#31 自治会 II
スィリクスに呼び鈴で呼ばれ、一人の女生徒が自治会室へと入ってくる。
「"ハルミア"庶務、書類を確認してくれたまえ」
しずしずとした所作で、申請届を受け取った女性。
よくよく観察すれば、自分と同じ程度に耳がわずかに下向きに尖っているのが見受けられる。
薄い紫色の長髪に、下フレームの眼鏡を掛けて私服の上に白衣を羽織る姿。
落ち着いていて理知的な印象を、一層強固なものにしていながら……。
同時にどこか扇情的な印象も拭えない。
「書類上は問題ないですね。ただ……会長の判断を仰がないと少々わかりかねる部分があります」
ハルミアと呼ばれた庶務は整然と確認し終えると、会長へ申請届を渡して横に待機した。
「んん……なに、"フリーマギエンス"? どういうものかねこれは」
「連邦東部の言葉を掛け合わせたもので──"自由な魔導科学"とでも言いますか。具体的な内容はまだ決まっていないのですが、様々な交流と学習をする予定です」
「判然としないな。確かにこの学苑は自由を尊重し、我々自治会の裁量も広い。しかしなんでもかんでも承認しているわけではない」
「邪推でしたら申し訳ないが、スィリクス先輩。まさか協力しない意趣返しをしているとかってことはない、ですよね?」
先んじて釘を刺す。私心でもって却下するのであれば断固抗議すると言う意思を込めて。
「馬鹿を言うな。確かに自治会に所属するのであれば、多少は融通を利かせられるのは否定しないが、それにしたってもう少し明確にして貰わないと困る。
承認するからには活動場所の提供と、活動費にしてもきちんと分配せねばならぬし、危険な内容であれば顧問を付ける必要もあるのだ。
そもそも活動内容それ自体が、既にあるどこか他の団体と似通っているのであれば、まずはそちらを勧めるというのが道理であろう」
俺はちらりとルテシア副会長のほうを見る。
彼女が何も言ってこない以上は、恐らく会長の言い分は正しいのだろう。
傍から聞いても確かに正論である。スィリクスが高潔な精神でもって自治会でつつがなく仕事をしていることにあまり疑いはない。
部費はなくてもこちらでどうにかできるが、学内で活動場所がないのはさすがに困る。
人数が増えていけば、いつまでも誰かの部屋を間借りし続けるというわけにもいかない。
かと言って、活動内容は今のところ明確にはしておきたくないのも事実だった。
"曖昧なまま存在させる"ことにも、意味を持ってくるのだから。
(文化の浸透ってのは、見方を変えれば価値観の侵略に他ならないからな──)
異なる文化というのは、思想から生活様式に至るまで数え切れないほどの影響を与えうる以上、簡単に受け入れられるとは限らない。
違う文化を柔軟に受け入れやすい、多種族かつ若い人間が揃う学苑を土壌として選んだとはいえ……。
(最初の印象で固定観念を持たれてしまうと、いささか厄介と言わざるを得ない)
今この場だけの方便であるなら、てきとーな創作娯楽物を使った具体的な例を用意し、それなりの形としてでっち上げてもいい。
しかし実際的な活動内容の差異がバレてしまった時に、突っ込まれても面倒となってしまうだろう。
「同好の士を募って、様々なことに興じる。というだけじゃ駄目ですかね」
「いま一つ何か明確なものが欲しいところだ、自治会としても範を示さなければならない」
取り付く島はとりあえずまだありそうな感じではあった。
しかし現状材料ではどうあっても認めることは不可能な雰囲気に、俺は眉をひそめる。
(一度自治会に入って設立したら、これ幸い用済みと抜ける──というのは、いくらなんでも悪辣だしな)
「ベイリルさん、今現在我が学苑での活動は飽和状態な部分もあり、色々と確保しにくいのが実状です。少々言葉きつく付け加えるのであれば、まだ勝手知らぬ新季生にあれこれ世話を焼いてしまえば際限がない」
「率直に仰っていただくのは助かります」
悩ましいところであった。
部としてではなく、単なる自由集団として活動する手もあるにはある。
しかし何かしら名分がないと、施設などを借り受けたい時があっても制約があろう。
それっぽいこじつけや言い訳を考えているところで、ルテシアは話を続ける。
「ですが何か一つ。直接的に益に繋がる仕事を行うのであれば、許可する理由になるかも知れません」
「自治会の裁量だけでなく、対外的に認めやすくするってことですか」
「ルテシアくん……いや副会長、あまり勝手に話を進めないでくれたまえ」
