#387 番外聖騎士 I
「"戦帝"、ここは一度お退きいただき……再起を図るがよろしいでしょう」
「なんだ"刃鳴り"よ……捨て石にでもなるつもりか?」
「そのようなつもりは毛頭ありませんが、必要とあらば我々が辞さないのはご承知おきでしょう」
その言葉に"熔鉄"も、"風水剣"もそれぞれ一層の覚悟を決めた雰囲気が感じ取られた。
「個人的に大人しく捕まるのをオススメしますが……まっどのみち結果が同じであれば、抵抗するのも悪くはないと思います。どうせ殺されることはないわけですし」
「そこのおまえ、どこかで会ったことがあったか?」
不意に俺へとロックオンする"折れぬ鋼の"に対し、俺は飄々と対応する。
「いえ俺は貴方と闘ったことなんてないですよ。でも"折れぬ鋼の"の名と気性は有名ですから」
インメル領会戦の時は顔を隠していたし、"折れぬ鋼の"自身に確信がないのであれば俺は肯定することもしない。
「……そうか。他の者たちは去るのならば追わぬ、失せよ」
ザリッザリッとゆっくりと歩を詰めてくる"五英傑"──
「オレは捕われるくらいならば闘争し、散りたい。モーガニトは大人しく捕まって脱出の機会を模索すべき。三騎士らは逃げろと言う──シュルツ、オマエだけが意見を出してないな?」
「陛下の御意のままに」
「つまらん答えだ。だがオレの意思を尊重したい気持ちはわかった」
戦帝は数瞬ほど天を仰いでから、ゴキリと首を鳴らす。
「考えてみれば……闘ったことは何度かあれど、逃げたことはなかったな──任せたぞ」
言うや否や"折れぬ鋼の"が爆裂し、戦帝はその恵まれた肉体を余すことなく全力で逃亡へと傾ける。
同時にシュルツが先導するように動き出していて、三騎士は動かずに徹底抗戦の構えを取っていた。
「"空前"、散々のたまった割に我々に付き合う気か?」
「危うくなったら遁走決め込みますよ、逃げ足には自信あるので。ただ……今は"自分試し"がしたい気分とでも言いますか」
その言葉に"刃鳴り"はフッと笑みをこぼす。
「がっはっは!! あっちこっち意見が飛ぶやつじゃのう、先刻までの言は許す!!」
「ちなみに三騎士の連係を邪魔する気はありません、お先にどうぞ」
"熔鉄"は豪快に笑いながら、溶かした鉄を集めて成形し始める。
「"空前"、オマエ悪イ奴ジャナイ」
「……どうも」
"風水剣"の纏った水が刃の形に延長されて、爆塵の中から無傷で現れた"折れぬ鋼の"に突き刺さる。
同時に"刃鳴り"と"熔鉄"が波状攻撃を繰り出していた。
──"折れぬ鋼の"のやり方は、相手の力量をつぶさに把握してから、完璧な一撃で必倒に留めるというスタイルである。
(だからこそ時間稼ぎは大いに有効で、付け入る隙になッ……るぅ?)
