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#385 神器


「"教皇庁特選隊"、上位命令に基づき異教徒へ執行を開始する」


 ──斬る──


敬虔(けいけん)なる"聖堂騎士団"、総員抜刀せよ!」


 ──斬る、斬る──


「"秘蹟の志士審衆"、参上! 邪悪な帝王よ、覚悟!!」


 ──斬る、斬る、斬る──


「我らはそれぞれケイルヴ、グラーフ、ディアマ、フーラーの歴代神王の加護を受けし"四使徒"なり」


 ──斬る、斬る、斬る、斬る──


「教皇庁の暗部、"聖黒衣"。もはや(のが)れられぬこと叶わぬと知れ」


 ──斬り伏せる──


 俺の出る幕など無いとばかりに戦帝と三騎士の連係は凄まじく、決して弱卒でない敵を粉砕していく。



「まったく、有象無象をいくら当ててこようが大した消耗にもならぬわ」

「じゃが(やっこ)さんの準備は整ったと見ゆうぜ」


 "熔鉄"が口にした直後、悠々と砂塵に乗って降り立ったのは……白髪に法衣を(まと)った一人の青年であった。


「あーもーあーもー、ちっとくらい減らしとけよなぁ、役立たずどもがさぁ!!」


 先頭に立つ戦帝は、やや落胆した表情を見せる。


「どうやら"神器"か……自らノコノコと姿を見せるか、ガキが」

「我が名はイオセフ。神器とを知りながらその態度、()が高いぞ平民」

「おめでたいヤツだ、威光が通じると思っているのか」


 イオセフと名乗った神器が発する態度に戦帝本人はどこ吹く風といった感じだったが、控える三騎士はビキビキと殺気立っているのが素肌を通じて伝わる。



「我が姿を見せた意味がわからないか、もう終わってるからに他ならない」


 ズズンッと全員の足元が砂へと変貌し、あっという間に膝上までが沈む。

 さらに周囲一帯に熱砂が高速で渦巻き始めたのだった。


「まったく、わずらわせてさ……とっとと死ね」


(こりゃ、ダメだな……)


 俺は既に腰まできている流砂に包まれながら、浮かんだ言葉を心中でつぶやく。

 

「闘争を何一つわかっていない、阿呆(アホウ)が」

「なぁにぃ? なんか言っ──げぎゅっ」



 次の瞬間には戦帝も三騎士も俺も流砂の縛りから脱し、戦帝に至っては勢いのままに足裏で神器イオセフの顔面へと蹴りをぶち込んでいた。


(まったく相手にならない)


 それだけで流れ渦巻いていた熱砂は動きを止め、難なく停止した砂の上に全員が着地する。


(いくら器が大きかろうと──どれだけ便利な道具や、強力な兵器があっても──それを扱うのはどこまでいっても人間(ひと)だ)

 

 本気であれば一撃で神器イオセフの首から上は粉々だったに違いないのだが、戦帝が足加減(・・・)をしていたのかイオセフはまだ生きていた。


 もしもイッパシの戦士であれば生きている限り敵を呑み込もうとしただろうし、なんなら死なばもろとも殺しにくるというもの。

 しかし根本的に彼我に戦力分析が甘く、この程度で拘束できていたと思い込んで姿を晒す凡愚には土台無理な話であった。



「あ……うぁ……おまぇ、おまえぇ……」


 神器イオセフはあっさりと集中を乱され、魔術そのものが不安定となって熱砂から脱出するまでもなく解放された。

 魔術士における基本、集中力の維持ということに修練が練られていないのだ。

 

「神器だろうと、戦場においてキサマはかよわき女子供老人と変わらん──消え失せろ」

「ヒィっ……」


 ジロリと睨みつけられ神器イオセフはこれ以上ないほどに(おび)え、戦意まであっさり喪失しているようだった。

 戦帝の言葉のままに、殺す価値すらないからこそ……奇しくもイオセフは一命を取り留めたと言える。

 

「オマエ弱イ、大人しく帰ル」

「たとえ初陣だったとして、このアリサマじゃぁもう使えそうにないわなあ」

「慈悲には従っておけ」


 動悸は激しく、体液を撒き散らしながら、おぼつく足で、のたうつように這って逃げる神器イオセフ。


(結社の依頼……まぁ身柄を確保するのは後でもいいか、それよりも──)


 三騎士もそれぞれ剣を納め、一方で俺だけが改めて敵を見定める(・・・・・・・・・)



("帝国"……戦帝、やはり強すぎる。真正面からの制覇勝利は骨が折れるどころじゃないな)


 知識としては客観的に理解していたつもりだった。

 しかし実態として認識するのはまた違った意味合いを持つ。

 戦争に舵を切った時の爆発力、総体としての国家が闘争に方向性(ベクトル)を集中させるそのヤバさ。


 世界最強の軍事国家たる所以(ゆえん)──特に戦帝自らが陣頭に立って采配を振るうとどうなるかを見せ付けられた。


(そうなるとやはり絡め手が──)



 俺は思考途中で新たな気配に前方を見つめ、心を静かに沈めていく。


「ほう、"聖騎士"か。次から次へと来たものだが、遅い到着だ」


 近付いてきたのは丸眼鏡を掛けた老齢の男。

 以前に会った時(・・・・・・・)と違って、聖騎士たる武装と隠さぬ闘気が滲み出ていた。


「まさか……こうも早く、このような形で、あなたと再会することになるとは思ってもみませんでしたよ──ベイリルくん(・・・・・・)

