#399 転換点
ヴァルターは元々の用意も周到だったのか、わずか三週の内に内外を落ち着かせて戴冠の儀を正式に執り行えるまでに至っていた。
改革による反発は少なからずあっても、戦帝の不在と大義の確保は成されているし、軍部の掌握とアレクシスの打倒もこの際は大きかった。
(良くも悪くも、世界が大きく変わる──)
中枢および東部総督府が恭順を示した以上、地方貴族が束になったところでどうこうするのは難しく。
新帝王ヴァルター・レーヴェンタールの治世を、とりあえず静観しようという機運が高まっている。
他の国家も戦争行為に明け暮れていた戦帝バルドゥルから新たな王に代替わるということで、既に外交的にも様々な動きを見せているようであった。
「感想くらい言ったらどうだ? オレ様に相応しい玉座だろう。アレクシスにぶっ壊された壁もしっかり修復させた」
こたびの功労者の一人として、俺は戴冠式へと参列する為に玉座の間へとやってきていて……ヴァルターと二人、対面しているという状況。
「"漆黒の玉座"──まぁ影使いとしてはおあつあえ向きかもな。で、なんで俺が個人で呼び出されたわけ?」
「本音で語れる人間が少ねェってのもあるが……今後について、一対一で話しておきたいと思ってな」
俺は特に跪くようなこともなく、まるで旧交を温め合うかのように普通に話す。
「サイジック領と財団、実質上のトップはベイリルって認識でいいんだろう?」
「どちらも発起人ではあるが……既に俺の手を離れているようなもんだ。もちろん財団への協力は惜しまないがな」
財団総帥リーベ・セイラーの代理を務めることはあっても、あくまで意思決定や実務は他の財団員らに任せてある。
「地球の知識、どこまで再現してやがる」
「なるほど、それが狙いか。……本来は機密事項なんだが、同郷のよしみで明かそう。単独で再現できているものは少なく、ほとんどは魔術との組み合わせだ」
「魔導科学ってやつか」
「あぁ、そうだ。合金や鉄鋼に必要な超高温の確保だとか、水処理に必要な環境再現だとかな」
魔術の需要および雇用を生み出すのもまた、社会には必要なことでもあった。
「俺は転生前は一般人だ。浅く広い聞きかじりの知識はあっても、専門家には程遠いもんで」
「チッ……使えない野郎だ」
「だから地球の知識人がいれば捗るんだがな、お前はどうなんだヴァルター」
「──……オレ様も大したもんでもねェよ。テメェの持ってる銃一つとっても、よくもまあまあ複製したもんだと感心する」
「そう素直に褒められると気持ち悪いな」
「言ってろボケ、いずれにしてもテメェはオレ様の敵だ──けどな……"呉越同舟"って知ってるか?」
ヴァルターは地球の中国語発音で言ったが、目の前の空間に影を使って器用に漢字で書いてくれたので俺はすぐにわかる。
「あぁ日本人だからな、中国由来のコトワザや慣用句は割と知ってるよ。反目し合う者同士が、一時の目的の為に同道することを提案したいわけと」
「まあそうだ。時に足並みを揃えるのも悪いことばかりじゃあねえ」
「俺個人としては──ヴァルターお前の寿命が尽きてから動き出しても構わんのだがな」
「何サマだ、短い栄華を楽しませてくれるってか? ふざけンじゃねえよ。それにあいにくとそうはならない」
気になる文言に俺は眉をひそめ、ヴァルターは興が乗っているのか構わず話し出す。
「それとベイリル、テメェ魔法具は知ってるか?」
「……? そりゃまぁ、お前が使ってる"影の魔導具"の魔法版だな」
魔法具──元々は魔王具と呼ばれていて、初代魔王と二代神王グラーフらの手によって創られた世界に12個しか存在しない超のつく希少品。
「そんな初歩的なことを聞いてるんじゃねえよ、つーかテメェ実はしれっと持ってたりするんじゃねえのか」
「……いや?」
実際には幼少期に買われたカルト教団が崇め奉っていた、三代神王ディアマが振るったとされる魔法具"永劫魔剣"。
元の名を魔王具"無限抱擁"の真っ二つに折れた循環器パーツのみとはいえ、財団で保有していることをわざわざ口にしたりはしない。
