#414 彩豊の街 II
「──どのみち役目を終えた時、わたくしは自らこの白冠を外すつもりですので」
「役目……結社を潰した後ってわけか」
「はい。全てを終えた後の白冠の所有権については、ベイリルさまにお譲りいたします」
「俺に? まぁ魔法具を譲ってくれるというのなら遠慮なく、ありがたく貰ってはおくが──」
もし不死となれば様々な無茶や無謀が利くようになる。
何より不老となれば"未知なる未来"を見るにおいて最高にありがたい。
(まぁデザインは正直なところ好みではないが……)
俺は自分が着けたビジュアルを想像しながらどうでもいいことを考えていた。
──と、イェレナはソファーの上で改めて座り直し、背筋をピンと伸ばして真っ直ぐ俺を見据えてくる。
「わたくしは本来、生きていてはいけない人間なんです。祖父エルメル・アルトマーは数多くの記録を、結社には悟られぬよう残していました。受け継いだわたくしも表と裏の顔を使い分け……」
「幇助家として、時に罪なき人を犠牲にしてきたか」
「その通りです。結社という存在と、長きに渡る因縁を清算することこそ……わたくしが生き恥晒してでも、永らえている理由ですわ」
イェレナはギリッと歯噛みしてから、明確な意志をその口から紡ぐ。
「わたくし一人ではどうにもならない。ずっとこのような機会を待ち続けていました。終焉にしたいこと……ベイリルさまならご理解いただけると、誠に勝手ながら思っています」
「なるほど……確かに俺と君は、境遇も近い──紛れもない同志と言えるな。もちろん協力は惜しむつもりはない」
「ありがとうございます。しかしその前に片付けなくてはいけないことがあります」
ギュッと握られたイェレナの拳は、感情の行き場を言葉へと変える。
「"血文字"を殺すこと」
「……そうだったな。君は、俺が"血文字"を探してこの街にやってきたことを即座に察知し、こうして接触してきた──とんだ情報網を持っているようだ」
「間者──と、この場合に言うかは甚だ疑問ですが……情報提供者がいますので」
「たとえそうでも、今回の一件を知っているのは極限られた人間だけだったんだがな」
「祖父の時代、すなわち100年近くも前からシップスクラーク財団情報部で働いている人間ですから」
「当時のエルメル・アルトマーの仕込み、か」
「財団の情報部だけでなく、多様な分野でも代々奉仕してきた一族。とっくに我々の手を離れ、財団でも信ある立場にいる者ですわ」
本来であれば情報に深く携わる人材は、"読心"の魔導師シールフによってふるいにかけられる。
しかしシールフが"異空渡航"実験で行方不明になってしまった為に、精査することができなくなったがゆえの穴につけ込まれたのかも知れない。
「ただかつて我々アルトマー一族が大きな恩を売った間柄にありますので……いくつかの特定事項に関して、迅速な情報提供をしてもらう次第なんです」
不安の色を顔に貼り付けるイェレナに、俺は肩をすくめて答える。
「あぁまぁ、別に咎めるつもりはない。むしろ感心するくらいだ」
「……ふふっ」
「なにか可笑しなことを言ったか」
「いいえ、なんというかその──祖父からのお話や集めた情報から、私なりに想像していた通りの御方でしたので」
「事が終わったら、エルメル・アルトマーの残した記録とやらを個人的にも見せてもらいたい気分になったぞ」
俺は半眼で口にしつつ、イェレナは弛緩した雰囲気の中でニコリと微笑んでから空気を切り替える。
「それでは本題に移らせていただきますわ」
「"血文字"の情報か? もしかして……既にアタリを付けているとか?」
「私が提供できるのは彼の者が有する能力について、血文字がかつて結社員を殺して回った時に得られた情報です」
「結社員を、殺して回っただと?」
「そうですわ。およそ30年前、幇助家として彼の者の危険性の周知と情報共有がなされました」
"冥王"こと他ならぬ洗脳された俺が、対財団戦力として引っ張り出されたのが20年前であり、そのさらに10年近く前に結社は襲撃を受けていたことになる。
