#404 歴史 I
「痛っつ……──」
目を開けると満点の星空の下に俺は寝転んでおり、既にレドはいなくなっていた。
(本当に容赦なくやりやがって……)
しかしながら心地良い痛みでもあった。どこかで贖罪のような罰を欲していたとも言えるし、どうしようもない怒りと哀しみを発散できた気もする。
もちろん一時的に晴れているだけで、これから知るべきこと、為すべきこと、成さねばならぬことはきっと山のようにあるだろう。
それら全てを背負えば、また気落ちするのは容易に想像がつく。
しかしこの瞬間があってこそ──耐え抜き、不断なき実行をし続ける為の一助になってくれるに違いないと。
「二度目の目覚めはどうかね、ベイリル」
「……サルヴァ殿」
シップスクラーク団の"大化学者"、紫竜の加護を受けしサルヴァ・イオが翼を折りたたみながら着地する。
「レドに頼まれてな、一応診ておいたが問題はなかったよ。義手に関してはまた新しいのを着けてもらうといい」
「重ね重ね、ありがとうございます」
俺は座ったまま深く頭を下げる。
「うむ。では聞きたいことを、教えよう」
「──俺が知る人物で生きているのは……誰ですか」
俺は直接死んだ人物を聞くのに堪えられる気がせず、わかっていながらも遠まわしに聞くことを選んでしまった。
「我が知るベイリルの交友関係の範囲で言えば──さきほど会った者たちは覚えているな」
「はい……オックスにスィリクス、それに……ヤナギとプラタとアッシュ。それとレドも」
「あとはそうだな──エイル・ゴウンと、ロスタンくらいか」
「……えっ? それ──だけですか?」
何人もの長命種であった名前が挙げられなかったことに、愕然とするより他はなかった。
「長き刻を生きる者にとって、別れとは決して避けられないことだ。いずれは慣れる、哀しいことだがな。ただ……ベイリル、おまえの場合は結果的に一度に重なりすぎたな」
「──ッッ」
声にならない声をあげるしかなかった。
「だがこれは朗報、と言えるのかな。"敵"はまだ存在する」
ドクンッドクンッと俺の心臓が血流を全身へ張り巡らしていく。
サルヴァはわかっていて言ったのだ、わかりやすい目標があれば人は生きられるということを。
「怒りと悲しみは全て秘めるがいい。感情の制御は得意なのだろう?」
「……えぇ、はい。聞かせてください」
手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に。
爆発的な感情をすべて一点に凝縮し──その刃を、その弾丸を──然るべき相手へと叩き付ける為に。
「我が語れるものだけだがな」
「もちろん、その前に敵の名をいいでしょうか」
「アンブラティ結社の残党、そして……"血文字"」
俺の瞳が見開かれる。結社については予想通りであった、そう簡単に滅びるような組織ではないだろうと。
しかしながら同じ異世界転生者であった──"血文字"の名が出てくるとは。
「どちらもよく知っているのだろう、だからこそベイリル。おまえの役目に他ならない」
("血文字"……今も生きているのか)
"透過"と"変身"という二つの異能を持つ、元が男か女かも、人族ですらもわからぬ転生者。
長命なのは体細胞レベルで変身しているのか、それとも元の種族が長命だからなのかはわからない。
「まずはベイリルの失踪後、特に話題にもならなかったのを覚えている」
「えっ?」
「自分の能力と行動を振り返ってみるがいい、少しくらい姿を見せなくなったところで心配する者はいなかった」
「な……なるほど」
確かに俺の強度と性格からして、少しくらい身を隠してなにか悪巧みをしているのだろうと思われても仕方なかった。
「帝国では女帝が誕生し一時ながら安定、サイジック領に特に影響はなかった──」
(テレーゼ、だったか。仲介人の傀儡として使われたか)
「が、それから少ししてシールフが事故によっていなくなった」
「シールフが? 事故……?」
「"異空渡航"のな、やる気を出すのはよかったが……あくまで結果論から言うのだが、実験・検証が不十分な段階で逸った──と言えるのかも知れん」
「そのまま戻らずじまいですか」
「うむ、さすがに"三巨頭"の一人がいなくなったのは問題となった。さらにベイリルおまえも雲隠れしたままだったし、迷宮攻略組も帰ってきたところで捜索隊が結成された」
「フラウを筆頭に、ですか」
「そうだ、迷宮攻略組のほとんどがそのままベイリルおよびシールフ捜索隊の中心となった、"明けの双星"兄妹も加わっていたな」
「オズマとイーリスも、か」
「情報収集ももちろん並行したが、空振り続き……ただその過程でアンブラティ結社の存在が浮かび上がった」
「俺がいなくなった原因に、結社が関わっていると突き止めたと?」
「まあそういうことになるのだろうな、そこでカプランが自ら本格的な調査を開始し……その過程で息を引き取った」
「そんな……──」
「カプランがいなくなったのは財団にとって最大の痛手だったと言えよう。しかしヤツもただでは死なず、結社についてかなり深くまで迫った。それを引き継いだのが──ゼノだ」
「ゼノが?」
「そうだ、あいつはカプランの残した情報を実に巧みに利用し、自ら結社員──"設計士"として潜り込むことに成功したのだ」
(俺と似たようなことを……武力もなく、後ろ盾にも頼れない状況だろうに)
「外からだけではな、カプランですら限界があった。だからこそゼノは内から探り、結社の詳細はより明らかになっていった。しかしな……その頃には世界が混乱の渦の中にあった」
「どういうことです?」
「"戦帝"だ」
「戦帝──!? しかしあの人は"折れぬ鋼の"と衝突して、皇国に囚われているはずでは」
「脱獄したのだよ、お付きの近衛が手引きしたという話だ)
(……焚き付けたの、俺だったような)
捕まっても後から奪還すればいい、ようなことを三騎士に語った気がする。
「問題は戦帝が帝国へ戻ることなく、単なる傭兵として──否、もはや戦争の賊だな。世界中に火種を撒いては、それを炎上させる災厄と化した」
「まじで何やってんだあの人……」
「帝国からもそれに追従するバカが溢れ返り、新たな国が建てられてもおかしくはなかったのだが……あくまで戦帝は戦争にのみ生きた」
らしいと言えばらしいのだが、傍迷惑にもほどがある。
「大戦乱の時代だ。波及した戦争行為と人為戦災は……五英傑でも到底、対処しきれないほどに膨れ上がった」
(おそらくだが戦帝なりの意趣返しも含まれてそうだな──それもまた"折れぬ鋼の"に対抗する一つの解だ)
「さすがに財団も揺らいだ。貴様もシールフもカプランもいない上に、慈善を謳っている以上は支援を惜しむのも難しかった」
「旧インメルのように利益は追求できなかったと?」
「カプラン亡き後でも、プラタをはじめとして後進の教育は進められていた。しかしやはりカプランの資質とは、それだけ得難いものだったということだ」
「確かに……あの実務能力には幾度となく助けられました」
「そしてその頃だ、"血文字"の最初の犠牲者が、領都ゲアッセブルクで出たのがな」
「……ッ!!」
「特筆すべき点のない、一人の属民の死だった。しかしヤツはその名のとおり血文字を残していく。財団内でも"危険等級"が引き上げられた」
(ここで出てくるのか──)
「心して聞け、ベイリル。"血文字"の犠牲者には……おまえの家族が含まれる」




