#384 砂の檻
進むに連れて悪くなる視界──それはまさしく"神器"と呼ばれるほどの魔力によって広域展開された"熱砂"の魔術なのは疑いなかった。
「まったく不快感が強いな」
「視界のみならず鼻も利かないのは非常に厄介と言わざるを得ません」
荒野を見下ろす丘で、"戦帝"と"刃鳴り"が二人で話しているのを俺は聞き耳立てる。
「これでは軍を進ませることができん上に、おそらくさらに範囲を拡大してくるだろう。そうなれば戦術構想も大幅に変えざるを得なくなる」
「では……仕留めますか」
「ふんっ、面白味のない正面決戦となるが──それが妥当か」
(たった五人で正面決戦か……すげえガバガバな戦力計算だ)
俺はそんなことを考えるものの、実際的な戦力としては十分過ぎる一個軍であることに疑いはない。
あまりにも大雑把ではあるのだが、戦帝はそうやってこれまで常勝し続けてきたのかと思うととんでもない話なのだった。
「モーガニト──いや"空前"、どうだやれるか?」
三騎士にはいちいち問いただすまでもないのか、戦帝は俺にだけ確認を取ってくる。
「体力・魔力的な意味合いであれば問題ありません。この"熱砂塵"を打開せよ──ということであれば、以後の戦力としては数えないでいただければと」
「ほう……消耗はすれど、この暑苦しい砂をどうにかできると豪語するか」
「えぇまぁ──」
「歯切れが悪い」
「可能です、陛下」
俺としたことが萎縮というほどではないものの、ついつい謙遜が先行してしまっていた。
実力を隠しておくことも重要ではあるものの、今は戦帝にとって気に入られるような言動・行動を心掛けるべきであると。
「聞いたか三騎士たち、"空前"はできるそうだぞ?」
「陛下、さすがに煽らないでいただきたいです」
「ハッハハハハハ!!」
三騎士も適材適所なのだと理解しているだろうが、いささか複雑に感情が混じり合っているのが感じ取れる。
「さて……キサマの実力も直接見てみたいものだが、ここはオレがやる。先陣は戦争の誉れだ」
戦帝は籠手を着けていない右手の平を広げて前に出す。
(──ッ、これが帝王の魔力か)
俺は"天眼"による魔色覚でもって、その律動する魔力の量と色と濃さを認識する。
戦帝は魔導師ではない……が、ただ研ぎ澄まされた純然たる魔力は、今までに感じたことのない圧が内包されているかのようだった。
「"空前"、よく見ておけ。あれこそが帝国の頂点、戦帝その人だ」
隣に立った"刃鳴り"の言葉に、俺が頷いた瞬間──"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールは右手を掌握する。
「"鎖爆"」
遠く空間が炸裂した。一度ではなく、二度、三度──何十回と連続して爆発し続ける。
まるで爆発同士が連結するかのように、熱砂を吹き飛ばし、その爆風と轟音がこちらにも襲い掛かってくる。
しかし三騎士は当然慣れたもので"風水剣"は水球に身を包み、"熔鉄"の前には鉄の壁が、"刃鳴り"は爆風を一刀両断し、そして俺は"六重風皮膜"で受け流す。
(相変わらず凄いな……戦帝の使う"爆属"魔術)
雷属魔術と並んで、修得も難しいばかりでなく扱いも非常に難しい魔術。
インメル領会戦では遠目ばかりでなく、"折れぬ鋼の"が乱入してきてからは近くでも観察させてもらったその魔術の繊細かつ大胆な扱い方。
(俺も威力だけなら"重合窒素爆轟"で上回れるものの……あくまで単発だ)
戦帝のように瞬間的に連続・連係させることなど、それをさらに白兵戦を展開しながらも自爆せずに使えるのは……恐らく戦帝が世界で唯一であろう。
