#397 家族 I
4日後──帝都はいまだ混乱の渦中にあっても、ある程度の収拾と見通しが立った俺は──父らしい男リアムの遺した手紙に従って一軒の家屋へと訪れていた。
庭には一本の大きな木があり、それよりも一回りほど低いこぢんまりとした二階建ての家。
(……人の気配があるな)
同居人だろうか、俺は一度扉の前で止まって少しだけ逡巡してから玄関ベルを鳴らすと、チリリィーンと涼やかな音が響く。
するとすぐにパタパタと足音がして、門戸が開かれて住人が姿をあらわす。
「あら……? ご用向きはなんでしょう」
出てきたのは──頭に二本角を生やした鬼人族の──老婆で、俺は頭を下げて挨拶する。
「こんにちは、ここはリアムさんが所有している家で間違いないでしょうか」
「えぇはい、しかしあいにくと家主は──」
「存じています。このたびは訃報をお伝えしに参りました」
埋葬にあたって身辺を調査した結果──本人は黒騎士の業務があったゆえに帝都の軍人寮に住んでいたが、どうやら定期的にこの別邸へと帰ってはきていたようだった。
遺体については秘密保持の意味合いもあって帝都にて既に埋葬され、"使いツバメ"も一般個人宅には送れないので、ついでにと俺が通達する許可をもらった。
「そうですか、今日がその日となりましたか」
「正確には四日前のことです、私のことを庇って彼は亡くなりました」
「あなたを……? であればその命、大事にお使いください」
「はい、私は──いえ、俺の名前はベイリル、ベイリル・モーガニトと申します」
すると鬼人族の老婆はすぐに何かに気付いた様子で、俺の姿をまじまじと見つめる。
「ベイリル──そう、あなたでしたか。顔をもっとよく見せていただける?」
俺は少しだけ腰を落とすと、老婆は顔をじんわりと触れてくる。
「この耳とそれに瞳の色も……顔立ちもたしかに、随分と立派になったねえ。リアムはあなただからこそ守って死んだのね」
どうやらある程度の事情は聞き及んでいたようで、随分と信頼を置かれている人物のようであった。
「馴れ慣れしくしてしまってごめんなさいね、今は伯爵さまなのですよね」
「いえ……立場のことはお気になさらず。貴方はどうやら俺のことを知っているようですが、お名前をよろしいでしょうか」
「あぁごめんなさい、わたしは"ベルタ"。縁あってここの家人を務めているわ」
「よろしくお願いします。父からの手紙に世話を頼むと書かれていましたので、今後は俺が貴方の生活の保障を──」
言葉途中で気付いたベルタは、手の平を俺へと向けてさえぎる。
「リアムからどのように伝え聞いたかはわかりませんが、心得違いをしています。わたしはあくまで家人であって、世話すべき人物は……」
そう言ってベルタは2階の窓へと視線を向ける。
気配は一つだと思っていたのだが、よくよく集中してみると確かにもう一人の音を感じる。
「いえ、この場で言うより直接会ってもらったほうがよいでしょう。
「はぁ……」
俺は要領を得ないまま2階まで案内されると、一つの部屋の前に立った。
「さあ、ノックは……いりません」
「では失礼して──」
隣に立つベルタよりも先行して扉を開けると──懐かしい香りが鼻腔をくすぐると同時に、庭に生えた新緑の大樹が窓から目に映った。
そして同じように大樹を見つめていて顔が定かでないのが、ベッドの中で上半身のみをあげた女性。
サラサラと美しかったはずの金髪はどこか精彩を欠いていて、かつての頃と違ってかなり痩せ細っている。
ゆっくりと近付いた俺は……立ったままその頬へと手を当て、その体温を実感しながら──こちらへとゆっくり顔が向く。
俺と同じ碧色の瞳、そして俺と違うしっかりと長い耳。印象こそかなり変わってしまったものの……それでも見紛うはずがなかった。
「母さん……」
俺が幼かった頃に家を出てよりずっと──"炎と血の惨劇"以後、シップスクラーク商会を立ち上げてからずっと探索してもらっていた。