そう打算的に考えていた。
しかして三騎士はあっという間に、それぞれ拳で打ち抜かれ沈んでいたのだった。
「えっとあの……倒すのは予定調和にしても、見極め早すぎじゃないですか?」
「この者らとは以前にも戦ったことがある。わかったならば、そこをどけ。今は悠長にしているつもりはない」
三騎士もおそらく以前に闘ったときよりも成長しているに違いない。
しかし目的をもって本気になった"折れぬ鋼"のからすれば、それは誤差レベルなのだった。
(見過ごしたとしても文句を言われる筋合いはなく、責められることも特に無いだろうとは思う……が)
現在を取り巻く状況に対して情報が足りない以上は、戦帝が逃げ切るか捕まるかで──どう未来が転ぶかも不明である。
この場における選択肢は、結果論でしか語れない。そもそも逃げ切れるとも思えないというところが本音なのだが。
「なるほど、わかりました」
ならば欲望に従おう。別に戦帝を逃がそうというわけじゃない。
三騎士の意識が無くなった今──俺は全力を出せるということに他ならない。
「顕現せよ、我が守護天──果てなき空想に誓いを込めて」
魔力遠心加速分離を最大に、くるくると左のリボルバーを回しながら自らのこめかみを撃つのがトリガー。
濃い蒼色の魔力が──"天眼"の具象化が──もう一人の俺が──空前の魔導が──"幻星影霊"がその形を織り成す。
鈍い灰銀色した鋼鉄の鎧を纏いし魔導分身体"ユークレイス"が、俺の背後に立つ。
「むっ……?」
インメル領会戦の時と同じ、躊躇なく殺す気でいく。
どうせ死なないことは承知している。新たに得たこの権能で、どこまでイケるのか試したい。
『そぉらららラララララララッ──』
"音空・颶風千烈拳"──音圧振動の拳を刹那の空隙に、目に映らぬほどの速度で束ねて一つの巨大なパンチとする。
外部から破壊しながら内部へ浸透させて分子崩壊を引き起こす、一発一撃が必殺と言える威力の拳撃。
それを幾重にも重ねて、物質を粉微塵にする魔導技。
『ラァアアッ!!』
数瞬の内に叩き込まれた一打必殺千撃の拳。
しかし"折れぬ鋼の"の身は──吹っ飛ぶどころか倒れもしない。
「……防御を固めたのは久しぶりだ」
『ははっ──』
俺は乾いた笑いしか肺から絞り出せそうになかった。
濃縮魔力の消耗によって、"幻星影霊"も掻き消える。
"天眼"によって確かにダメージは視える、観えるのだが……それも急速に回復していっているようで、半ば予見していたことでもショックは隠しきれない。
恐らくは防御させただけでも快挙とは言えるのだろうが、しかしそれだけで終わりなのだ。
俺の渾身で会心な魔導においてすら。
「すみません、参りました」
俺はスッパリ諦めると、諸手をあげて降参の姿勢を示す。
「これほどの力を持ちながら、あの愚王の為に使うか」
「いえ、これは畏敬の表れですよ。"五英傑"という頂点にいる中で……貴方だけが遠慮することなく、かつ受け止めてくれるという信頼あってのものです」
もはや現状打てる手は残されてはおらず、今の立ち位置がある程度わかっただけで充分な成果であった。
「その手の輩も多くて困る」
「貴方は難儀な性格だと思いますよ。でも実際にそれができるだけの圧倒的な力が有しながら、信念を貫いている。それは他の誰にも真似できない高潔なこと──」
俺は純粋な称賛を述べている途中で、"折れぬ鋼の"の先に見えた"刃鳴り"の姿に口を閉ざす。
「そう、だ……難儀で、驕った性質だ。敵も味方も生かす、それが周知されている弱味。だからこそ足を掬われることになる」
"折れぬ鋼の"はゆっくりと振り返り、まだ打ち倒されたダメージの抜けていない"刃鳴り"と──
気絶したまま刃を首に当てられた"神器"イオセフの姿が映っていた。
「流砂に紛れて気付かなかったか? "折れぬ鋼の"。この者は神器──今しばしこの場に留まるというのであれば、殺さないまま捨て置こう」
「無駄だ」
まばたきするよりも速く──"折れぬ鋼の"が間合いを詰めると、"刃鳴り"の刃を握り込んでいた。
得物を掴まれてしまっては、当然ながら純粋な膂力で敵うものなど恐らくはこの世にいまい。
「速いが遅いな、鋼の。事は既に済んでいる」
その言葉とほぼ時を同じくして、"折れぬ鋼の"も俺も気付いてしまった。
神器イオセフは気絶しているのではなく、背中からの出血によって失神しているということに。
"刃鳴り"は先んじて、抜け目なく、やるべきことを確実に遂行していたのだった。




