだった。
『回華せよ、刻を報せる風雲を──天と冥府の名の下に、我らは煌めく"烈風連"』
ヤナギを含めた24人──かつて幼少の頃より救出され、選抜・鍛錬を積んだ二十四番花信風の名を受け継ぎし特殊部隊。
ベイリル直下、子飼いの武力集団"烈風連"が合唱するように名乗りを上げる。
『振るいし暴威は敵を選ばず、邪魔立て障らば屍山血河の途となる』
どこにでも潜入する為に無手を基本。ベイリルの各種魔術の一部を使いこなし、あらゆる戦場・工作・間諜活動に堪えうる為に総合能力を備える。
全員が飛行魔術の使用を基準とし、歌による共振魔術を実現。加えてテクノロジー兵器の実験運用も行う。
三人一組で七色+一色ごとにさらなる専門性──
偵察・狙撃、工作・暗殺、白兵突撃、擲弾火力、魔術火砲、衛生支援、万能予備、戦術・統合指揮──を持たせた集団。
魔獣討伐においてすら、烈風連にとっては通常任務の範疇である。
「万端か。さ~て、怪獣退治とシャレ込もうか」
ゴキリと首を鳴らしてから全身をほぐすように、眼前にそびえる異形にベイリルは歯牙を剥き出しにする。
「魔導は見えない、さすがにここまでの大変身をしつつ"透過"ができるほど器用ではなさそうだな」
ベイリルは"天眼"でもって冷静に敵を分析する。
血文字は常に一方的な殺戮を繰り返してきたがゆえの練度不足。
殺すことは慣れきっていても、殺し合いには慣れていない。
「では──対竜戦術・"振揺"用意!」
烈風連の面々は叫びに応じ、一瞬にして散っていく。残ったヤナギはアッシュに飛び乗ると、灰竜は大きく翼を打って飛び立った。
「"応急活性魔薬"・赤黒混合──征くぞ」
ベイリルは自らの魔力を血液ごとストックしておいた黒スライムと、肉体活性の赤スライムを"真・特効兵装"を通して体内へと注入した。
続いて浮遊極鉄を利用した磁界によって飛行性能を引き上げる"推進制御補助機構"を用い、重力のくびきから自らを解き放つ。
縦横無尽に空間を蹂躙するベイリルの左腕兵装からは、"極電磁砲"が魔蟲へと降り注ぐ。
魔術で空気を超圧縮して作り出したプラズマ球を"真・特効兵装に充填し、大電力を利用した砲塔から、エレクタルサイトを含んだ二枚の"翼"を通じて弾体を飛ばす兵器。
加速し射出されるプラズマ化した弾体は、さながらビームのような残像と共に何度も突き刺さり、さらに右腕のサブ兵装からは余剰エネルギー分を利用したサーマルガトリングガンの弾驟雨。
同時にアッシュの物質を風化させる吐息によって、魔蟲の巨体が徐々に削ぎ落とされる。
灰竜はヤナギと同調するかのように、吐き出される糸状の汚染物質を躱しながら一方的に薙ぎ払っていく。
「──効くことは効いている、が……決め手に欠けるか」
魔蟲は変身を繰り返し続けることで擬似的な超速再生を強引に行うという、とてつもなく凶悪で厄介な特性。
そのたびに腐敗した汚染物質が撒き散らされ、大地が蝕まれていく。
「ベイリルさん! 配置完了しましたッ!」
「よしっ、歌え!!」
烈風連23人の合唱が響くと同時に、ベイリルとアッシュは効果範囲圏外まで退避する。
歌によって共鳴させた大魔術──音の共振が定在波となって、魔蟲の外皮から内部まで、その分子結合を砕いて自壊させていく。
「くっはは、これで変身再生速度とトントンってとこだな──ヤナギ! 併せろ!!」
「はい!!」
ベイリルは自らの掌中に雷撃を内包した風の剣を作り出し、それを鋸のように回転させ、音圧による振動を付加させる。
空華夢想流・征戦礼法──秘奥義、"烈迅鎖渾非想剣"を長く、さらに長大に伸ばしていった。
「"複製永劫魔刃"、起動」
ヤナギは一本の剥き出しの刃を構えると、魔族と吸血種のハーフ──ダークヴァンパイア種として、神器に準じる超魔力を注ぎ込む。
複製永劫魔刃は、真っ二つにされた魔王具"無限抱擁"の循環器たる刃を改修する形で、新たに二振りに打ち直されたHiTEK装備。
より刀身が長かった一振りは財団で保管され、短めの一振りをヤナギが所持していた。
複製と言っても元は本物の一部であり、かつて三代神王ディアマが大陸を斬断した"永劫魔剣"を再現しうる、単純にして明快な機能しか持たない決戦兵器。
「我が一太刀は気に先んじて空疾駆り、無想の内にて意を引鉄とす。天圏に捉えればすべからく冥府へ断ち送るべし」
「──流出──固定──形成、完了」
天を突かんばかりに巨大な二振りの剣が、同時に交差する。
「斬艦太刀風ェ──!!」
「閃ッ!」
二人の一撃で四つに切り分けられた魔蟲、しかして交差は一度で終わらない。
腐敗し汚染されつつある大地ごとを微塵に切り裂かれていき、灰竜アッシュの吐息によって浄化されるように風化していく。
血文字の魔力が底をつかんばかりに、何度も、何度も、何度でも。
いつしか斬撃は止まり、歌も止む――残ったのは灰砂となった地面と……その上に佇む一人の男。
魔力色から"透過"の魔導を使っていると判断したベイリルは、ハンドサインで他の皆に待つよう合図を送りつつ血文字と対峙する。
「まさかあれだけの変身をして、何もさせてもらえぬまま追い込まれるとは……どうしたものか」
無言のままに魔導幻星影霊の魔力を込めた一撃とベイリルの拳との二重撃が、血文字の顔面を打ち抜く。
血文字はたたらを踏んで倒れるのを拒みつつ、鼻血を拭いながらニタリとらしからぬ笑みを浮かべた。
「──ああ、そうだな……ならば今度はキミのトラウマにでも姿を変えるとしようか」