エルフの人生からすれば短くとも、ようやくこうして見つかったのはやはり感慨深いものがあった。
しかし母ヴェリリアは俺を見てもまったく反応を示さず、虚空を見つめているような表情のままであった。
「母さんは病気なのか?」
「はい、助け出したアイトエルさまの話では心の病であると──」
「五英傑が?」
「当時は四英傑でしたねぇ。そうとは思わせない、とても気さくな方です」
("竜越貴人"アイトエル……あるいは母の所在を知っているかと思っていたが、やはり一枚噛んでいたか)
「ベイリル、あなたに会えばあるいはとも思いましたが……」
「昔の面影がないくらい俺も成長してますし、そう都合よくはいかないでしょう」
息子と再会したから我を取り戻す、ような奇跡はあいにくと恵まれない。
俺はそばにあった椅子に座ると、母の両手を握ってとりあえず肉体は衰弱しつつも健康体であることを確認する。
(心神喪失状態、スライムカプセルを使うか……? いや副作用がおきた時に俺一人では対処できないな)
さしあたっては財団のテクノロジーで治療することにする。
そこらへんの治癒術士ではどうにかできなくとも、さらなる専門家揃いの財団であれば母を治せる可能性は十分にある。
「ベルタさん、とりあえずこの家は引き払おうと思う。十分な給金は用意するから、良ければ今後も母さんの世話役としてついてきてほしい」
「もちろん、ヴェリリアとリアムとはわたしが治癒術士として一線を張っていた頃に知り合ってからの長い付き合い。給金がなかろうと、たとえ息子であるベイリルあなたが拒もうとついていくわ」
「ははっありがたい言葉です」
「そもそもあなたをとりあげたのは……わたしなんですからね」
「えっ!? 俺の産婆さん……?」
「そうなのよお。あの時は一子の時と違ってものすごい難産で、母子ともに危険で二人の死を覚悟したわ」
(俺、死んで転生してまたすぐ死ぬ際にあったのか……)
「ただ"アイトエル"さまが、脂汗の滲んだヴェリリアの額に手を置くと、途端に安静になりましてねえ──」
(あの人は俺の出生時にまで立ち会って、しかも結果的に俺の命を救ってくれていたのか……?)
何をどうしたのかは定かではないが、少なくとも母の容態を安定させ、俺を無事に産めるよう整えてくれた。
またいつか再会した暁には、サイジック領に招いて精一杯の歓待をしようと思う。
「それと先ほどの話だけれど、ここを離れるのは……おすすめしませんね」
「……? なぜです」
「ヴェリリアが発作をおこすからです」
俺は眉をひそめてから、母へともう一度視線を移す。
「最初は本当にひどいありさまでした。今こうして落ち着いていられるのは、庭にある樹のおかげです」
「あの樹が?」
「はい。アイトエルさまが言うには、ヴェリリアの故郷にあった里の樹木なのだとか」
「母さんの故郷……どこかのエルフの里ですかね」
「そもそも今のヴェリリアをリアムのもとに連れて来たのがアイトエルさまらしく、それからわたしが呼ばれ……難儀していたところでアイトエルさまが大木ごと運んできて、そこに家を建てたという経緯で──」
(なんつー大味な……)
モーガニト領屋敷で会った時、アイトエルは確かに母のことを知っているようではあったが……思っていたよりも深く関わっていたようだった。
「ならあの樹はそのまま植樹するとしようか。となると色々と段取りが必要そうだな」
「樹木ごと引越しを……?」
「まぁ今の俺ならそれくらい手配するのはわけないもんで」
「本当に頼もしくなっちゃって。あの赤ん坊がこんなにも大きくなるんですから、わたしも年をとったものねえ」
しみじみと言うベルタに、俺はドンッと胸を張って答える。
「まっあるいはもう世話自体が必要なくなるかも知れませんが」
「……?」
「財団の連中は世界最先端をゆく集団ですから、母さんもきっと治せます」