「そもそもあっても持て余すと思うがな。あれは常軌を逸した魔力がないと使えないと聞くぞ、それこそ"神器"クラスでもないと」
"無限抱擁"だけはそれ自体が魔力を増幅・循環・安定させる機構を持つので例外のようだが、基本的に魔法を使うには膨大な魔力を必要とする。
初代魔王はさらに"虹の染色"という、自らの魔力色に変換する魔王具も併用することで追加の魔王具を創ったらしいのだが。
「それにどちらにしてもお前は使えないだろう、影の魔導具と既に契約状態にあるんだし」
「はァ? そういうもんなのか!?」
ヴァルターが初めて聞くようなリアクションを見せたことで、俺の中でも疑問符が浮かぶ。
「んっ──? いや改めて考えると……どうなんだろう、普通に問題ないのかも」
魔導具は一人につき一つしか使うことはできず、魔導も個人固有のものでまったく違う異能を二つと持つことはできない。
されど魔法は魔力出力が問題であるだけで、アイトエルの語り口からしても複数使うことは可能なのだろうか。
さらに魔法具に関しても、不完全ながら発動するのはかつてカルト教団にてセイマールが振るった永劫魔剣で確認済み。
(そうか、変な固定観念があったが……魔導と魔法は両立するのか)
成り立ちからして魔法が最初に生まれ、次に魔法から魔術を見出し、魔術から魔導へと至ったという歴史がある。
魔法がほぼほぼ失伝していて、魔法具も12個しか存在しない以上──魔導ないし魔法と、魔法具の両方使えるという状況そのものが稀有である。
さしあたって魔力量という前提をクリアし、かつ至れるだけの才能と努力があれば、魔術・魔導・魔法を一人で扱うことも可能なのだろうか。
「ッンだよ、テメェてきとーな知識を振りかざしてるだけかコラ」
「あぁ失敬失敬、断定はできないが恐らくは問題ないはずだ──で、そんなことを突然聞くということはだ。ヴァルターお前は魔法具を知っているわけか」
「だったらどうする?」
「帝国にあるのは……確か"冠"だったか」
「──!? ベイリル、テメェどこでそれを知りやがった」
ヴァルターの声が急速に冷えていくも、俺はわざとらしく肩をすくめる。
「俺には俺の情報源ってもんがある、それを易々と教えるわけがないだろう」
アイトエルから聞き、大監獄で出会った"ヴロム派"の長が勝手に喋り、そしてヴァルターの反応を見ても間違いはないようだった。
「とはいえ、だ。"冠"の効果を教えてくれるのなら、情報筋の一つを明かしてやってもいいぞ」
「ボケが、教えるわけねえだろ。それにテメェには恩恵も薄い、そもそも帝王の血を引く者のみが継承できるものだからどのみち無駄だ」
「そうかい」
(魔王具の成り立ちからして、そんな条件はありえないと思うが──)
レーヴェンタールの血族の伝承としてそう知らされているだけで、本物の魔王具であれば前提条件として特定の血を必要とする必要性は無いはずである。
あるいは破損などしてしまっていたのを修繕・改造して条件を付けたか。
もしくは相当の技術者が、似た効果を備えた偽物を作った可能性も考えられなくはない。
(思い込みはやめておこう。魔の道において信じることは重要なことだが、科学的な思考は疑問を呈すことから始まる)
「話を戻すがよ、仲良しこよしで協力するのは真っ平ゴメンだ。つっても最後の最後に雌雄を決してオレ様が総取りする日が来るまでは、争わなくてもいいと思ってる」
「ヴァルターが勝つこと前提かよ。まぁいい、それなら……相互不可侵を結ぶあたりが落としどころか?」
「そこまでは無理だな、いくら無条件特区つっても帝国とその属領である事実は変えられねえ。独立までしばらく最低限の外交的な利は貪らせてもらうぜ」
「そう言わず正統な対価を支払ってくれるのであれば、こちらもあくまで契約に則った取引はさせてもらうぞ。特許の用意がこちらには──」
言葉が止まると同時に、俺とヴァルターは──パチッパチッ手を叩く音の方向へと顔を向ける。
そこには"仲介人"が、いつの間にか佇んで拍手をこちらへと送っていたのだった。




