#408 今際の再会
「フラウ──」
確かに幼馴染が眠っている、ただしそれは永遠に続く眠りなのは強化感覚からの情報で明白であった。
冷凍睡眠させているのではなく、ただ遺体を保存していたというだけ。
「このことは自由に出入りできる私たちしか知らないこと。フラウさんの死の際に許可をいただきました」
「……いつか目覚めた俺が、心の踏ん切りを付けられるように──ということですか」
遺体を保管して眺めるような趣味はないが、だからといって死者への冒涜とまでは思わず──ありがたくはあろう。
こうして一目だけでも見ることが叶ったことで、間違いなく俺の心中で篝火のようにゆっくりと燃え立つ感情がある。
「そういうことですね。私もここで魔力を最大限貯留し、条件と準備は既に整っています──ではいきますよ」
「何をです?」
俺はトントン拍子で進んでいく話に疑問符を差し挟む。
「ベイリルさんは、私の"魔導"をお忘れですか?」
「えっ……いやでも、"死人傀儡"はエイルさん自身を保つのでやっとのはず」
エイル本人の息子のような、蘇生させたいと強く渇望するほどの相手でないとならないはずだった。
「100年、長命種にとっても短くない年月です。こんな死体でも技術面は成長するんですよ。それにベイリルには救い出してもらったし、フラウには少しばかり世話になりましたからね」
「……フラウと、会える?」
「はい、せめてもの恩返しと思っていただければ」
「フラウと、話せる?」
「他の方では難しいところですが、彼女は誰よりも魔力循環に適した器ですので」
「フラウに、触れられる?」
「半日……いえ一日くらいは保たせてみせましょう。その間は私も最低限の生命活動になりますので、気兼ねしなくて大丈夫ですよ」
「言葉もありません」
「お気になさらず。ただし私自身や、近い魔力を持っていた息子と違って──フラウさんの肉体に魔導を作用させられるのは最初で最後です」
魔力色の混成、あるいは塗り潰し。
エイルの魔導も万能というわけではなく、あくまで前提条件が整った場合に限られる。
「それでも……願ってもない、そして心からの感謝を──ありがとうございます」
俺はエイルを見つめながらゆっくりと頷くと、かつて"魔神"と呼ばれた神器はニッコリと微笑み、魔力が急速に渦巻いていく。
そしてフラウの心臓へと手をゆっくり当て、数十秒ほどしてから棺にもたれるように座り込んで眠り始めるのだった。
「ッ──うっ、ゴホッ」
久し振りの呼吸でむせたのだろう、幼馴染の咳き込む音に導かれるように俺は棺の中を覗き込む。
「フラウ、起きろ」
「あ……んん」
ゆっくりと瞳を開ける幼馴染と俺の双眸が合う。
「ベイリル、おはよ~。なんかすっごく長い夢を見ていた気がする──」
「あぁ……あぁ、そうだな」
俺はフラウをゆっくりと抱き起こし、その体を寄せて抱擁をする。
「どったのさー、ん──あ~~~あれ?」
フラウも抱き返してくるが、すぐに俺が右腕のみで抱き寄せているのに気付いたようだった
「うん……そっか、そっかぁ。これってリーちゃんが作ってたやつだ。生き返らしてくれる約束、守ってくれたんだエイルさん」
「ごめん、ごめんな──フラウ、俺がしくじったばっかりにお前に負担を……寂しい想いをさせた」
「ベイリル、まったくもうほんとだよー。でも許す、わたしも自分の意思で選んだ道だからさ~」
グッと俺はフラウに引かれ、ひんやりとした小さな棺に二人並んで寝転ぶ。
「それにそこまで寂しくなかったよ、キャシーもずっとそばにいてくれたし。ヤナギや烈風連のみんなも一緒にいてくれた」
「キャシーが……そうか」
「それとさ、わたしこそ謝らなくっちゃ。ハルっちを守れなかった、"クラウミア"のことも」
「ハルミアさん……それに、俺の娘──」
「うん、すっごくかわいかった。クラウミアはわたしも溺愛しちゃってさー、昔もらった緑柱石の指輪もやたら気に入られちゃってあげちゃったよ~」
