#391 手紙
「はいどうぞー」
テューレから手紙を受け取った俺は、とりあえず裏表を見るが特に誰宛てなのかも差出人も書いてなかった。
「なんだこれ、誰からだ?」
「さぁー? でも三日前にちょうど自分が受け取りましたー」
「直接ここに届けにきたのか」
「顔を隠してて、ただ声から察すると年のいった男性でしたー。それでベイリルさんを名指しで渡してほしいって……」
「ということは俺が財団所属で、かつ帝都にいることを知っている奴ということか──」
素性知れぬ男──あるいはただの配達人でしかない可能性もある。
「いずれにせよ読んでみないことには始まらんか」
「ですねー」
得体が知れないからと切って捨てるほどのものでもないし、興味がないわけでもない。
「ふむ……"ベイリル・モーガニト伯爵"──どうやら俺が地方領主であることも知っているようだな」
「財団とベイリルさんを直接むすびつけるのは、それなりに情報力を持っている人ですねー」
俺は流すようにつらつらと目を通しながら、かいつまんでテューレにも伝える。
「え~……"直接会って話して伝えたい気持ちもあるが、まずは文にて"──」
「礼儀知らずなヒトではないみたいですねー」
「"さっそく手短に本題へと移らせてもらうと、貴殿への捕縛命令が出ている"──だあ!? どういうことだ、聞いているかテューレ」
「いえー少なくとも市民まで知るような指名手配ではないはずですー」
「"各方面にはすでに通達がなされている、これを読んだならば速やかに帝都より離れてほしい"──」
「どうやら親切な人? なんですかねー」
(モライヴが自らを死んだことにして身を隠し、さらに俺へと警告をよこしている……のが妥当な線か)
味方ではあるようだが自らを隠す必要がある人物となれば、権力闘争に敗北したモーリッツくらいしか思い浮かばなかった。
しかし続けて綴られている文章が、さらに疑念を掻き立てる。
「"もし帝都より脱出するのに手助けが必要とあらば"──」
「あらばー?」
「"毎夜、待っている"──と、ご丁寧に酒場の場所が記されているな。"夜陰に紛れて見つからないように"──とも」
「なるほどなるほど、待ち伏せってありえますかねー?」
「それはさすがに考えにくくはあるがな、裏の裏をかいている可能性もあるが……」
そもそも俺への捕縛命令とやらも、はたして本当に真実なのかどうか現状では判断できない。
ハッタリをかまして俺に接触をはかることが目的ということも考えられる。
「ベイリルさん、行きたい感じですねー?」
「気になるのは確かだ」
ただもしもモライヴであったなら、いつまでも帝都に留まって危険を高めることは考えにくい。
(あるいは帝都から離れられない理由がある、とか……)
しかし俺の直感は──本能的な部分はモライヴではないと半ば感じ始めていた。
同時に陥れようという魂胆や、罠の匂いもかぐわない。
「今夜にでも顔を出すとしようか」
「くれぐれも気をつけてくださいー」
「無論だ、それじゃ続きを聞こうか──公開処刑の後からのことを。俺が追われてるとすればここじゃ目立つから、奥の部屋でな」
「了解ですー、あっベイリルさんのほうのことも聞かせてくださいねー。戦場で何があったのか興味深いです」
◇
テューレと情報交換し、今後の方針を相談していれば……たちまち夜も更けていた。
俺は夜風に馴染ませるように己の身を最大限まで希釈しながら、星空の下の帝都を歩いて行く。
夜型と思しき獣人がちらほら見えるが、特に気にせず気にされず──尾行には注意を払って俺は件の酒場へと到着した。
こぢんまりというほどではなく、そこそこの広さに落ち着いた雰囲気を備える店だった。
俺はフードを目深に被ったまま、まばらいる客を観察しつつカウンターへと向かう。
「種類は問わない、強めのと弱めのをそれぞれ一杯ずつ」
俺は帝国大銅貨を二枚取り出して置くと、酒場の主人は静かに陶器造りのコップへと酒を注いだ。
二杯分の酒を受け取った俺は、真っ直ぐ隅の席にいる男のもとへと立った。
「相席、失礼──」
相手の返事を待たずに俺は対面に座り、酒の注がれた器を置く。
「強めの酒と弱めの酒、どちらがいいですか? あぁ両方飲んでもらっても構いませんが」
「なぜ……」
「俺が店に入ってきた時の反応、貴方だけわずかにだが強く警戒心を露にしていた。これでも観察眼には自信があるもので」
話ながら俺は眼前の人物を見つめる。
あいにくと見覚えはなく初対面、誰かの使いなのだろうか。
白髪の混じった黒めの短髪に、どこかで見たような気もするが、どこにでもいそうな普通の顔つきをした人族の男。
しかし体格はガッシリとしていて、職業柄なのか鍛えられているのがわかる。
「……そうか、いずれにせよ求めに応じていただき感謝する。ここに来たのは……私の助けを必要としたからであろうか」
