#411 継ぐ者
"血文字"対策室を出た俺は、プラタと連れ立って技術開発局まで先導される。
「その、なんだ……病室では皆を追い出してしまってすまなかったな」
「いえいえ考える時間が必要なのは当然ですよ、ベイリル先輩。ところであえて昔みたいな話し方にしていますが、問題ないですか?」
「あぁ、もちろんさ──プラタはインメル領からサイジック領主、財団の仕事も……ずっと頑張ってきてくれたんだな」
かつてはカルト教団の贄として実験台にされ生気を喪失していた少女は、今やシップスクラーク財団を誰よりも支え上げた柱となっている。
「長生きした分だけ多くの出会いと別れを経験しました」
「今や俺よりもずっと人生経験を積んでいるんだもんな」
「あははっ、悲しいことも少なくなったですけど、それ以上の楽しく嬉しいことにたくさん恵まれました。それもこれもベイリル先輩たちが私を救ってくれたおかげです」
「それでも……色々な重責を押し付けた形になって、すまなかった」
俺が失踪し、シールフも行方知れず、カプランもいなくなり……並々ならぬ苦労があったことは想像するしかない。
「好きでやっていたことですよ? ベイリル先輩、ゲイルさん、シールフお師さま、カプラン先生──他にも数え切れない財団の皆さんが築き上げた宝です」
「ありがとうプラタ。そのおかげで俺は目覚められたし、100年後の世界でこうも早く立ち直ることができた」
「なんのなんのです。それでですね……わたしがこうして早くにこの身を運んだのも、今後についてベイリルさんと話すべきだと思ったからです」
「今後?」
「わたしも人族としてはとても長生きできましたが、先はそう長くないですから」
にこやかに笑みを浮かべるプラタにはかつての面影がわずかに映し出される。
「話しきれないほどの思い出話はまた後日に譲り、今の内に引き継ぎについてご相談できればなと思いました」
「そうか、後進は育てていないのか?」
「現在の有力候補は三人ほどいます、ヤナギもその一人です」
「ヤナギもか……」
「ですがわたしはそうした部分の判断も含めて、一度ベイリル先輩にお返ししたいと考えています」
いったん立ち止まって、俺はグッと見つめてくるプラタに真っ直ぐ視線を返す。
「今後どうしていくかの指針を、長くブランクある俺なんかに委ねていいものかね」
「たとえ一度その身が離れていたとしても、財団を創ったのは他ならぬベイリル先輩ですから。ゲイルさん亡き今、たった一人の創設者です」
(あぁ……そうだ、創設当時の人間はもう──誰も残っちゃいないんだな)
ゲイル・オーラムと彼が属していた組織を前身として、ぶっ潰した教団の遺産も元手として"文明回華"の一歩を踏み出した。
ジェーン、ヘリオ、リーティア、クロアーネ。最初の同志と、愛すべき兄弟姉妹と、愛した女性はもういない。
シップスクラーク商会として本格始動した学苑時代の仲間達もほとんどいない現実……改めて重くのしかかるようだった。
(あぁ、だけど……皆で築き上げたものはまだ喪失っちゃぁいない)
シップスクラーク財団と"自由な魔導科学"、母体と思想はより大きく輝き煌めいている。
「……あぁ、わかった。ならば一度預かろう、この宝」
人の上に立つことは柄ではないと思っているし、表向きにはリーベ・セイラーという架空の旗頭も存在する。
なんにしても現在まで粉骨砕身働いてきたプラタがそれを望むのであれば、俺は固辞することもない。
「ただ血文字とアンブラティ結社──復讐が一段落するまでは長生きしてくれよ」
「もちろんです。すべてを見届けて憂いがなくなるまで、とてもとても死んでられませんよ。なんならお手伝いしましょうか」
「プラタが? 心遣いはありがたいが──」
「眠っていたベイリルさんは知らないでしょうけど、これでもわたしは財団有数の戦力にまでなったんですよ」
「おぉ!? まじか」
俺は素直に驚き、プラタは自慢げな笑みを浮かべる。