(図らずも……アンブラティ結社は、血文字とシップスクラーク財団──二つの外敵要因によって立て続けに大きく削られたわけか)
「血文字が持つ魔導と魔法具によって個別に何人もの結社員が殺され、相当の被害をこうむったそうです」
その単語を半長耳で捉えた瞬間、俺は怪訝な表情を浮かべると同時にどこか腑に落ちる心地があった。
「魔導、と──"魔法具"?」
「"透過の魔導"と魔法具"変成の鎧"ですわ」
(そうか……なるほどな、"変身"の異能の方は魔法だったわけだ)
イェレナからもたらされた答え合わせによって、俺の中で一つの疑問が氷解する。
透過と変身、どちらも魔術の域を超えた異能であるが、一人の人間が二つの魔導を持ちえることは不可能。
しかし魔導と魔法であればその限りではない。
「まず透過についてですが──」
「ちょっと待った。それは血文字と相対しながらも生き残った人物からの情報か?」
血文字の性質上──執着的な意味でも、能力的な意味でも──本気で狙った獲物は早々取り逃がすことはあるまい。
もしも殺された末の曖昧な不確定情報であれば、正直なところ要らぬ雑音となりかねない。
「今はすでに亡き者とされていますが、かつて"仲介人"が当時何度も殺される中で得た情報だそうですわ」
「仲介人が亡き者にされただって!?」
「はい、他ならぬ血文字によって最終的に殺されたそうです。詳しいことはわたくしの耳にも入っていません」
イェレナの言葉が耳を素通りしながら、俺は無力感を一つ味わっていた。
(死んだ……? この俺をハメた、あの女がもう死んでいる──)
100年も経過しているのだから、むしろ可能性としてはそちらのほうが圧倒的に高いと言える。
しかしながら30年前までは少なくとも生きていたようだし、長命であれば今の今まで生き延びていてもらって──この手で縊り殺してやりたかった。
最大の仇とも言える相手が消えたという事実に、俺は少しばかり打ちのめされた心地になる。
「血文字が殺しきったのか」
「少なくともそう伝わって以降、仲介人が姿を一切見せなくなったのは事実です」
つまりは仇敵の仇討ちという、ある意味で単純な図式になった。
血文字を殺せば、すなわち仲介人を殺したと同義なのだと強引にすり変えて精神の安寧を保つことにしよう。
「仲介人がいないということは……今はどうやって結社は運営されているんだ、連絡手段は?」
「長距離なら"電信回線"、短距離であれば"魔線通信"で」
「えっ……あぁ、そうか──」
俺自身が発端となってもたらした、テクノロジーによる世界変革の波。
魔導科学によって、結社は新たな形として存続しているというのは……いささか皮肉めいたものがあるというものだった。
「いや、結社の話は後にしよう。さっさと血文字を見つけて、決着をつける」
スッと立ち上がった俺に対し、イェレナは少しばかり困惑の色を見せる。
「逸る気持ちはお察ししますが、その前に情報を──」
「いや、不要だ。第一に30年も経過していれば情報も古く、第二に俺は仲介人を信用していない」
やや主義からは外れるものの、元々イェレナと情報の存在自体が降って湧いたものである。
現在まで能力をどれほど研ぎ澄ましているのかはわからないし、どのみち最大臨戦態勢であたるのには変わらない。
「第三に俺自身が血文字と交戦したことがある。そして奴がやれそうなことは俺も想像もついている」
同郷であるがゆえに発想も近くなる。
"断絶壁"での一件以降、折を見てはシミュレーションも幾度となく重ねてきた。
唯一不可解だったのが異能を二つ使いこなしていたこと──それも今は片方が魔王具であることがわかったので、もはや恐れるべきことはない。
「闘って、生き残ったことがおありだったとは……」
「痛み分けだがな。俺は血文字を殺しきれないし、奴も俺の命には届かなかった」
「今なら……勝てますか?」
イェレナ・アルトマーの言葉に、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「塵一つ残さず消滅させてやるさ」




