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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第七部 因果に応えし宿命の交差 第1章「後悔と再起」
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#407 歴史 IV


「──さて、無事ベイリル(おまえ)を保護することはできたわけだがな。それから三季くらいしてフラウは倒れた」

「……ッッ」


 いよいよもって踏み込まれた話題に、俺は無意識にこわばり身構える。


「キャシーは既に寿命によって他界し、フラウもお前を見守るように静養こそしていたのだがな……なにぶん無理をしすぎていた」

「無理、というと?」

「彼女は循環によって魔力を限界以上に(たくわ)える技法を開発していただろう?」

「えぇ、はい。"魔力並列循環(マジカル・ループ)"のことですね」


「あれには臨界点のようなものがあったようでな、一見して無尽蔵ではあっても器を越えた際に少しずつ自家中毒(・・・・)を引き起こしていたのだ」

「魔力の……"暴走"」


 最も思い出されるのはやはり将軍(ジェネラル)であり、能動的に黒色の魔力を取り込むという荒業であった。

 あれは将軍(ジェネラル)の資質と才能、そして純吸血種という特性を併せることでようやく可能な術法に違いなかった。


 また今まさに目の前にいるサルヴァも、神族から暴走を経て定向進化を成し遂げた人物であるが、それは彼の薬学知識と入念な事前準備あってのものである。

 


半人半吸血種(ダンピール)だからこそ実現できた技法だが、同時に純血種でないからこそデメリットまでを消すことができなかったのか──)


フラウ(かのじょ)も必要性があってこそ、覚悟を決めて臨んだことだったようだ。たとえ(むしば)まれることを知っていたとしても同じことをしただろう、とな」

「あいつが決めたことなら、俺からは言えることはないです。それに……もう言うこともできない」


「……そうだな、フラウは死んだ。安らかであったことが、せめてもの(なぐさ)めになるだろう」


 わかっている。今こうして渦巻く感情も、全て復讐に捧げるべきなのだと。

 そしてやり遂げた暁には、新たな気持ちで"文明回華"に尽くし、再出発すべきなのだということも。


 しかしどうしたって100年越しに突きつけられた現実は、俺の精神を均衡を確実に崩していく。



「……遺言は預かってないですか? 魔術具に録音とか──」

「聞きたいか、声を」

「そりゃぁ……もちろんです。フラウだけじゃない、キャシーにも、クロアーネだって、ハルミアさんと……俺の娘の声も──」


「──ベイリルよ。今すぐアレキサンドライト図書館・禁書庫へと行くがいい」

「はい……? 今すぐですか?」


 いずれ財団や世界の歴史を調べる為に行くつもりであったが、今この場でいきなり言い出されて俺は疑問符を浮かべる。



「現在あの場所へ自由に立ち入れるのは五人、当然だがおまえのアクセス権限は残っている」

「今は、誰になっているんです」


 かつてはベイリル(おれ)と、ゲイル・オーラムと、シールフと、カプランと、ゼノのみが出入りを許可される形であった。


(われ)と、プラタに、エイル・ゴウン、そしてヤナギだ」

「なるほど、妥当な人選ですね」

「ちなみに存在を知っているのは、オックス、スィリクス、ロスタンといった古株連中だ」


「スィリクスはわかりますが……オックスに、ロスタンまで?」

「ロスタンはあれで昔とは違う、会えば驚くことだろう」

「"断絶壁"で俺がこの手でぶちのめした血の気の多いチンピラが、ねぇ……」


 未だに俺を殺す気でいるのだろうかと、フッと笑みがこぼれる。


「それにオックスは三巨頭がいなくなってから、対外折衝の多くをこなしてくれているのだよ」

「そうでしたか、随分と助けられていたのか。スィリクスもあの性格だ、いつだって全力をもって尽力してくれたのでしょうね」


 多くに支えられたからこそ、今もなおシップスクラーク財団が健在であり、俺は目覚めることができたのだということを忘れてはならない。



「この100年を()れ、ベイリル。まずはそこから始まる、知らねば始まらん。()、おまえに必要なものがそこにある」





 空中機動(ギガフロートフォ)要塞(ートレス)"レムリアは、サイジック領都──現在では"サイジック法国"の央都(おうと)ゲアッセブルク近くに停泊する形を取っていた。

 俺は巨大な空中都市から身を投げると、風を掴んで滑空し、アレキサンドライト図書館まで一直線に向かう。


(随分と拡大・発展しているな……)


 俺が最後に見たのは完成したばかりの領都の光景までで、それ以降の時代の変遷が見て取れる。

 とはいえランドマークとなる主要な建造物はしっかりと残っているので、鳥瞰すればまずもって迷うこともなかった。


 図書館の奥、昔と変わらぬ隠し扉(ギミック)からさらなる中心へ。

 螺旋階段で地下へと向かい、多重魔術方陣が施された認証を突破して深淵へと踏み入れる。



 そこは以前よりも拡張され所蔵数も格段に増えているが、明かりは相変わらず最低限で紙媒体を保存する為の環境が整えられてあった。


「んっ──おぉ!?」


 俺は扉を閉めてすぐ横に、音もなく存在していた"それ"に驚く。


『禁書庫へようこそ。本日は閲覧ですか、収蔵ですか』

「あ……ゴーレム?」


 人型ではあるのだが、丸みを帯びたフォルムで人間としての輪郭はあるものの、明確な顔があるわけではなかった。

 

『案内はいりますか?』


(ってか、この声──リーティアか!)


