#406 歴史 III
「──おまえもよく知る人物だということだ、ベイリルよ」
「新たな四英傑が俺の知っている人──もしやオーラム殿? いや年代を考えると……ケイちゃんもありえる、か?」
「ありえなくもないが、な。他に挙がるべき人物の名が挙がらないあたり、おまえは微妙に鈍いところがあるな」
目を細めて呆れとも嘲笑ともとれるサルヴァの表情に、俺はムッ……と眉をひそめる。
「最も身近だった者を忘れてやるな」
「俺にとって最も身近、って──まさかフラウ!?」
「そうだフラウはな……ベイリルを捜索する傍ら、世界中を巡って数多くの紛争や問題を解決したのだよ」
「フラウが英傑と呼ばれるまでに?」
にわかには信じにくい部分もあるが、それは身内目線だからこそなのだろう。
フラウの潜在能力を考えれば十分にありあえる。俺という依存相手がいなくなったからこそ、皮肉にも発揮できたのだとも。
「かの英傑の隣には常に"雷音"が轟き」
「……!? キャシーか」
「やがて"灰の竜"を駆って世界を繋ぎ」
「アッシュ」
「またその周囲には"二十四の花"が咲き誇っていた」
「うん……?」
「覚えはないかベイリル。まだ記憶が混濁しているか?」
「いえ──そうか、"烈風連"。身寄りなく、俺がクロアーネと共に保護し、自ら選抜し、英才教育の途中だった24人の子供達」
ヤナギを筆頭として、俺が子飼いの部隊にする予定で育てていた孤児。
いずれも俺が花の名前を付けてあげた、"二十四番花信風"。
三人一組で8つの専門性を持たせる構想だった、世界で最高の特殊部隊にするはずだった"烈風連"が、俺のいないところで実現されていたとは。
「まずは比較的規模の大きい捜索隊として一年半近く。それ以降はフラウとキャシーの二人を中心に、ベイリルを……生涯を懸けて探し続けた。
時にバリスら騎獣民族と共に地上を、飛空島を利用して空から、ファンランの海運を利用して、よもや宇宙にいるのでは? とまで言われたよ」
「結局のところ、俺はどこにいたんです?」
「そう急くな。フラウ達は探索の中でもシップスクラーク財団の本分は忘れることなく、トラブルバスターとして大小様々なことを解決していった」
「社会貢献と公共への奉仕、営利のみならず慈善団体としての側面──」
「うむ、だがフラウの英傑への第一歩を踏み出しと言える大きな事件は、西連邦の対魔領戦線にある」
「"断絶壁"ですか」
西部連邦における魔領との境界線は思い出深い。
「今なお治めている財団の影響力強い土地であったが、その当時──人領へと大量の魔物および魔族が大挙して押し寄せてくる事件があった」
「"大地の愛娘"ルルーテはもう……?」
「いなくなったのも見越していたのだろうな。魔領にて土地を追いやられ行き場をなくした結果、人領へと攻め込んでくるという事態になった」
「それって……レドが魔領統一の為に暴れまわった所為ですか」
「まあそれも一因だ。とはいえ不可抗力に過ぎぬから、責められる謂れはないがな」
レドはただ純粋に、順当に、逆らう魔族を蹴散らしていっただけ。
その過程で敗残した者らが、唯一の逃げ場である人領へ来るのは当然の帰結と言える。
「となるとつまり魔領軍を撃退し、人領への侵攻を防いだ。それがフラウを英傑にまで押し上げる最初の功績だったと」
「さらには最も勢いのあるプラマバ家当主との知己を得て、人領への不可侵条約を取り付けた……というところまでが伝説よ」
「なるほど。大衆受けする筋書きですね」
実際には最初からレドとは通じていたし、なんなら支援もしていた。
しかし傍から見れば類稀な智慧と勇気の英雄譚となる。
「付け加えるならば、度重なる戦乱と戦災の疲弊の中で──人々が救世主を欲していたことも一役買ったと言えよう」
「財団もフラウを広告塔に、プロパガンダとして利用した……?」