「いや単にあんな手紙をよこした人物が、どんな意図だったのか知る為だ」
「申し訳ないが、私が誰なのか理由も明かすことはできない──……複雑な事情があることを察していただきたい」
男のことを見据えながら、俺は頭の中で引っかかった部分に対して手を伸ばした。
「いや……どこかで聞き覚えがあるな」
俺はそう遠くない記憶の端から、帝都裏路地で小さき姉弟を探索していた"黒騎士の男"を引っ張り出す。
「あの時のリーダー格だった黒騎士か」
「ッッ……わかるのか──」
「黒一色の鎧で姿が知られてないと安心していたようだが、兜ごしだったとはいえ声色も変えるべきだったな」
動揺を隠せない男は自らが口をつけていた酒を飲み干してから、ゆっくりと息を吐く。
「その程度の素性は知られても……構わない。それよりもあなたに出頭命令が出ている、その上で拒否するようであれば捕縛せよとのこと」
「穏やかじゃないな、命令の出所を聞いてもいいかな?」
「それは私にもわからない、黒騎士を直轄する軍部より上ということだけ──」
男は度数の低いほうの酒を取ったので、俺は強めの酒を喉へと一口で通す。
「なるほど、調べる必要があるな」
ヴァルターが新たな帝王としてその座にいるのならば十中八九、命令を下したのもヴァルターの可能性が高いものの……一応は裏取りをする必要はある。
「やはり……逃げないのだな」
「やはりぃ? なぜ俺が逃げないと?」
「あなたのことは調べさせてもらった……財団との関わりや、どうやってモーガニト領主になったのかまで。並々ならぬ経歴と強度、そして勇敢さも」
「素直に褒めているのか、あるいはおべっかか」
「純粋な気持ちだ」
俺は大きく溜息を吐いてから酒を一気にあおり、男を眼光鋭く見据える。
「まぁいい、どうでもいいことだ。それよりもあんたの目的はなんだ? なぜ俺をつぶさに調べ、味方をしている」
「今はまだ……差し控えさせてもらいたい」
「あれもこれも秘密か」
「申し訳ないが、先ほどもいった通り──その、事情が……複雑なのだ」
俺はそれ以上突っ込んで聞くのはやめにすることにする。無理やり聞き出そうにも口は堅いようだった。
判然としなくても味方でいてくれる内は、それを利用することを考えるべきだと。
「もし叶うのならば、少しだけ……昔話を聞いてくれるだろうか」
「は? あんたの身の上話を?」
「そうだ」
「少しくらいなら別に構わんが」
「ありがとう。私は平民の出ではあったが、肉体には恵まれ軍人となった。帝国は立身が広く認められていたから、苦労こそあれ出世は難しくなかった」
素性を明かせない割に、自ら情報を受け渡してくれるのであれば俺はそれを拒否せず受け入れる。
「順調に戦功を積んだ私は"特装騎士"となり、さらに精力的に働いた。そしてある任務の途中で女性と出会い、娘と息子をそれぞれ授かった」
「へぇ──」
(本当に単なる身の上話じゃねぇか……)
俺はそのうち何かしら情報っぽいものが出ないか、適当に相槌を打つ。
特装騎士は帝国"工房"で開発された武具を扱う専門の騎士で、財団における"テクノロジーエンチャントナイト"に相当する。
しかし既に財団とは圧倒的な技術差がある部門のことなど、今さら聞いてどうなるというものでもない。
「しかしどうにも馴染めず、最後には別れてしまった。定職に就いていた私が娘を引き取り、その後に息子が生まれた」
「息子さんとは会ったことないんですか」
「いや生まれてすぐに少しだけ、この手で抱いたよ──そしてある時、娘が誘拐された」
(急に話が飛んだなオイ)
「私は娘を探す為に職権を濫用することになっても、方々手を尽くした。そして結局は見つからないまま、私は罪を弾劾され黒騎士となった」
「……まぁ黒騎士はその性質上、恨みを買うし過酷な任務も多い。犯罪者などで多くが構成され、命令違反は即極刑──」
ゆえにこの男は自らの命を懸けてまで、俺に通告してきているということだ。
その一点においても彼にはそれなりの信を置けるだろう。
「後悔ばかりの人生だ。その中でも最大の過ちは……娘を攫われたこと。それ以前に彼女の手を一度、離してしまったことが発端かも知れない。今はもう──違う形でしか寄り添えない……」
「まぁ人生なんてそんなもんでしょう。ああしておけば良かった、こうしておけば良かったなんて結果論。その時とは違う選択によって、もっと悲惨なことにもなりえたかも知れない」
「そう、か……随分と達観しているようだな。よければ君のことも、聞かせてはもらえないだろうか」
俺は一瞬怪訝な顔を浮かべるも、所詮は見知ったばかりの他人。
単なる世間話の延長線上として、酒がなくなるまでは付き合うことにする。
「まぁ……個人的に話せる部分だけでよければ」
「それで構わない」
男の言葉ははっきりとしていて、どこか強く感じさせるものがあるのだった。




