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#386 謀反


「──帝都が()ちました」


 青天の霹靂、怒涛の展開。

 上級大将の身でありながら、わざわざ先行していた自分達に追いついてきて報告をしたシュルツ。

 その予想だにしない言葉にしばらく沈黙があってから、戦帝は淡々と口を開く。


「皇国軍か?」

「いいえ、違います。謀反(むほん)です」


「謀反だと……? どこの誰がだ」

「情報が錯綜(さくそう)してはいますが……"モーリッツ"殿下が一気に制圧したとのこと」


「ほう……」


(──モライヴが!? どういうことだ)


 俺は慣れ親しんでいた学苑生時代の名を心中で叫び、現在を取り巻いている状況の把握に努める。



「クックック、なるほど()に乗じたわけか……しかも動きが速すぎる。自らを(おお)い隠して、周到に計画を練っていたに違いない」

「陛下、展開を楽しむのは予想こそしていましたが、状況が状況です」


「フッこれが面白がらずにいられるか。帝国史でも血族内における王位簒奪(さんだつ)であれば何度かあった。それをこのオレ相手にして起こすとは……モーリッツめ、なかなか見誤っていた」


 息子の成長を喜ぶ父親のそれ、しかして譲る気は毛頭ないといった様子。


(たみ)たちはどうしている?」

「詳しくは不明ですが、受け入れられなければ帝都を占拠することはできますまい」

宰相(さいしょう)と総督たちは?」


「現時点で総督府は不明です。宰相閣下も行方知れずとのことで、逃げ延びたか囚われたか……あるいは──」

協力(・・)したか──そこらへんもわからんか」


 シュルツが濁した言葉の先──帝国宰相が裏切って内応したと──最も立場の高い戦帝だけが、それ口にするのを許される。



「盤面が複雑になったな、オレは皇国と帝国の両面を相手にせねばならぬわけか……はてさてオレについてくるのは、どれほどいるか」

「今まで陛下が率いてきた者たちの多くは従うかと存じます」

「それではつまらんな、オレの軍は精強すぎる。ここまでひた隠しにできていたということは、モーリッツの軍はさほどのものでないのは明らか。頭が複数ある内は、貴族どもも含めて動きはどうしたって(にぶ)くなる。

 それに少なくとも長姉(エルネスタ)長兄(ランプレヒト)、あいつらがむざむざと帝王の地位をモーリッツに明け渡すとも思えんし、あるいは組む可能性もある。未だ砂上の城、(から)の玉座、すり抜ける王冠に過ぎんな」


「いずれにしても内乱は()けられません。この折は皇国への侵攻は一度中止し、国内の平定に(ちから)(そそ)ぐべきかと」

「シュルツよ、オレの近くで長く戦っているなら理解しているはず、そんなのもったいない(・・・・・・)だろうが」

「ですのでそこを──」



(家臣も大変だな……)


 ──と、俺は完全に他人事(ヒトゴト)目線で戦帝バルドゥル・レーヴェンタールと上級大将シュルツの会話を聞く。


(まずは情報と現状の把握が最優先事項……身の振り方次第では、少なくなく喪失しかねない)


 大陸最大版図(はんと)を持つ軍事国家の内乱となれば、モーガニト伯爵としての立場も直接関わってくる。

 さらに財団としても支援対象を見極めねばならないし、状況の転び方によっては帝国そのものを潰すという選択肢さえ出てくる。


(しかしモライヴ、そんな大それたことを考え実行するとは……個人的には味方してやりたいが、はたして)


 ひとまずのクーデターは成功したようだが、先刻から言われている通りそのまま帝国を治められるとは限らない。

 もちろん抜け目ないモライヴはちゃんと計算しての行動なのだろうが、ありとあらゆる要素を把握・掌握することなど全知存在でもない限り不可能である。



(シップスクラーク財団と"文明回華"──あるいはモライヴを切り捨てることも考えなきゃいけないな)


 モライヴもフリーマギエンス員ではあるが、たった一人の為に築け上げたものを無為にするわけにはいかない。

 とにもかくにも情報を可能な限り集めて精査して、迅速かつ的確に判断しなくては──


 そこで脳内が中断された(・・・・・・・・)

