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#398 家族 II


「ふ~ん、これがベイリルのお母さんなんだ」


 そうヴェリリアを観察しながら口にしたのは、やや黒ずんだ銀髪に、神族大隔世によって陽光に輝く薄金色の瞳の女性。

 シップスクラーク財団の大幹部たる"三巨頭"の一人。読心の魔導師にして俺の一番の理解者である"燻銀"シールフ・アルグロスであった。


「あぁ、説明した通りご覧の有様……心神喪失状態なもんでな。サイジック領まで連れていってもいいが、この場で治せるなら無用なコストを費やさずに済むからな」


 大樹ごと引越しを考えてはいたのだが、いざサイジック領に戻った時にちょうどシールフと出くわした。

 これ幸いとばかりに大陸間弾道直行便で、シールフを連れて来た次第であった。


「最近は私も暇じゃないのに、近々大規模実験も予定しているのにさ」

「知っているよ、例の"異空渡航"を目指してエイルさんやサルヴァ殿(どの)とも煮詰めているんだろ」


「うん。まっまっサイジック領の独立を、取り付けてきたご褒美として時間を割いてやろーじゃーないかね」

「おうよ。ゴタゴタが片付いたら俺も協力しようか。異世界間を行き来できるのであれば、それに越したことはない」


 一方通行であれば地球に戻る気はさらさらないものの、自由な往復便の切符を手に入れられるのであれば別である。

 中途半端なにわか知識も、確かな情報として──あるいは実物品そのものを持ち込むことも可能となるのかも知れないのだから。



 トスッとベッドの横にある椅子に座ったシールフの魔力濃度変化を、俺は鋭敏に感じ取る。


「とりあえず表層では何も伝わってこないから考えてないねぇ、そこそこ深く潜らないとダメそうかな。一応もう一度だけ確認するけど……本当に構わないんだね?」

「いちいち母さんのプライバシーを優先している状況じゃあない。唯一……いや、唯二つ(・・・)の家族である俺が同意する」

「はいよ」


 シールフは両手で母ヴェリリアの両手を握ると、目をつぶって集中する。


「──ッッ!! ぶはっ……ハァ……はぁ……」

「……!?」


 するとすぐにシールフは両手を離して、大きく深呼吸しながら一瞬にして脂汗を滲ませていた。

 その表情は驚愕に染まって歪み──彼女自身が信じられないといった様子で──以前として変化のないヴェリリアを見つめる。


「どういうこと……?」

「っおいシールフ、大丈夫か?」

「あっ、うん。私はとりあえずセーフ──でも……んん!? ってかなんで?」



 呼吸を整えたシールフは、自らの記憶を一瞬で走査するようにぐるぐると頭を回しているようだった。


「何がどうしたんだよ?」

「ベイリルは私が読めない相手、知ってるよね」

「精神が磨耗しきった魔物や、ゴーレムといった意思なき物質(かたまり)。思考なき虫といった(たぐい)だろう?」

「そう、知的生命ならば私に読めない相手はいない。動物であろうと感情なら基本的に……」


「例外がエイルさん、ってのは聞いたぞ」

「うん──でも別に本気を出せば読めないわけじゃない。ただそれをしたらエイル自身を操る魔導の繋がりが絶たれて、死ぬ可能性があるからやらないだけ」

「既に死んではいるんだけどな、ややこしいが」


 "読心"の魔導と"死人傀儡"の魔導。

 お互いに魔力として干渉させる以上は食い合いになる。

 そしてそれが自らの死体を自らの魔導で動かしているエイル・ゴウンにとっては致命的となりうる。

 同時に決意しない限りはエイル自身の強力な魔力量と濃度も相まって、シールフにとって心が読めない相手となってくれているのだった。



「とにかく、真に例外(・・・・)と言えるのは──たった一人だけだった……」

「初耳だぞ?」

「言ってないからね、その唯一ってのがアイトエル──」


 またも出た五英傑の名に、俺は(いぶか)しげな視線を送る。


「アイトエルの記憶は読めない? なぜ……いや、ちょっと待て。薄っすらとだが本人もそんなこと言ってたような気がする」

「あぁそう? 本人から聞いてたんだ。なら言うけどアイトエルは本人曰く、頂竜の血が流れてるとかで──」

「頂竜!?」


 七色竜──正確にはもともと十二柱のドラゴンを生み出した原初にして頂点の竜。

