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#396 血塗れの手紙


「なんだそりゃ手紙か? それだけか?」

「あぁ、目ぼしいものはこれだけ──そして、俺宛てか」


 手紙は一部が血に滲んでいたものの、確かに"ベイリル・モーガニト"と書かれている。


「──っと、おちおちこの場にもいらンねえな。それにヘレナも……まあアレで大概頑丈なヤツだ、死んじゃいねェだろうが手当てがいるだろうしよ」


 気怠(けだる)そうに立ち上がったヴァルターは、朝日に顔を向けると目を細める。


「ようやくオレ様の時代、記念すべき夜明けだぜ」

「おめでとさん。約束はきっちり果たしてもらうぞ」


「おう。それじゃあ"王族殺し(・・・・)"、この場は任せたぞ」

「いやいや聖騎士にしてもアレクシスにしても、トドメ刺したのはお前だろうがヴァルター」

「うるせえ、と言いたいところだがさすがにアレクシスを殺した功績はやれんわな。すぐに"ヘイパン"──こっちの手の者をよこすから、他になんか絡まれたらオレ様の名ぁ使っていいからてきとーにいなしとけ」


 ヴァルターは俺の返事を待たず、アレクシスの遺体までもその場に放置して行ってしまった。

 俺はとりあえずアレクシス自身が着けていたマントを顔までかぶせて、一見して誰かわからないようにしておく。



(落ち着いてからとも思ったが……時間もあるし、読んでみるか)


 血塗れの便箋(びんせん)の封を切り、俺は中から手書きのそれへと目を通す。


 ──ベイリル・モーガニト伯。もしこの手紙が貴方の手に渡っているのであれば、私が一歩を踏み出したか、あるいは私の身に何かがあった時だろう。


(死んだ上に俺宛てなので、遠慮なく読ませてもらいますよっと)


 ──我が生涯における最大の後悔と恥を、この手紙に記すこと。そしてモーガニト伯、貴方に伝えるワガママをどうか許してほしい。

 ──こういったものは書き慣れていないので、気分を害することがあってもどうか最後まで読んでもらいたい。


(随分な前置きだが……)


 ──まず最初に私の名は"リアム"と言う。そして結果を先に言えばベイリル、君の父親(・・)にあたる。


「うん……ん、はぁあああ!?」


 寝起きに後頭部を突然ぶん殴られたような衝撃暴露(カミングアウト)に、俺は声をあげて遺体を見つめた。



(この人が……異世界(こっち)の俺の親父?)


 あまりに実感が無さ過ぎる。

 もちろん幼少期から面識もないし育てられた覚えもなく、ましてや異世界転生の父となると余計に。


 ──君を見たのはインメル領会戦の後だった。本陣を歩くその姿を見た時、本能的なものなのかわからないが、何故だか気になって調べさせてもらった。

 ──若き英雄の活躍とその功績と報奨について。ベイリルの名と、モーガニト領の名、二つを繋ぎ合わせて確信へと至った。


(インメル領会戦後の論功行賞の時……か? そんな前からか)


 ──並々ならぬ人生を()いてしまったこと、心から申し訳ないと思っている。

 ──いくらでも責めてもらって構わないが、ただ決して私の本意でなかったことだけはわかってほしい。


(母ヴェリリアとの片親生活……まぁ父がいなくともなんの不都合もなかったが)


 母が失踪してからもフラウとその両親に世話してもらったし、一抹(いちまつ)の寂しさくらいで問題はなかった。

 重要なのはその後、"脚本家(ドラマメイカー)"と将軍(ジェネラル)といったアンブラティ結社員によって、故郷を焼かれてから人生が転換したと言える。



 ──我が子の活躍を誇らしく思った。帝都でまた会った時、父であることを名乗り出したい気持ちもあったが……充実していると言った君の人生を邪魔することはしたくなかった。


(スリグループの姉弟を保護したあの時点で、俺が息子であることは知られていたわけか)


