#403 空白
「まさか"アッシュ"か? ナーギ、なぎ……本当の名は"ヤナギ"──それにお前……"プラタ"、なのか」
「そうです、ベイリル先輩。その、先輩は……およそ100年近く眠っていたことになります」
俺は自分の中に存在するあらゆるものが揺らぐ心地で、成長した幼灰竜と義娘、年老いた後輩から目を瞑る。
(そうか──あぁ、これが現実なのか)
明晰夢との区別くらいは容易につく。まぎれもない、これが俺の生きる今に他ならないことを自覚する。
「ちょっと待て、オックス……? なんでお前は若いままなんだ」
サルヴァは神族から定向進化した魔族であるゆえ寿命は既存の枠に囚われないし、スィリクスは長命種だから昔と変わらないのはわかる。
しかし一介の魚人種であるオックスが、学生の頃と変わりない姿なのはどうにも解せない。
「あぁ、ベイリルはオレの種族知ってるだろ?」
「たしかクラゲ族、だよな」
「そうだ。オレの一族の中でも特に血の濃い者は、しち面倒臭い準備と長ったらしい儀式の上で若返ることができるんだ。確率は決して高くはないがな……幸いにも成功した」
ほんのわずかにでも縋りたかった一縷の望みも、あっけなく潰された俺はもはや受け入れるしかなくなった。
100年もの空白。あの日、仲介人にやられてから……恐ろしいほどの時間を浪費してしまったのだということに。
「すまない、みんな……少しだけでいい、一人にしてくれないか」
誰も一言も発することなく病室を去り、アッシュも言葉が伝わっているのか姿を消した。
そして俺は──魔力を体内で遠心加速循環させつつ、"風皮膜"を纏って窓から外へと飛び出した。
◇
「ここは……そうか、そりゃ完成しているよな」
空へと昇ったことで全景を眺望し理解する。俺がどこにいたのか。
海上でわずかに浮かぶそれこそ──空中機動要塞"レムリア"。
構想段階でしかなかったそれも、俺の知らない年月を重ねて実現していたのだ。文明がどれほど進んでいるのか、想像がつかないほどに。
「この分だと"アトランティス"や、もしかしたら"ムー"まで完成していたりしてな。ははっ浦島太郎の気持ちも、少しはわかるってもんか……」
俺は自嘲的に笑いながら、飛行する小さな大陸の最も高い尖塔の頂点まで飛んで座り込む。
(100年──定命の者は、ほぼほぼ亡くなっている……よな)
プラタは100歳を越えているのだろうが、それ以上を生きられるのは長命種のみである。
つまり俺が知る人間、俺を知る人間の多くが既にこの世にいないということになる。
俺は青空にも大きく浮かんでいる片割れ星を見つめる。
(どこで失敗した──)
ヴァルターと組んで仲介人に目をつけられたことか。
アンブラティ結社に誘われ、のこのこ潜入したつもりだったのがそもそもの間違いだったのか。
前提として皇国侵攻を固辞して、参戦しなければこうはならなかったか。
俺自身に、もっと力があればあの場で負けることもなかったとも言える。
(くそ……クソックソックソッ! くそったれが!!)