 寸断された思考は回らないまま、同じくして強烈な既視感(デジャヴュ)が俺を襲う。



 突如として砂上を巻き上げるような形で、"天空から落ちてきた男"──忘れようったって忘れられるわけがない。

 その拳は今でも思い出せば顔面がうずくような錯覚すら覚えるほど、鮮烈で強烈で苛烈な一撃だった。


 その男を形容する名は枚挙(まいきょ)(いとま)がなく、また本名については誰も知らない。

 しかし普遍(ふへん)にして不変(ふへん)の呼び名は存在する。


 ──"折れぬ鋼の"──


 灰じみた白髪と、痩躯にも見える長い手足と高身長。

 全身には拘束具かのように幾重にも巻かれたベルトと、"聖騎士"のサーコート。

 "五英傑"の一人は「またか」と言わんばかりに、こちらを見据えている。



「クックカッハッハハハハハハッ! そうか、そういうことか。モーリッツの奴め、やるではないか」


 最初に(われ)を取り戻し、"折れぬ鋼の"を相手にしても調子を崩さない戦帝の言葉に……俺もハッと気付かされる。


(なるほど……そうか、俺もやった()だ)


 インメル領会戦の時は帝国軍に対するカウンターとして、他ならぬ俺自身が"折れぬ鋼の"へ情報を回して呼び込んだ。

 それをモライヴは謀反(クーデター)に際して、戦帝個人に対する(・・・・・・・・)対応策として利用したのだと確信する。


「まんまとしてやられた。どのような手を使ったかはわからんが……手一杯だったはずのキサマを呼び戻すとはな、"折れぬ鋼の"」

「戦争狂の愚王よ──因縁はここで終わり(・・・)にしよう」



 "折れぬ鋼の"の言葉に、戦帝の瞳がガッと見開かれる。


「ほほう、キサマ……今回ばかりはオレが素直に退いたとしてももはや許さぬと言うか」

「そうだ……度重なる戦乱に次ぐ戦乱──もはや看過するつもりはない。殺しはしないが、連行させてもらう」

「連行? 皇国にか、それではどのみち斬首されるのではないか」

「我が勇名においてそれはさせないと約束しよう。だが残りの人生は慎ましく過ごしてもらうことになる」


 すると三騎士が戦帝の盾となるように前へと出る中で、俺はむしろよく今の今まで見逃されてきたものだと思ったものだった。


(──これ以上、戦帝に義理立てする利点(メリット)は薄いか……?)


 "折れぬ鋼の"が有言したならば、それは確実に実行されるということに他ならず。

 俺が三騎士と一緒になって抵抗したところで、戦力差は明白かつ無駄である。


 戦帝は早々に内乱レースから脱落し、俺は別の方策で動いていかなければ──



「どうした、モーガニト。空気が変わった(・・・・・・・)な」


 こちらには顔を向けぬまま、見透かしたように戦帝に釘を刺されてドキリとする。


「えぇまぁ……"折れぬ鋼の"に関しては(わたし)もよくよく知っている身でして、乗るなら勝ち馬でなくてはなりません」


 俺は下手に誤魔化さず……合理をもって冷静に判断する人間であることをアピールする。


「モーガニトの名と領地は陛下の直轄ではなく、あくまで帝国に帰属するのでありますれば……立場としては中立を取るのが最善と心得ます」


「もしくはこのオレを殺すのもアリだぞ? 考えていないとは言わせない。新帝王が誰になるかはわからんが、良い手土産になるだろう」

「……まぁ取り立てていただいた恩義を忘れるほど、恥知らずでもありませんので」


 三騎士とシュルツの反応に気を遣いながら、俺は慎重に言葉を選んでいく。



「オレとしては軟禁されるくらいであれば、(いさぎよ)く散ったほうがマシというものだ」

「かの"大監獄"ですら破られました。生きていれば好機はいくらでも、新たに生まれるというものですよ」


 俺はまさしく自身が脱獄の主犯であることを差し置いて、いけしゃあしゃあとのたまう。


「もっともらしいことを言うではないか。だが大人しく囚われるなぞ(しょう)に合わんのも事実──」

「戦帝、ここは一度お退きいただき……再起を図るがよろしいでしょう」


 そう戦帝を(うなが)すのは、剛剣をいつでも抜刀できるよう構えた"刃鳴り"なのであった。


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