「ゲイルさん仕込みの白金糸術と、シールフお師さまとエイルさんから教わった魔力操法。そして"永劫魔剣"の欠けた増幅器の人造代替品として、教団時代にいじくり回された肉体がありましたので」
「なるほど、そうか……魔術は使えなくとも魔力を貯留する器としては準一級品だったな」
「たった一人で1000の絡繰人形の軍団を繊細緻密に操り、それはもうバッタバッタと──ッゴホ……」
興が乗ってきたところでプラタは咳をし、俺は彼女の手を取って握る。
掛け替えのない繋がり、もう二度と掴んで離すことのないよう。
「受け取った想いは継いでいく。だから安心して待っていてくれ、プラタ」
「……えぇ、戦勝の報を楽しみにお待ちしています。ベイリル先輩」
◇
プラタとは案内された技術開発局の前でいったん別れ、俺は自動扉を開いて中へと入る。
そこはまさしく近未来的なラボで、製作の為に必要な様々な工具・機械類が据え付けられていた。
さらに奥には兵器類のみならず、一見してよくわからなガジェットツールも並べられていて、童心をワクワクさせる夢と浪漫のオモチャ箱のようであった。
「おはようございます、そしてお久しぶりですベイリルどの」
「いや、本気で誰だお前……」
黒髪壮年の男が一人、見覚えはなくもなく、薄っすらとだが面影も残している。
しかして事前に存在を知らされていなければ、まさか知人だとは思うまい。
「ははっ……お耳が痛いです、あれは若気の至りでした。あの頃はわたしも色々と事情があって荒んでいましたので」
俺の知っているロスタンは"断絶壁"での印象がほとんどである。
短気で喧嘩っ早く。利己的で傲慢。向こう見ずで浅慮。空の深さも知らない井の中の蛙。
しかし目の前の男はどうだ──相応の落ち着きと柔和な笑顔、短くない年月とはいえ……にわかには信じがたい。
「しかも技術開発局とは──」
「70年ほどかけて支部長どまり……ゼノどの、リーティアどの、ティータどの御三方には程遠いです」
「……お前が目覚めの場にいたら俺はもっとあっさり、100年も寝ていたことをすんなり飲み込めたかもな」
「余計に混乱するだけかと。それにわたしはベイリルどのに恩義こそあれ、あなたからすれば所詮は一介の暴れん坊に過ぎませんでした。目覚めの場に居るなどはおこがましいことです」
「なんつー殊勝なことを……だがまぁ、確かに。それにしても100年の月日を重ねているにしては随分と若々しいしな、トロル細胞のおかげか?」
「はい、適合したおかげです。もっとも見た目の老化は抑えられても、寿命としてはそう残ってはいないというのがサルヴァどのの見立てです」
「そうなのか、あとどれくらいだ」
「保ってあと数十年でしょう。もっと早くからテクノロジートリオの方々に師事し、この頑健な肉体も活かして実践的に学べていればと後悔するばかりです」
今こうして言葉を交わすほどに、余計に飲み込みにくくなってくる。あの"兇人"ロスタンがここまで変わるのかと。
「一端ながら"レーヴェンタールの血"を継ぐ者として、肉体的には恵まれましたが頭脳の方はさほどでもなかったようで……」
「……は? 今なんて言った?」
「えぇ実は後期実験の過程で判明したことでして──時期的に考えると、かのバルドゥル・レーヴェンタールとどこぞの母との子だったと」
「お前が戦帝の落とし子!? いや……でもそうか、珍しいわけじゃあないが黒髪黒瞳は確かに一致している──遺伝子工学もだいぶ進んだのか」
かつて腕に彫られた"爆発"の魔術刻印でもって、強引に再生しながらの自爆戦法を使っていたのもある種の共通項とも言えよう。
「トロル細胞が適合したのも、頑健で強靱な肉体あってこそ。それで寿命が延びたおかげで学べる時間を補えたのですから、それ以上は求めすぎというものです」
「なるほど、そりゃあまぁ世界中で戦争遠征をしてきたわけで、認知されていない子供が多数存在しても不思議はないよなぁ」
とはいえ、ロスタンの変貌っぷりに比べれば、実はレーヴェンタールの血に連なっていたなどという事実は瑣末なことのように思えてしまうのだった。




