#388 番外聖騎士 II
急速に命が喪失われていく青年の体を、"折れぬ鋼の"は静かに抱えて俺へと視線を向けてくる。
「回復魔術は使えるか?」
「いいえ、俺が使えるのは自己治癒魔術のみです」
嘘は吐いてない。強力な回復効果を持つスライムカプセルは携帯しているが、ここは"刃鳴り"がどうするかを見届ける。
そもそもあの神器イオセフは"エイル・ゴウン"と違って、自らの持て余した力の使い方も心得ておらず、精神性もまだまだ未熟な危険要因でしかない。
個人的には率先して排除したいとすら思うところである。
(結社の依頼も死体で問題ない、ここは下手に救助するような真似はしない──)
「皮肉だな……誰よりも人を救いたくて、誰よりも力を持つというのに、回復魔術を使うことができないのだから」
"折れぬ鋼の"は魔術の一切を使わない……否、使えない。
その圧倒的な身体能力のみで生ける伝説となっているのである。
"天眼"による魔力色の知覚を得た今の俺ならば、それも理解できる。
"折れぬ鋼の"は魔力が完全に内包されている──恐らくは世界で唯一の人間なのだと。
(魔力色が見えない――強いて色で言うなら……完全なる無色、一切が漏出することなく肉体でのみ完結し続け循環作用している状態)
普通の人間は魔力が少なからず漏出する。
一方で"折れぬ鋼の"はまったく魔力が外に出ないし、出すこともできない──ゆえに魔術も使えない。
だからこそ"五英傑"たる頂人的な身体能力を有するに至っているのだと。
(俺も魔力遠心加速分離である程度の漏出を防ぐことはできるが、あくまで一時的に貯留させるだけだ)
濃淡分離させた魔力を血液と共に全身に行き渡らせて肉体強化したならば、その分だけ漏れて消費し消えてしまう。
一方で──"折れぬ鋼の"の場合は日々吸収される魔力が、延々と蓄積されて強化され続けるのだと考えっれる。
それこそ神器をも遥かに超えた膨大な魔力を貯留し続け、しかも魔力の暴走も起こらないという史上でも稀有であろう超極大の器。
(もっとも仮説が合っていたとして、どうこうできる相手じゃあないのは変わらん……)
寿命が尽き果てるまで無限に成長し続ける最高純度の人間、それが"折れぬ鋼の"であるならば。
「──取りこぼしてきた命、今までいったいどれくらいある? 救世の英雄が聞いて呆れるというものだ」
"刃鳴り"の挑発的な言葉にも動じることなく、もはや空っぽの神器をその腕の中で──"折れぬ鋼の"は至って平常心で口を開く。
「自らが英雄であると思ったことは一度もない。相争うような愚者を救うこともしない。そのような境地はとうの昔に過ぎ去っている。
所詮この身はたった一つ。信念こそあれ大義はなく。ただ己が力の振るう先を見誤ることなく……好きに、自由に、やらせてもらうだけだ」
(う~ん、この根っから聖人)
神器イオセフの遺体を横たえながら、やや饒舌的な語り口の"折れぬ鋼の"。
やらない善よりやる偽善。前世においては個人的に好むものではなかったが、一貫して突き抜けた精神性ともなればやはり美徳と言わざるを得ない。
そして純粋に尊敬できると同時に、たった一人の動向で戦争やひいては国家が左右されるという非常に面倒な存在であることを再認識させられる。
「差し支えなければ、"折れぬ鋼の"──貴方がそうなった理由はなんですか」
俺はふとそう問うていた。
身命を賭して弱きの為に尽くすその心根。
国家を滅ぼせる力を持ちながらも、たった一人の為にも心を砕く……不器用な生き方。
「理由だと……?」
"刃鳴り"は俺が時間稼ぎの為に質問しているのだろうと思っているのか、特に口を差し挟んではこなかった。
(まっ"折れぬ鋼の"は勇名にして有名だ──その生い立ちについて調べは済んでいるが)
"折れぬ鋼の"──彼は物心つく前より、帝国から亡命した皇国人の子として、最初こそ迫害を受ける"弱者の立場"にいた。
