#395 最強の血族 III
「疾ッ──」
風によって加速された神速の連撃。しかしいずれもがアレクシスの魔力鎧によって阻まれる。
一方でアレクシスの魔力放出を伴う打撃も、"天眼"で視えている俺に当たることはない。
(動き──は──素人──のそれ──なのに──)
回避しながら思考も並列して回し続ける。
生まれ持った肉体と、類稀な天性の戦闘勘で、しっかりとこっちの攻撃の一つを選んで的確に反撃してくるアレクシス。
自称「戦いを好まない」からこそ、この程度で済んでいるのであって──もし彼が"戦帝"の気性の一端でも受け継いでいたならば……継承戦は闘わずして決まっていたかも知れないと感じさせる。
(無属魔術による最強の矛と無敵の盾か、しかも超出力だからこそ誰を相手にしても有利を取れる)
とはいえ最強の矛も当たらなければどうということはなく、無敵の盾とてそれはあくまで常識的な範囲での火力に対してだけである。
(ヴァルターには見られるが仕方ない。王城内部だ、人が集まってくる前に俺の"鬼札"を切っ──)
「ちょこまかと」
腰元のベルトからγ弾薬を手の内に取ったその瞬間。
俺は反射的に両腕で防御体勢を上げていて、そこにアレクシスの蹴りが炸裂していた。
──ギアを上げてきた──意識が──アレクシス──まずい──まだ底を見せ──だいぶ飛ぶなぁ──ダメージ確認──ヴァルターは──俺はどこまで──
思考が目まぐるしく回り続け、俺は玉座の間から外へ。尖塔に衝突しても勢いは衰えず、その一部を粉砕しながらも宙を舞い続け、軍人区の地面へと墜落した。
「ぐっ……くは──はぁ……ハァ……」
思い切り息を吐きながら……俺は久し振りにまともに喰らった打撃に対して、己自身を必死に繋ぎ留める。
("六重風皮膜"が、ただの一撃で剥がされたッ)
必要以上にぶっ飛ばされたのは、風皮膜の防護性能が正しく機能した反動も含めてであり、そのおかげでなんとか被ダメージは抑えられた。
俺は"青色スライムカプセル"を取り出し、すぐに呼吸と共に体へと浸透させる。
(こっちの動きに適応されたか、そりゃそうだ……あれだけのセンスの塊、闘争の最中に学習しないほうがおかしい)
むしろまだまだ途上の怪物。
本人が闘争を好まないことに加えて、彼とまともに戦闘行為を繰り広げられる相応の相手がいなかったからこそ、素人じみたままだっただけなのだ。
逆に言えば、長引くほど相手を成長させてしまうことになる。
「ッはァ~……あれで魔力切れをおこさないとかヤバすぎる。"天眼"で観た感じ、恐らくは──魔力回復が異常に早いのか? そうとしか考えられん」
個人差はあるし器の大きさはあるものの、使った魔力というものは通常すぐには補充されるものではない。
平時でも自然漏出するものだし、魔力が外部から体内へと吸収され、血液を通じて全身に巡るまでには早くても半日か……人によっては三日以上も要する。
(周囲の魔力をすぐさま自分のものとしてすぐに消費できる、特異体質の極致ってところか。"折れぬ鋼の"ほどでないにせよ、別ベクトルでやばい)
単純に魔力容量が大きい神器とは違って、恐ろしいほど回転率の良い循環装置のようなものなのだ。
周囲の魔力だけでなく、自分が放出した魔力エネルギーすらもそのまま高効率で吸収することで初めて可能とされる無尽蔵の魔力力場。
「スーッ……ふゥー……──」
俺は両膝をついた状態で呼吸を整えながら、生体自己制御で痛覚を緩和して自己治癒魔術も重ねる。
そして俺が回復するよりも早く、周囲に住む者達が出てくるよりも早く、絶望的な気配が近付いてきた。
「ヴァルターは死んだぞ、モーガニト。次は貴様が後を追う番だ」
「ははっ……」
乾いた笑いが漏れる。
淡々と突きつけられた現実に対して、俺は夢想へと逃げる準備をする。
上澄みの魔力ではなく、底に濃縮した蒼色の魔力へと俺は意識を集中させていた。
「そのまま動かずにいるか、伏して頭を垂れろ。一撃で楽にしてやる」
「今さら命乞いとかってアリですかね」