備えていたつもりでも、不意を喰らう。それが突然の出来事に思えても、実際には複合的な要因によって"その刻"だったというだけなのだ。
人が見通せる範囲などたかが知れている。素粒子の動きの全てを観測して、過去から未来までを予知するなど不可能であるがゆえに。
今こうして生きていたのは幸いだったとしても、過ぎ去った日々はいまさら取り戻すことはできない。後悔してもしきれない。
「辛気臭いなぁ……まったく」
いつの間にか、隣に立っている人物がいた。背は高く凛としていて、グラマラスで妖艶とした雰囲気を兼ね備える女性。
「……誰だ?」
「いくら久し振りだからってボクの顔を見忘れた?」
俺の記憶にその姿はない……しかし、かすかにだが面影は確かに残っている。マジョーラカラーの紫髪とその声、さらには魔力の色までは忘れようもない。
「まさか、レドか? 寿命を延ばしたのか」
「ピンポ~ン、正解。まっ昔よか色々と育ってるからわからないか、魔王として威厳を持たせる為にちょびっと足してるかんね」
ひどく成長している、しかしそれは紛れも無い"レド・プラマバ"に他ならなかった。
「ベイリルさー、ちょっと立ってくれる?」
「ん? あぁ、なんだいきなり」
「歯ぁ食い縛れ」
俺がゆっくりと立ち上がったその瞬間、レドの容赦の無い拳が俺を襲った。
生きろという本能が、無意識に俺の両腕をあげてガードさせ、さらには空中へと飛び退いていた。
「おいおい、防御すんのはナシじゃんか」
「おまっ──義手が一撃でぶっ壊れたじゃねぇか。こんなん病み上がりに、しかも顔面狙いとか死んでるわ!!」
レドは尖塔の上に、俺は二の撃を警戒しつつ空中に浮遊する。
「うん、死ねよ。ウジ虫野郎」
「ここに来たってことは俺の状況も知ってるんだろ。目覚めて現実を突きつけられたばかりなんだ、少しくらい感傷に浸ることくらい許してくれてもいいだろうが」
レドは「はぁ~……」と嘆息を吐きつつ、肩をすくめて呆れ顔を見せる。
「いやぁ? ボクからすれば許せないね」
「そもそも情報の整理すら追っついてないんだこちとら」
「ボクの知ったことか。なんで許せないか教えてやろうか?」
「素直に教えてくれるのならな」
トンッと空中へ踊り出したレドは、俺に額を突き合わせるようにガン付けてから口を開く。
「フラウには、世話になったからだよ」
「──……フラウ、そうだフラウ! あいつは半人半吸血種だ、それに俺を救い出したって聞いた……ぞ──」
そこで俺の言葉が止まる。
なぜならばレドの表情が言葉よりも重く物語っていたに他ならなかったからであった。
「フラウのおかげでボクも魔王になれた、全魔領の統一もそう遠くない……そしたら大魔王だ。だってのに、フラウはもういない」
「そんな──嘘、だろ……」
フラウが、いない? ハルミアさんは? キャシーとクロアーネは──
「あんな最高の女が生涯を懸けて愛し求めた男がさ。大っっっ昔だけどボクよりもちょびっとだけ強かった男がさ。いつまでもドンヨリしてるとか、死んだほうがマシじゃね?」
「まったく、それで発破かけてるつもりかよ。だが……ありがとうよレド。おかげで完全に目が覚めた、俺は聞かなきゃならん──全ての顛末を」
「ふ~ん……──」
レドは首をかしげながら一拍置いて、即座に蹴りを放ってきたのを俺は紙一重で回避する。
「ッッ──っておい! 完全に目が覚めたっつったろ!」
「一人で勝手に終わらすな、そんなの知ったこっちゃないね! いいから溜まりに溜まったボクのストレス発散に付き合え、もうベイリルよりもずっと強いから手加減くらいはしてやる」
「病み上がりだからって、100年のブランクがあるからって、あまり俺を無礼てくれるなよ。しかも空中戦とくればなおさらだ」
俺はレドに破壊されて喪失した左腕を埋めるように、幻星影霊"ユークレイス"の灰鋼の左腕で補完する。
「へぇ~、それが昔あの将軍をぶっ倒したやつ?」
「あぁそうだよ、一部だけだがな。完全顕現がご所望なら、遠心分離にあと十数分くらいは必要になるが──」
「何言ってるかわからんし、待つのもめんどくさい」
「レドお前は……見た目は変わっても、中身は本当に変わらんな──だけど、それが今はありがたい……のか」
後半の言葉はレドに聞こえないように呟きつつ、ようやく俺は……素直な笑みを浮かべられるのだった。