「ふっはははッ! 率先して風説を流布したと言われれば、間違いではないな」
商魂というかなんというか、俺がいなくとも財団はしぶとく狡猾に成長し続けくれたことは素直に嬉しくもあった。
「フラウはその十数年後、魔領の軍将としても活躍するのだが……詳しい話は今は置いておこう──多くの出会いと別れがあった、100年とはそういう時間だ」
しみじみと、何百年も生きてきたサルヴァはそう口にする。実際に彼も愛する者と出会い、子をもうけ、それらを看取ってきた過去がある。
「カプランとゼノの功労とシップスクラーク財団の情報網。アンブラティ結社を徐々に白日の下へ、根を切るように追い詰めていったのが20年ほど前のことか」
「結社を追い詰められたんですか!?」
「無論だ。いかにアンブラティと言えど、組織基盤が巨大な財団とは違いすぎる。確かに判然としない力ある脅威ではあったが、月日は我々に味方したわけだな」
「……そうか、半世紀以上も経てば面子も変わっておかしくない」
「フラウたちはゼノが潜入調査した当時よりも随分と弱体化していて、労せず中枢にまで迫らんとした──しかしそこで立ちはだかったのが、"冥王"と呼ばれた結社の最終戦力だった」
「"冥王"? そんな隠し玉が……いや新たに結社入りした可能性もあるのか──」
「……そうだな、これを見ろ」
すると俺はサルヴァからスッと差し出された"手鏡"を、首をかしげながら受け取る。
特に何の変哲もない鏡で、100年経ってやや老けたハーフエルフの顔がそこにあった。
「見えたか?」
「はぁ……何がです」
「だから、"冥王"だ。おまえのことだよ」
「はいぃィい──!?」
「"生命研究所"によってその肉体を魔改造され、寄生虫によって操られたベイリル自身が我らの敵となったのだ」
「俺? 俺が"冥王"!? 記憶にまったくないんですがッ!?」
「それはもう、単なる操り人形と化していたからな。思考能力が欠如していたからこそ、フラウも苦戦こそすれ最終的には生け捕りにできたと言えよう」
生死不明のまま失踪したばかりか、あまつさえ財団と敵対までしていた体たらくに俺は自己嫌悪が一層激しくなる。
「おかげで中枢を未だ叩けず、壊滅まで追い込めていない。ゆえに締めるのはベイリル、おまえの仕事だ」
「──……はい。因果は責任をもって、片を付けます」
屈辱を雪ぐ、それで汚名を晴らしきれるわけではないが……俺自身がやらねばならない。
「おまえの身柄はそのまま財団で預かり、すぐに治療を開始した。特に寄生虫を除去し、根治させるのが時間が掛かった要因だったな」
「寄生虫──それにしても20年近く、ですか」
俺は気になる文言をつぶやきつつ、月日の長さを噛み締める。
「それと左腕にはナニやら触腕のような名状しがたいモノが移植されていたぞ」
「えぇ……」
俺は思わず破壊されたままの義手と、欠損した左腕へと視線を移す。
「世界でも有数な強度をもったハーフエルフの肉体、実に様々に弄り回されていたよ。それを財団の叡智によって20年かけて修復した」
「ありがとうございました。その叡智筆頭たるサルヴァ殿」
「ふっ……個人的にもなかなか興味深かったがな。なんならそのまま起こすという案もあったが──」
「あまり想像したくないですね」
「うむ、異形の肉体──シールフもいないのに、それは精神面に影響大と見てな。回復に努めた次第よ。もっともそのまま起こすにしても10年は要っただろうなあ」
「……まぁ10年差も20年差も誤差ですか」
「我がおまえを助けることにのみ注力していればあるいは5年、いや3年くらいには短縮できたやも知れんがな。しかし一個人の為に利益を損ねるのは、財団の為にはなるまい」
「仰る通りです。ましてや下手を打ったのは俺自身に他ならない」
サルヴァという得難い頭脳と実行力は、より大局的な奉仕にこそ消費されるべきであるのだから。




