#381 依頼
帝国軍に占領された街を歩く──しかして陰鬱な雰囲気はなく、むしろ帝都と似た雑多な活気があった。
(これが帝国軍のやり方……そして強さだな)
占領地であっても必要以上の略奪はせず、多種族国家らしく尊重し、"共存"することが軍全体に根付いている。
それこそが領土を拡大し続けても破綻しない大きな理由の一つであり、気性の荒い連中であっても軍規と最低限の秩序はしっかりと守るのだった。
(やはり他の国家とはモノが違う。総督府を置きつつの中央集権体制にしても、大陸最大の強国であるのが如実にあらわれている)
周辺には空中哨戒兵以外の飛行禁止令があるので、俺はマイペースに歩きながら帝国の在り方そのものを分析する。
「やあ」
「……ッ!」
──突如としてゆらりと並ぶ影があった。それは少し前に会ったばかりの人物。
「"仲介人"、こんなところにいるとはな」
「わたしはどこにでもいるよ。久しぶりというほどでもないかな、"殺し屋"」
歩む速度はそのままに、自然を装いながら揃って会話を続ける。
「接触してきたということは……」
「そうさ、日はまだ浅いけどさっそく依頼がある。"生命研究所"からだ」
「生命研究所?」
「金でもいいが、貸しでも構わないそうだ」
初めて聞く名であり、同時に気になる名称でもあった。
「内容による。その前に生命研究所は何者だ」
「わたしから教えられることは、通称名──それと何ができるか、だけだよ。たとえばキミなら"暗殺者"の名と荒事担当だということ、それ以外の素性は教えない」
(……他に情報は漏れない。しかし仲介人は全員を詳しく知っているわけだよな)
拷問・自白剤・シールフの読心の魔導──あるいはそれらの複合。
聞きだすやり方はあるものの……はたしてそれが通じるかは未知数。
バックアップの存在や、あるいは契約魔術などで何かをトリガーに自死をもたらすようなことも考えられる。
(単に一切を度外視してこいつを殺したとして──)
現在、仲介人という軸を中心として、アンブラティ結社という車輪が回っているのは確かだ。
しかし首魁の存在は謎のままで、まさか連絡役が途絶えたからって瓦解するような、あまりに脆い組織なわけもあるまい。
(となると現状は泳がせつつ信頼を積み上げ、他の結社員とも繋がりを作ってから潰す──あるいは結社そのものを吸収する、か)
短絡的な行動に走って、せっかくの機会を失することだけは避けたい。
居心地そのものは決して良いとは思えないものの、ここは我慢するしかなかった。
「──なら生命研究所は何ができる? 俺は金に困ってはいないし、借りを返してもらうなら可能なことを聞いておかないと判断しようがない」
「たとえばキミが体の一部を喪失したときに、代替を用意してくれる」
「……? つまり腕が切断されたなら腕を、足が壊死したなら足を……ということか?」
「そうだね、頭以外なら。死んでも直後までなら"どうにかがんばる"と、本人は豪語しているよ」
(……真剣に言っているのか、そんなテクノロジーを持つ人間が所属しているのか)
実際にはたしてそれが個人なのか、あるいは集団の可能性も考えられるが……いずれにしても世界は広い。
自らをキマイラ融合させた"女王屍"や、紫竜の定向進化を成し遂げた大化学者"サルヴァ・イオ"のように。
人知れぬところで研究を続けているような逸材が、まだまだ世には眠っているのだろう。
「借りっぱなしで返さないとどうなる?」
「貸している者たちから不満が募る。結社として相互扶助の精神を忘れ、不適格となれば脱けてもらう。そうなればわたしが情報を秘匿する義務は負わない。そこからは自由に想像してくれたまえ」
「なるほどな……ちなみに個人の意思で結社をやめることはできるのか?」
「貸し借りが清算されている状態であれば構わない。ただ情報秘匿に関してはわたしを信用してもらうしかなく、他にキミのことを知った結社員がいればどう動くかまではわたしも干渉する気はない」