 後に神族と呼ばれる人族と相争った、獣の王。


 白竜イシュト(いわ)く、"大地の愛娘"のほうが強いらしいものの……それでも歴史上最強の一角として相違ない存在の血が流れてるとはとんでもない話。


「まさかアイトエル自身が"人化の秘法"、あるいは"分化の秘法"で産まれた頂竜本人なんてことは……──いやそれだと、イシュトさんら対応が不自然か」

「うんうん、娘とかってわけでもないよ。ってかそこらへんは聞いてない? ……まぁいっか、アイトエルは血を与えられた当時のヒト種なんだよ」


「血を与えられた……? つまり眷属(けんぞく)みたいな?」

「とも違うらしいよー、でも加護っぽいものはあるらしい。原初戦争でヒトが竜に変身(・・)して度々(たびたび)スパイして荒らした意趣返しに、竜側もヒト種を利用しようとしたんだとか」

「よくわからんが単なる輸血? 血を混ぜて支配しようとしたってことか」



「いっぱい試して適合したのはアイトエルだけらしい、そんでアイトエルは──いやこれ以上は本人の口から聞いてね」


 シールフはシッと口元に人差し指を当てる。


「とにかくアイトエルの体には、今なお衰えぬ魔力が溶け込んだ最強の竜血が流れてるわけ。その所為(せい)で私の魔導も拒絶されちゃう──底見えぬ(くら)い混沌から喰われるイメージだよ?」

「ははっそりゃビビるわけだ」

「言っとくけどねぇ、まだ若かった頃はそれで私も精神やられて死に掛けたんよ? トラウマってやつ、笑いごっちゃないんだから」


 そこまで話したところで、俺は疑問を(てい)する。


「んで、アイトエル以外にヴェリリア(かあさん)も心も読めないってのはどう繋がる?」

「だから頂竜の血」


「はァ? 俺の母さんが、なんで──」

「さぁ? 考えられるとすれば、アイトエルから輸血でもしてもらったんじゃないの」

「……まぁそれが一番可能性が高いのか」


 新天地へ向かったという頂竜が未だに地上のどこかにいるとは思えないし、血を分け与えられたのがアイトエルだけと言うのならそうなのだろう。


 

「ん? でもベイリルのは普通に読めるな……? 本当に親子なんだよねえ?」

「そりゃまぁ確か受精卵ってのは単独で血液をつくるって話だからな。血が繋がってると言っても厳密に血を分けてるわけじゃなく、あくまで遺伝的な部分でのことだ」


 両親と子で血液型が異なる場合があるのもその為であり、二卵性双生児も血液型が違ったりする。

 だから俺と母ヴェリリアの血が別物だったとしても、実の親子関係であることには別に疑いはない。


「なるほどなるほど、そういえばそんな知識も読んだっけ」


 独立した個である以上、アイトエルの血が俺に直接的に混ざり込む可能性は……胎児の場合にあるくらいなのか詳しくはわからない。

 さしあたって母さんが魔術を苦手としていたのは、あるいはアイトエルからの輸血が原因だったのかもと心の隅っこで考える。


 輸血をすると魔術の発動が不安定になることは、既に財団の医療統計データ的でも認知されている。

 俺の共感覚による魔力色覚と合わせて仮説を立てるんなら、魔力を最も貯留しやすい血液同士が混ざることで、魔力色も濁り(よど)んでしまうのが原因であろう。


 ヴァルター自身の血を混ぜたという"極影槍"とやらが、人体にも魔力においてもいかに甚大な劇毒だったことか。



「話を戻すが、シールフでも母さんの心にはアクセスできない──つまり治療もできない……って結論でいいんだよな」

「あーーーうん、そういうことになるねえ。まっ私がどうこうしなくっても財団ならなんとかしてくれるっしょ」


「そうだな、本来の段取りを踏むだけだ。俺も母さんも長命種、今すぐが無理だったとしてもいつかは必ず元に戻せる──テクノロジーの進歩でな」


 改めて長い寿命というもののありがたさが身に染みる。

 財団の為に尽くしてくれている人々を思えば足踏みをしているわけにもいかないのだが、あくまで個人的なことであればのんびりしたって構わない。


 そして100年後、200年後、300年後の未来世界がどう移り変わってゆくのか──これ以上ない楽しみな贅沢というものだった。



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