「往生際が悪い。貴様はヴァルターに与したのだから、いさぎよく散れ」
魔力力場を纏った手刀が迫り、死中に活を見出そうとしたその刹那──唐突に俺の体が傾いていた。
「──っ!?」
「なっ……!?」
はたしてアレクシスの手刀は俺の心臓を貫くでなく──突如として現れ、俺のことをその身を挺して庇った男の体の方を貫いていたのだった。
「ッッ──ごふっ……今度は、間に合った」
見覚えがある、なぜならば直近まで酒を酌み交わしていたのだから。
俺のことを命を賭して助けてくれた"名も知らぬ黒騎士の男"は、己を腹を貫くアレクシスの腕を掴みながら血反吐を吐いた。
「ベイリル、逃げ……」
「──る必要はない」
俺は発動直前だった"幻星影霊"ユークレイスを顕現させ、瞬時に大気を掌握。
超高圧縮・超高熱電離させてプラズマを生成しながら拳を振るう。
不意を突かれたアレクシスの顔面へと──その目を光で晦ましながら──魔力力場の鎧ごと強引に殴りつけたのだった。
しかし瞬間放出された魔力力場の防護によって、"幻星影霊"の打撃自体はアレクシスまで届かない。
とはいえ目的は達していた。アレクシスの意識は前方──すなわち対面にいる俺とユークレイスへと集中していた。
それで十二分に役割は果たせた。
アレクシスの反射が俺の方へと向いてくれれば……それ以外の部分が自然と疎かになる。
「でかした」
まるでアレクシスの足下にあった影から現れ出たかのように──いつの間にかその背後に立っていたヴァルターが笑う。
手の平から突き出た漆黒の闇刃。それは朝日の中でもぽっかりと乖離し浮いたように、輪郭が見えぬほど黒い刃であった。
既にその切っ先のみがアレクシスの背中へとわずかに染み込んでいたが、すぐに魔力放出によってヴァルターは吹き飛ばされる。
「がっ……あ──ヴァルターきさま、なぜ生きて……何をした!?」
「はンッ! テメェへの対策をしてねえわけねえだろうがボケが。"極影矛"──オレ様の魔力と血と影を限界まで凝縮させた、とっておきの穂先だ」
アレクシスは立ったまま苦悶の表情を浮かべて膝をつき、ドサリと地面へと倒れ伏す。
もはやその顔には死相がはっきりと、命脈が尽き果てるのは逃れられないのが明らかであった。
「それでもなあアレクシス、テメェのその魔力鎧をやっとこ貫通できた程度だ……とはいえ充分だ。オレ様とは多分血液型が違うだろうし終いだよ、侵蝕する影の毒と拒絶反応でとっとと死に晒せ」
数秒とせぬ内に、アレクシスは辞世の句を残すこともできぬまま事切れる。
帝国の頂点である戦帝よりも強き帝国最強の男、しかしてその最期は呆気ないものだった。
「あーーークッソ、魔力も無ぇし貧血だ」
「ヴァルター、お前は殺されたとアレクシスから聞いていたが?」
「んなこと信じてねえから、あの瞬間オレ様に合わせてきたんだろうがよ」
「まぁな、さしずめアレクシスは"影武者"を殺した気になったわけか」
ヴァルターはふらつきかけてその場に座り込む。
「あぁそうだ、オレ様の能力を知ったヤツはほぼほぼ殺してきてるからこそ通じた芸当だがな。例外はテメェだけだよベイリル。そもそもオレ様が技を見せる前から看破しやがって、やりにくいったらありゃしねぇ」
「この後、俺をどうする?」
「どうもしねェよ、今手を出したらイヤな予感もするしな」
「いい勘をしている」
「チッ……いけすかねぇ。とにかく約束は約束だ、隙を作ってくれたのは事実だしな──サイジック領はくれてやる。正直こうもトントン拍子で殺せるとは思わなかったぜ、嬉しい誤算だ」
ヴァルターが一息ついている横で、俺は──既に遺体となった──黒騎士の体を整えてやる。
「──で、そいつは誰よ? なにやらテメェを庇ったみたいだが」
「俺も黒騎士ってことしかわからん知人だ」
「なんだそりゃ……オイ、身分か何かわかるものはないか調べろ。なんだったら勲章でもやろう」
俺は命令に従ったわけではなく、ただ純粋な興味に従って体をまさぐると……一枚の"血に濡れた手紙"が出てきたのだった。