 そしてご丁寧に俺に出頭命令が出ていることを忠告したのも、その後に酒を酌み交わしたことも……父としての気持ちと責任感があったからこそなのだろう。

 

(挙句、俺を(かば)ってあっさり死んでしまうとは……な)


 正直なところアレクシスに対しては、"魔導"による逆撃態勢でタイミングを図っていた段階だったので、あるいは父リアムは無駄死にとなった可能性もあるにはある。

 しかし彼が命を賭してその身を(てい)してくれたことで、結果的に俺の命が助かる可能性が100%になったということは事実。


(酔い潰したと思ったが……思ったよりもアルコールの残り香はないな)


 息子と飲みつつも正体を明かせぬバツの悪さで、酔ったフリも多少は入っていたのだろう。

 そして軍人区の家か宿舎に戻る途中で、アレクシスが俺を殺そうとするその瞬間に居合わせてしまった。


「親父、か……まったく、せっかくなら孫の顔(・・・)を見てから往生すればよかったのにな──」


 ふとそんな言葉が漏れ出ていた。

 心情的には他人とそう変わらないものの、人族の父とエルフの母──血は(つら)なっているのは確かなのだ。

 


 ──なぜ未練がましく、恥を忍んでこの手紙を記したかというと■■■■となった■■■、■■■■■の以降の世話を頼みたい。


(血が(にじ)んでしまって読めないな……世話?)


 ──家の■■は別紙に記す。世話役の侍従が■■■■聞けば詳しくわかるはずだ。もし私が死んでいた場合の遺産は、全て君に(ゆず)りたい。


(地方貴族の俺にとっちゃ端金(はしたがね)にしかならんだろうが……まぁ個人資産としてありがたく頂戴するか)


 ──ただ最後にもう一つだけ頼みがある。遺産の一部を使って探してほしい人物がいる。()である"フェナス"のことだ。


「……はぁ?」


 再び俺は両の碧眼を見開いて、呆気にとられる。

 手紙には確かに"姉"と書いてあり、それはつまり俺の姉さんってことで。


(俺に……姉貴? 母さんからも聞いてないぞ)


 ──もしも可能であれば娘、君の姉フェナスを見つけて遺産についても共同所有し、姉弟ともに仲良く過ごすことを願いたいばかりである。

 ──私も合間を縫って探し続けてはいたが、未だに見つかっていない。あるいは君の元にすでに居てくれればと思いたいのだが。



(財団員の中にもいないな……ハーフエルフ自体も珍しい)


 長命種の財団員は例外なくチェックが入っている。

 なぜならば、寿命の問題は財団運営における一つの問題点にもなりうるからである。

 ハーフエルフも実際に何人か在籍しているが、いずれも姉には該当しない。


(血の繋がった姉探しか……とんだ目標ができたな)


 死んでいたらどうしようもないが、それが判明するまでは母ヴェリリア共々(ともども)探さないわけにもいかない。

 年頃こそ判別つきにくいが、半長耳(ハーフエルフ)という条件がある。

 生きてさえいれば寿命も長いので、いつの日か見つけるというのであればそう難しくないはずだ。



 ──最後にもう一度、本当にすまなかった。そして生きていてくれて、立派に成長してくれてありがとうベイリル。

 ──私よりもずっと長い君の人生に祝福あらんことを、いつまでも祈っている。


 手紙はそこで終わり、もう一枚にはどうやら家の場所が書かれているようだった。


「……あぁ、誇ってくれていいぞ親父──俺は"空前"絶後、仲間と共に前人未踏の偉業を成す男、の予定だからな」


 まだダメージが残り、痛む体に鞭を打って俺は立ち上がる。いつまでも休んではいられない。

 皇国とは一時停戦し、帝国の内乱もすぐに終結することだろう。そしてサイジック領の事実上の独立を勝ち取った。


「始まるぞ、世界を舞台にした大立ち回りがな」



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