"五英傑"や"七色竜"の強度を知っている身であっても、やはり自身と比較すれば感嘆を禁じえないというものだった。
熱砂は一気に晴れ渡り、閉ざされていた道は切り拓かれ、荒野にそびえるのは古びた様相の城塞であった。
「フンッまた覆われるまえに、征くぞ──」
鼻を鳴らして戦帝は大地を蹴り、三騎士と俺もその後背より続いて駆け抜ける。
しかし想定していたよりも早くまたも砂塵が立ち込めはじめ、しかして今度は"凝縮された塊"となっていた。
膨大な砂で構成された巨大な上半身──嘆いているような顔と、振り上げられた砂の巨腕──が襲いかかる。
(おぉう、"砂の大巨人"ってか。なんか映画で似たようなの見たな……)
俺はノンキにそんなことを考えつつも、同時に分析をしていた。
質量はそれなりで速度も十分、散っていた時よりも高熱を纏う熱砂のゴーレム。
微細でまとわりつく砂の粒子をまともに喰らえば、呼吸もままならず外と内から焼かれることは必至。
「オレばかりに働かせるなよ、おまえたち」
そう"戦帝"が一言──
すると間断なく、剛剣を尻尾で持って構えた"刃鳴り"が、急制動を掛けながら一刀を振り抜き……リィィーンという独特の音が響く。
続いて"熔鉄"が鉄球と共にグルングルンと回りながら遠心力を掛け、赤熱し溶解したそれをハンマー投げのように射出した。
タイミングを合わせるように、下段から大きく"風水剣"が斬り上げると、超高速の水流が熱砂へと撃ち込まれる。
熱砂の巨人は真っ二つにされ、それぞれ右と左の半身に鉄と水が衝突し、その形を霧散させる。
(ヒューッ! 豪快。とはいえ俺も負けてらんないか)
俺はトンッと軽やかに空中を一段跳躍し、掌中で圧縮した空気を破裂させる。
空属魔術を使う俺は奇をてらう必要はなく、ただ強力な風圧を起こすだけで残留した砂塵は吹き飛ぶのだった。
「──ッと」
その瞬間であった。一本の放たれた投げ槍を、俺はあっさりと掴んで止める。
そして槍は俺だけでなく他の4人にもそれぞれ投げ込まれていて、同時に各人に対処されていた。
「おっこいしょォオ!! ダッハッハハハァ! 本当に帝王が出てきてるとはなア!!」
現れ出でたのは一人の騎士。しかして神器たる魔力は露ほどにも感じない。
背中に無数の槍を放射状に背負っているのを見るに、投擲してきた人物ということは明らかだった。
「なんでもあんたァ、"決闘"を挑めば応じてくれるんだって?」
「無礼な輩だ、まずは名乗れ」
戦帝はこういった手合いには慣れているのか、やれやれと言った様子で……三騎士も特に反応を示さない。
「教皇庁直下の異端審問官にして、お抱え"首斬り役人"──パスカリスだ」
パスカリスとやらが言い終えた刹那、爆発の音と共にその肉体が鎧ごと叩き斬られる。
「覚えるに値せんな。オレのことは知っているようだったから、こちらの名乗りは省かせてもらったぞ」
「もう聞こえてないですよ陛下、死んでますし……不意討ちでやられるとは無念でしょうに」
俺は思わず、そう帝国の頂点に突っ込んでしまっていた。
「先に槍投げてきたのはコイツだ。そも奇襲に応せずしてこの帝王と闘り合いたいなど、片腹痛し」
爆速を乗せた斬撃。
それを初見・不意討ちで反応できる人間が、一体世界にどれほどいようというものか。
しかしながらそうした価値基準を超えるだけの強度がなければ、相手にならないのもまた事実であろう。
「それに……どうやらまだ控えているようだからな」
戦帝が移した視線の先には、新たな敵影が確認できるのであった。
「"教皇庁特選隊"、上位命令に基づき異教徒へ執行を開始する──」




