#400 終焉
言葉途中で、パチッパチッ──と、ゆったりとした調子で拍手をする女が一人。
「おいコラ、勝手に入ってきてんじゃねェよ」
「はははっまぁまぁそう言わずに」
それは誰あろう、俺もヴァルターも知るアンブラティ結社の"仲介人"であった。
「ったく、毎回ことごとく警備をすり抜けてきやがって」
「わたしはどこにでもいて、どこにもいない──ようなものだからね」
「取り込み中ってほどじゃァねぇが、用事はなんだ? 今さら勝手によこしやがった情報の対価がほしくなったのか?」
「いーや違うよ、少々予定外のことが起きているようでね。よくない、そう……とてもよくないこと──その確認をしにきた」
ヴァルターがどこまで知っているのかわからないので、俺は同じ結社員として下手に口を開かず黙して聞く。
「確認だァあ?」
「凶兆さ、"予報士"という者がいてね──未来への暗雲が視えたという」
「んなくだらねぇことで水を差しにきてんじゃあねェよ。占い師なんて信用ならねえ、オレ様は自分自身で切り拓くって決めてんだ」
「素晴らしい意気だ。けどね、諫言は聞いておいて損はないと思うよ」
そう言って仲介人は担いでいた布の袋を、ヴァルターへと渡す。
「それとこれは手土産だ、さっ遠慮せず開けてみてほしい」
言われるがままにヴァルターは中身を見て、その心臓が大きく高鳴るのを俺の半長耳が捉える。
「なかなか似合う装飾品がなくてね……でもどうだろう? 素朴なリボンだけど、"君が愛した者の頭部"によく似合ってると思うのだが」
意味が、わからない。状況が、理解できない。意図が、わからない。
あまりにも唐突な仲介人の常軌を逸した暴挙、そして無言のまま激昂して影を伸ばすヴァルター。
しかして影は届かず──玉座の間に一陣の風が吹いて──ヴァルターの心臓が穿たれていた。
「ありがとう、"運び屋"。相変わらず無駄のない美事な仕事っぷりだ、わたしも隙を作ってやった甲斐があるというものだ」
四度目、しかしこのような形で会いたくなかった相手であった。
灰色の長髪に薄布で目隠しをした"運び屋"は、ヴァルターの心臓までめり込ませた爪先を引き抜く。
支えを失ったヴァルターの体は倒れ、命を喪ったその瞳からは急速に光が消えていった。
「ふふっ、この頭にあの冠は不釣り合いというもの。あれは誰の手にも渡ってはいけない、秩序を乱すものだからね」
誰かはわからないリボンを着けた女の生首を隣に並べて、仲介人はどこか愛おしそうにしてから俺の方へと向く。
「さて、"殺し屋"──次はキミの番だ」
「俺の番? 何か関係があるのか、甘んじて受けるかはともかく……一体何がしたい」
生者と死者を同時に冒涜するような行為に対し、俺はほのかな怒りを覚えつつ仲介人の真意を探ろうとする。
「言っただろう、凶兆だと。それはキミにも関わっていることだから仕方ない」
「それでその予報士とやらの言うことを鵜呑みにして、この凶行に走ったというのか」
「新入りのキミとは比べ物にならないほどの古株の言葉だよ。そしてその稀有な能力によって、いくつもの難題や危機を回避してきた確かな実績がある。
殺し屋、キミのことは結社員としてわたし自ら認めたばかりなのだが……憂いは元から断っておくのも組織運営の為には必要なことだ。
何事も優先順位というものがあるし、非常に残念でならないよ。わたし個人としてはとてもとても、気がすすまないのだがね──あぁ、もうやってくれていいよ"運び屋"」
瞬間──"運び屋"が動き、俺は魔導"幻星影霊"を刹那顕現させる。
空間ごと断裂させるがごとき神速と威力を伴う蹴りを、"灰鋼の現身"は防いで守護る。
「なッ──!?」
次に俺は、俺自身の心臓がドクンッと跳ねる音を聞く。
衝撃によって"運び屋"の髪が乱れて──あらわれた"半長耳"を確かに見逃さなかった。
俺と近い髪色。俺と似た碧眼。俺と近いように思える年頃。そして……俺と同じ半長耳。
いくつものパズルの小片が頭の中で組みあがっていく。
決定的な隙を晒してしまったと同時に、俺は背中に熱さを感じるとそこには一本のナイフが突き立てられていた。
「っ……ぐっ──」
そしてそれを掴んでいるのは──正面に立っているのとは別に、もう一人の"仲介人"で見紛うこともなかった。
まったく同じ顔をした女が、背後にいつの間にか出現していたのだった。
「すばらしい切れ味だろう? これはその昔、"大魔技師"が使っていたものでね……彼の工作物はまずこの一本の刃から始まった」
"六重風皮膜"があっさりと貫かれたことを無視して、俺は──まず背後の仲介人を縊り殺すべく──左腕を伸ばした瞬間、"運び屋"の剛脚が閃く。
ユークレイスの隙間を縫ったその一撃で、俺は左腕の肘から先が喪失すると共に……急激な眩暈でその場に倒れ込む。
(俺の体にも効くレベルの毒か……マズい、スライムカプセルを──)
腰元の瓶から取り出そうにも既に体が鈍く感じ、細かい動きも難しくなっていた。
「あらゆる素材を切削・加工する機能美だけでなく、意匠もなかなかのモノだろう。おっと、まだ聞こえているかな?」
魔導は既に消失し、俺は二人の仲介人に見下ろされる形で、朦朧とする意識をなんとか繋ぎとめる。
「さすがは薬師特製の猛毒、効果覿面のようだ。あぁそうそう、"殺し屋と運び屋を結び付ける"までは実は意外と時間が掛かったのだよ。
だからこそ、キミのことも面倒を見てあげようと思ったのだが……本当に惜しく思う。ところで筋書きはどうしようか? こういう時にやはり脚本家の不在が響くねぇ」
毒にはある程度まで耐性をつけていたし、そうでなくとも鍛えたハーフエルフの肉体は頑健なつもりだったが……そうした領域を越えている。
「次の帝王は……そうだな、テレーゼ──彼女がいいだろう。悲劇の王女、傀儡にもしやすいというもの」
さらには背中の刺し傷と、左腕の切断も相まって、もはやまともに集中することもできない。
「殺し屋──いやベイリル、キミはヴァルターくんと相争ったことにしても良かったのだが……生命研究所が是非とも"借り"を返したいとのことだから、君の肉体はこのまま彼女に預けるとしよう。
運び屋は結社が作り上げたと言っても遜色ない最高傑作。同じ血を引くキミははたしてどうなるかな? また会える時を楽しみにしていよう、無事でいればの話だがね」
(あぁしくじったッ、すまん……みん、な──)
そうして俺の意識は、深淵にまで落ちて、完全に途切れるのだった──
400話にしてひとまずの区切り、第六部はこれにて次からは新展開に。
今後どうなっていくか、是非とも最後までお付き合いください。