アンブラティ結社としての輪郭がかなり見えてくる話だった。
同時に実態がほとんど見えずに、調査しても見つからないその理由についても。
「まさか"殺し屋"、入って早々気が変わって脱退したくなったのかな?」
「いや話の流れで気になっただけだ。逆の立場、"生命研究所"とやらに貸しを作ったまま勝手に逃げられても困るからな」
「よろしい。他に解消しておきたい疑問はあるかな?」
問われたなら返すまでと言わんばかりに、俺は淡々と口にする。
「それなら他の面子の名と、できることについても聞いておきたい。全員分」
「全員を? 随分とせっかちだね」
「あらかじめ聞いておけば、何かを発起する際に最初から込みで計画を立てることができる」
「合理的な考えだ。しかしキミはまだ新参者である以上、そういうわけにもいかないかな」
「それは……あんたの判断か?」
「その通り、まずは実績を作ること。生命研究所がその手始めさ」
特別警戒されている、といった雰囲気はなく――ただ単純に通過儀礼といった様子であった。
「了解した、それが流儀であれば従おう。……別に今はまだ焦ってやりたいこともない」
俺は怪しまれてないことを確認してから、ここは食い下がることなくあっさりと納得する。
実害が出るようであれば対処せざるを得ないが、現時点ではまだ見の段階にある。
「では記念すべき最初の依頼、初仕事だ」
「ちょっと待て、内容を聞いてからだ。借りがない状態で、依頼を断るのは別に構わないのだろう?」
「もちろん。ちなみに依頼内容だが、生命研究所は神器の遺体が欲しいそうだ」
「神器……」
「知ってるかい?」
「人の領域を超えし──極大魔力を貯留する器、だろう」
神族と魔族のハーフであった"魔神"、あらため財団の魔法部門の研究家エイル・ゴウン。
彼女は自らの魔導によって死したその身を動かしている紛れもない神器。
またそうした神器を人工的に作り出すべく、人体改造された不完全体が"プラタ"である。
「まさか……"大地の愛娘"じゃないだろうな、あんなの誰であっても殺しようがないぞ」
「ふふふっ、あいにくと彼女は"神器"ではない。そんなものすら超越した存在だ。神器と呼ばれる者は別にいる──教皇庁の隠し駒としてね」
教皇庁──皇国最大宗派の初代神王ケイルヴを信奉する、国内の宗教組織および施設を統括している総本山。
「そいつの具体的な情報は? 手引きや協力はあるのか?」
「ははっ、なにせ隠し駒だからね、情報はほとんどない。それにあくまでキミ個人への依頼だから、手引きもない」
「随分と難題に聞こえるが」
「ただ方法は問わないそうだ。それと神器が途中で暴走しても困るから、生きているのが望ましいが死体でも構わないと最初から条件を付けている」
「なるほど──だが皇国にいると言っても、見てわかる通り戦争中だ。そこまで自由に動けるってわけじゃあないが」
「急務ではないから安心してほしい。ただ機会があれば、ぜひとも遂行して欲しいものだね」
「……わかった。実際にやれるかはともかくとして気に留めておく」
他にも色々と聞きたいこともあったが、戦帝がいるであろう周囲が陣立てされた屋敷が近付いてきたので、いつまでも並び歩きながら喋り続けるのはいかにも怪しい。
それは仲介人も察したところのようで、歩幅を狭めながらあっさりと別れる。
「それじゃ"殺し屋"、また会おう」
「最後に一つだけ。何か頼みたいことがあって、仲介人に連絡を取りたいと思ったらどうすればいいんだ?」
「あーそういえばまだ説明してなかったね、失礼失礼忘れていたよ」
すると仲介人はゴソゴソと懐から、小さい革袋を取り出した。
「専用の芳香薬だ。手紙は付けず……ただどこからでもいいから"使いツバメ"を飛ばしてくれればいい。そうすればわたしから会いに行く」
その言葉を最後に仲介人は離れ、俺は彼女の残り香を強化嗅覚で追いつつ……受け取った革袋をウェストバッグへとしまうのだった。