「……"ウルバノ"殿(どの)


 男の名を俺は呼ぶ──ジェーンが世話になった人物──"至誠の聖騎士"ウルバノその人であった。


「なんだモーガニト、知り合いか?」

「えぇ少しばかり」

「ならば言ってやれ、趨勢(すうせい)が決してから単独で出てくるなど愚かなことだとな」


「それでも退けない時がある、というものです。帝国の王よ」


 あくまで自然に、冷静に、老齢の身ながらメガネの奥にある眼光は鋭く──ウルバノの覚悟と感情を俺は感じ取るのだった。



「陛下、ここは(わたし)が──」

「なんだ、やれるのか?」


 俺は戦帝を制するように前へと進み出て、ウルバノと対峙する。


「自分がやらないといけません」

「ならば、手並を拝見させてもらおうか」


 戦帝は俺の忠誠心を試そうなどとは露ほども思ってないようで、ただどちらにしても俺が闘わねばなるまい。



(すまんな、ジェーン……)


 俺は心中で義姉へと謝罪し、魔力の遠心加速を高めていく。


 先刻までに斬り捨てられてきた大仰な者達と同様に、皇国から直接的に召集されたのだろうことは明白だった。


 つまり神器イオセフだけでなく、(なか)ば隠居していたはずの至誠の聖騎士まで引っ張りだしてしまったこと。

 その事実は、迂闊(うかつ)にもヴァルターに利用された俺に責任があると言っていい。

 手前勝手な感傷なのは重々承知。それでも戦帝や三騎士のいずれかの手に掛かるサマは見たくはなかった。



「気に病むことも遠慮することもありませんよ、ベイリルくん。お互いに立場がある、ジェーンくん(あのこ)ならそれをわかってくれるでしょう」

「それでも、こういう形になってしまったことは残念に思います」


 十字の形をそのまま伸ばしたような、やや短めでわずかな反りのある剣を(ふた)つ──その手の内に構えるウルバノ。

 いかに将軍(ジェネラル)に勝っている俺であっても、手加減できるような相手でもない。


 何よりもウルバノは命を懸けて闘争に(のぞ)んでいるということ──その強い意志と矜持(きょうじ)を──(ないがし)ろに、踏みにじることなどできはしない。



「ウルバノ殿(どの)──」

「えぇ……いきますよ」


 律儀にそう言ったウルバノは、地を這うように大地を蹴って一瞬で間合いを詰めてくる。

 同時に右手と左手にそれぞれ握った直剣が──竜の顎門を閉じるかのように──上からと下から襲い来かった。


 速く、鋭い。しかしどこか精彩を欠いているように感じたのは……やはり将軍(ジェネラル)と交戦した時の後遺症が残っているからであろうか。


 "天眼"でもって俺は斬り上げを(かわ)しながら、斬り下ろしを左手で(はじ)き、残る右腕には既に"音圧振動"を(まと)っていた。

 そして正しく、礼儀と敬愛をもって、本気の"音空波"をその心臓へと吸い込ませた。



「ッッ──ごふっ……すまないね、老体に付き合わせてしまって」


 血反吐を一つ。消え行く命の最中(さなか)にウルバノはそう絞り出す。


(ウルバノ殿(どの)、もしも貴方が五体満足であったなら……)


 そして全盛期であったなら──詮無(せんな)いことではあるが、そう考えてしまうのは致し方ないことだった。


「これでようやく……散り花を、咲かせられる。皆早くに死んでいってしまった──最期、まで……」


 その言葉に俺はウルバノの本心を垣間見(かいまみ)る。

 今でこそ温和であるが、かつては魔領軍を相手に血で血を洗うほどに暴れたという逸話を持つ聖騎士。


 孤児の保護と育成の為に余生を過ごしながらも……心のどこかでは戦場を求めていたのだろう。

 先に逝ってしまった仲間のもとへと──取り残されてしまった自分に対し、どこか負い目でもあったかのように。



「安らかに──」


 既に遺体となったその身を、俺は丁重に地面の上に横たえる。すると見下ろす形で戦帝が俺の隣に立つ。


「美事だ、モーガニトよ。これで二人も聖騎士を殺したわけだ」

「……別段、誇るつもりもありませんが」

「危なげなく勝ったことが重要なのだ、傷を負わず圧倒したその事実がな。キサマは既に高みにいる、伝家の宝刀よりもさらに上よ」

「──陛下と同じ(・・・・・)領域ということですか」

「そこまでは言わんがな。とりあえず戦後の楽しみ(・・・・・・)が増えたということだ」


 俺はゆらりと立ち上がり、戦帝の黒い瞳を真っ直ぐ受け止める。

 帝王にとってあくまで試合のつもりで言っているのだろうが、俺からすれば……あるいはそれは死闘を意味することになるかも知れないこと──



「──ん?」


 気を張りっぱなしの俺はいち早く気配に気付いて後方へと視線を移すと、戦帝も三騎士もつられて同じ方角へと向いた。

 そして高速で近付いてきた人物の正体を真っ先に察したのは、よく知っている戦帝であった。


「……シュルツ?」

「火急!」


 息せき切って帝王の前に(ひざまず)いたのは、はたして帝国軍の上級大将のシュルツであった。


「わざわざ追いついてくるとはな、一体何があった」

「はッ! それが……帝都が──帝都が()ちました」


 あまりにも突拍子のないその言葉に、誰もが思考を止めざるを得ないのだった。


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