「すみません会長、少し出過ぎた真似を──」
コホンと咳払いを一つしてスィリクスは俺へと向き直り、悠然とした態度を見せる。
「さて改めてベイリル、副会長の言うことはもっともだ。そして私としても、なかなかに収まりが良いことに思い至った。そう、きみ自身で活動場所を確保するのだよ」
「依頼の詳細を願えますか」
「あぁ……専門部の部活棟五号に、とある連中が跋扈していてね──」
「えっ、スィリクス会長、それは……」
庶務のハルミアが口を挟もうとするが、スィリクスの視線一つで口をつぐんでしまった。
明確な力関係を垣間見ると共に、何やらきな臭さが漂ってくるようであった。
「誰が呼び始めたのか"カボチャ"と呼ばれる落伍者どもが徒党を組んで勝手に占有している。硬い外皮の中で甘く生きてるような奴ら、という意味なら──なるほど言い得て妙なのかも知れんな」
「つまり自治会でも手を焼いている面倒事を解決しつつ、その場所を奪って自分のモノにして学内に示せばいいわけですか」
「話が早くて、手間が省けてけっこうだ。もっとも自治会としてもその気になれば、鎮圧するのは造作もないのだ……が、真正面から対処しようとすれば相応に規模が大きくなってしまう。
カボチャ共は巧妙に校規の穴を突いて存在しているから、こちらとしても非常にやりにくいのだ。教師陣も手を出しにくく、学生間の領分である以上我々の仕事であり、一掃したいところなのだがな」
苦虫を噛み潰すように、スィリクスは吐き捨てた。
元世界でも異世界でも変わらない、不良やチンピラと言った類の者達。
競争社会であれば必ず優れた者と劣った者、相対的な勝者と敗者が存在するのは当然の理。
反体制的な集団ができ上がるのも、一般的に考えれば極々自然な流れであり、それが小さくも社会というものだ。
「──ただ……彼らの存在が暗に役に立っているのも、また否定できない事実なのです。一所にいるからこそ余計なところで波風が立たない、似た者も自然とそちらへ集まります」
「ふんっ才能もなく努力を怠った奴らが、傷の舐め合い目的で安易に集まることを助長させているだけだ」
ルテシアの言に、スィリクスはさらに強い言葉を重ねた。
前世を思い出せば……正直なところ、耳が痛い部分も無きにしもあらず。往々にしてヒエラルキー上位にいる人間の考え方。
下位に追いやられてしまった者の心情など、推して量ることはない。
「さあベイリル、いかがするかね」
俺は「案外食えないな」と心中で笑った。明らかに新季生にやらせるような仕事ではない。
しかし俺はどんな難題であっても、設立の為には受けざるを得ない。
諦めるならそれで良し。失敗しても、改めて自治会入りを打診して融通を利かせるという魂胆が見える。
選択肢として提示され自ら選んだ場合、生じた結果に対して責任を持たねばならない。
そして無様にやられてなお温情を与え、多少なりと恩義を感じさせつつ、負い目をも俺は抱えることになろう。
(俺がこの部活動に思い入れがあると見抜いた上での、小賢しいとも言えるやり方だ)
さらには自治会役員候補だった新入生が危害を加えられたことを口実に、カボチャに対して何らかのアクションも起こす算段まで含んでいるかも知れない。
しかしそれらはあくまで、俺が普通の新季生であったらという前提の話である。
俺が失敗するに決まっているという見通しに基づいて成り立っているものだ。
自治会こそ思い知るだろう、選択肢を提示してしまった責任というものを。
「力尽くもアリってことですよね、校規に違反するようなことはないのですか?」
「勝手知らぬ新季生が起こす問題など、単なる小競り合いで済ませられるというものだ」
もちろん死人が出るような刃傷沙汰にまでなれば大問題にはなるに違いないが……。
所詮は学生同士のことと高をくくっているし、それは確かに事実なのだろう。
「──受けましょう、その依頼」
「フッ、そうだろうとも。ただ私個人としては……ベイリル、きみにとっておあつらえ向きだと言っておこう」
「その言葉の意図するところはわかりませんが、まぁ楽しみにしていてください」
「ハルミア庶務、もうこっちの仕事はいい。"医学科"棟へ戻るついでに彼を案内してやってくれるかね」
「っはい。わかりました……では行きましょうか」
ハルミアは一礼した後、続くようにして一緒に自治会室を出る。
わかりやすい展開に、俺は晴れ晴れとした心地を迎えていた。
自治会上等。不良上等。これもまた華の学苑生活というものだろうと。