 俺の知っている声よりもハスキーにはなっているが、もう一度聞いてよもや間違うようなこともなかった。 



「リーティアさん後期作の一つですよ」

「……? エイル、さん」


 一冊の本を片手に現れたのは、薄赤い髪色した神族と魔族のハーフにして、神器と呼ばれる魔力容量の持ち主であった。


おはようございます(・・・・・・・・・)、ベイリルさん」

「あ……あぁはい、エイルさん──おはようございます。その、なんか平常運転って感じですね」

「それはもう、(わたくし)は"その道"の先輩(・・)になるでしょうから」


 エイル・ゴウンは息子を喪失し、時代を越えて大監獄に幽閉されていた。

 今の俺が()った境遇と近いと言えば近い。


「確かに、当たり前ですが姿も変わってなくて少しだけ安心します」


 自らが死人となっても、"傀儡の魔導"によって自らを操る。不滅ではないものの、特殊な不老不死の形を体現した存在。



「まず最初に謝罪しなければなりません」

「はい? 何のことでしょう」

「シールフのこと──(わたくし)も実験の場に居合わせて、みすみす彼女を行方不明に……足取りを追うこともできず」

「いえそれはシールフ自身が望んでやっていたことですし、安全マージンを取らなかったのも……自己責任、の範疇でしょう」


 シールフは俺の記憶の多くを共有した、言うなれば半身。そう切って捨てるにはなかなかに心が痛んだ。


「あるいは俺こそ、そもそもが捕まることなく"異空渡航"実験の場に立ち会えていたならと後悔するばかりです」


 特別な知識もあるわけでもないし、実際に止められたかどうかは定かではない。

しかしそれでも……何かしらできたかも知れないと。


 

「それとその──償いというわけではありません。ただ(わたくし)がそうしたい、そうすべきだと考えたからこその決断だということを先に断っておきます」

「……? 要領を得ませんが、何についてのお話ですか」


 エイルは薄っすらとほのかな笑みを浮かべ、(きびす)を返して歩き出す。

 俺は首をかしげながらもそれについていくしかなかった。


「ご存知の通り、ここは外的変化に関係なく、堅牢な内部は常に一定の状態に保たれている」

「まぁ紙媒体はどのような時代でも確かなもので、可能な限り劣化させない環境作りは建設当初から徹底しましたからねぇ」

「はいそうです、とてもとても"保存"に適した環境なんです」

「100年経過しても、目的を果たしているようでなにより──」



「それはなにも書物だけにとどまらないわけです」

「あぁ種子貯蔵庫(シードバンク)なんかも兼ねていますね」


 大規模天災が起きた時の為に、多様な種子類の貯蔵庫にもなっている。

 エイルは沈黙したまま、俺と静かに歩き続け、立ち止まったところで俺は彼女の視線の先にあるモノを覗いた。


(ひつぎ)──?」



 それは(おごそ)かだが(こま)やかな意匠が施された、金属作りの棺桶のようであった。


「まさかエイルさんの寝床ですか? ここで暮らしてるとか」

「眠っているのは(わたくし)ではありません」


 エイルは郷愁に浸るかのように、棺へと手を置いた。


「──リーティアは非常に物覚えがよく、(わたくし)とはまた違ったアプローチで魔術方陣を独自に改良し、魔導科学による高度な生命維持付きの"極低温睡眠(コールドスリープ)装置"を製作しました」

「冷凍睡眠……完成していたのか」


「量産の予定もありましたが、正直なところ需要はさほどありませんでしたね。皆さんそれぞれ、今の生活がありましたので」

「……それは、確かにそうなのかもですね」

「コストも安くはないですし、現在の医療では治せない病気を患ったような人間といった条件も含めて、生産数は非常に少なかったです。魔術を介さない冷蔵・冷凍技術のほうはとても便利に使われましたが」



 触れた手から棺へと魔力が供給されたことで、紋様が薄っすらを光り輝いて禁書庫内を照らす。


「この一基もオーラムさんが使わないまま余ってしまっていたもので、それを利用させていただきました」

「利用──? ということは、誰かが使って……」

「はい、より完璧な最高の状態を保つ為に使用しています。だから"彼女"の墓所へ向かったとしても、その下には誰もいません」


 開いた棺の隙間からプシューッと冷気が流れ出し、その中に眠る者を見て俺は目を見開いた。


「なぜならここ(・・)にいますから」


 棺の中で眠っていたのは、紛れもない俺の幼馴染──"フラウ"の姿なのであった。



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