片親で唯一の肉親だった父は、何がしかの不運が重なって異教徒として吊るし上げられ、死に追いやられたそうな。
残された子供は一人、貧民の立場から後退することなく……一歩、また一歩と、着実に踏みしめ登り詰めていく。
あらゆる障害や難題が立ち塞がった。と、まことしやかに言われていて、しかして彼は一度として折れることなく突き進んでいった。
自らの名すら覚えていない男──遂には番外ながらも聖騎士としての立場を得て、もはや誰しもに知られ、認められる存在となる。
それまでの功績も目覚ましく、そこからの功績も目覚ましい。
人類の守護者にして奉仕者。弱きを助けて悪を挫く、その強さと姿はまさしく英雄の中の英雄。
(──知られているのはあくまで風聞、実際の人格形成の過程で何があったのか)
ぜひとも本人の口から聞いてみたかった。
「救い、掬い上げることができる命がある。それ以外に理由が必要か?」
単純で明快な回答だった。
そういうことが聞きたかったわけではないのだが、有無を言わさぬ謎の説得力でぶん殴られたように感じ入る。
いっそ馬鹿げているとさえ言える理由なき理由──否、だからこそ彼は誰よりも強固な意志でもって事を為し、成せるのだろうと。
「なるほど、しかし逆境が人を強くする。そうした経験がより困難な壁にぶち当たったり、敵意を向けられた時に役立ち、打破することができる力となることは否めないのではないですか?」
俺は一つの意見として反論する。
目先の犠牲を容認できず手を差し伸べたことで、より大きな災禍に見舞われた時に自ら耐えて生き抜く能力を養えなくなる。
環境変化と自然淘汰こそが、生物の進化と適者生存を促してきたという事実は決して否定できない。
ただしこれはある種の、答えのない命題の一つと言える。
もし仮に統計的に算出できたとして、結果論からその時々でどちらが正解だったかを見極めることはできよう。
しかしそれを先んじて見通すのであればまさしく全能神の所業であって、たとえ"五英傑"であろうとも未来を予知し、最適の行動を選択することはできないのだ。
「……言いたいことはわかる。だが誰しも危機に瀕した時──なにものよりも切望し、強く願うこと──それは……"たすけてほしい"、だ。それを無視することはできない」
「はァ~……──」
「ッッ──」
突如として意識の途絶した"刃鳴り"が砂地の上へと突っ伏して昏倒する。
何を隠そう俺が"酸素濃度低下"の魔術を使ったからに他ならない。
「……? おまえがやったのか、一体どういうつもりだ」
「"折れぬ鋼の"、貴方が知る必要はありません。その誰よりも尊い生き様を、脇目も振らずに貫いて欲しい──素直にそう思っただけですよ」
野望にとって邪魔な存在なのは疑いないが──同時に英雄の足を引っ張りたくない、というのもまた俺の心根に確かに存在する想いであった。
(インメル領会戦では利用させてもらったわけだし、借りはささやかでも返すさ)
何よりも"折れぬ鋼の"を戦帝へのカウンターとして用意したのがモライヴの策であれば、帝王には囚われてもらわねばなるまい。
まだ懐疑的な瞳を向けてくる"折れぬ鋼の"に対し、俺はもっともらしい理由も付けてやる。
「さっ行ってください、問答もたいぶ長引いたでしょう。ただし代わりと言っては難ですが、三騎士は一応帝国人として連れ帰らしてもらいます。
皇国に捕まって処刑でもされれば後味が悪いですし、貴方がいなくなった後で目を覚まして暴れたり、憂さ晴らしに大量虐殺なんてやり始めたら困るでしょうから」
「……いいだろう、おまえの名前はなんと言ったか」
「覚えてもらわなくて結構です、次はどういう形で会うかはわかりませんからね」
「偏屈なやつだ」
(貴方には負けますよ)
と俺は口には出さず心の中で呟きながら、"折れぬ鋼の"を見送ったのだった。