「あんなもので良ければまたいくらでもプレゼントする」
「いやいや、わたしを支えてくれた思い出の品をあんなもの呼ばわりは心外だよぉ」
「すまんすまん。贈れるものならいくらでもって意味で──」
フラウの「わかってるよ」と言わんばかりの瞳を見つめ、俺は途中で言葉を止めた。
「本当にほしいものは……結局授かれなかったけどねぇ」
「……俺達の、子供か」
「うん。ハルっちとクラウミアを見てて、わたしもすっごくほしくなったんだ。って言ってももう遅いし、あの頃もけっこー頑張ったから難しかったろうけどさ」
あるいは今の財団には不妊治療などもあるのかも知れないが、既に死したフラウの身ではどうしようもない。
「そんな反動もあってクラウミアのことはすっごく可愛がろうと思ってた……けど──」
「わかっている、報いは必ず受けさせる」
「うん……おねがい。ところでわたしってどれくらい生き返ってられるか聞いた?」
「一日は保たせてくれると言っていた」
「そっか、エイルさんそんなに頑張ってくれるんだ。話したいこといっぱいあったんだぁ」
フラウの笑顔に悲愴感はなく、いつも通りといった様子に俺もつられて笑みを浮かべるのだった。
◇
ゆったりとした、しかしてとても短い、愛する幼馴染との最期の時間が過ぎていく。
英傑の一人となった本人の口から語られる、歴史の一端と顛末。出会いと別れ。そして想いが語られた。
「そっかぁ……レドっちはまだ頑張ってるんだねぇ」
「あぁ、統一もそう遠くないみたいなことを言っていたな」
「一応は軍将として肩を並べて戦った身としては立ち会いたいね~、まっ無理だけど」
「代わりに俺が見届けるさフラウ、お前が関わった全ての足跡を」
「うん、おねがい~。あとさ、最期まで一緒に生きてあげられなくてゴメンねぇ」
「なんか改まったな」
「ん、いろいろ鈍ってきた感じだから……そろそろかなーって」
「そうか、もうそんなに経ったか」
禁書庫は外界とは隔絶された環境なので、どれくらい経ったのかは精々が腹の空き具合でしか測ることはできない。
「一生を共にしたかったけど、ちょっと先走って駆け抜けすぎちゃった」
「いいんだ、元々は俺のせい──」
俺はフラウから口付けを交わされる形で言葉を遮られる。
「ベイリル、わたしは幸せだったよ。小さい頃からたくさんのものをもらったし、学苑で奇跡的な再会を果たして一緒に過ごせた。未練はあるけど悔いはない」
「俺こそフラウからは数え切れないものをもらったよ、だからお互いさまだ」
コツンッと額と額を突き合わせ、俺達は笑い合う。
「ねぇねぇ、"来世"って信じる?」
「信じるよ──今だから言うが……俺は違う世界から転生してここにいる、だからどういう形であれ"来世"はある」
「へぇ~」
「聞いてきた割に反応が薄いな、冗談か方便だと思ってるか?」
「実は"異世界転生者"ってのは結構前に知ってました~」
「なにっ」
「わたしも財団で偉くなったかんね。色々と見聞きする機会があったんよ、ベイリルが昔っからな~んか隠してた理由も納得した」
「……幻滅したか?」
「別に? でもちょっと見くびられてたかな~って、昔のわたしがその程度の事実を受け止められないと思った?」
「そういうわけじゃぁないが……まぁ情報漏洩的な意味も含めて、本質を理解できる人間や、事情を知ってしまった人間に限っていたわけで」
「あははっ、そういうとこはベイリルらし……い、けど──」
フラウの抑揚が落ち、瞳もまどろんだように落ちていく。
「んあーーー限界、っぽいねぇ。すっごい……眠たいや。最期にさ、思いっきし抱きしめてくれる?」
「もちろんだ」
ギュッと、棺の中で俺とフラウはこれ以上ないくらい互いを感じ合う。
「来世でもさ……わたしのこと、きっと探してね」
「お前もな。そうすれば時間は半分で済む」
「うん、そうする。それじゃ……また、ね──」
「あぁ……またな」
力が抜けていくフラウの体を、俺はいつまでも抱きしめ続けるのだった──




