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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第二部 人脈つなぎし箱庭実験 1章「青春コネクション」
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#29 学苑案内


 管理事務棟にて入学手続きを終え、姉兄妹と別れた俺は、ひとまず数日ほど先んじて入学し"調理科"で励んでいたクロアーネに会いに行った。


 "戦技部"と"魔術部"以外の有象無象の学科は、全て"専門部"として集約されている。

 それゆえに講義もかなり自由裁量が与えられていて、クロアーネは早めに入学していた。

 

 俺に対しては邪険気味な対応だったが、最低限の礼儀を心得ている彼女は学生としてちゃんとやれているようだった。


 

「んん……イケるなこれ」


 彼女から"署名"を貰ったことで、部活(サークル)設立の為の5人の署名を連ねた書類は揃った。

 ついでに貰ったサンドイッチをベンチに座って頬張りながら、専門部校舎を眺める。


 専門部の敷地はことのほか広く、また学科棟も小さいながらも数は多かった。


(探すの手間取ってもう昼だもんなあ……)


 だからこそ、この昼食にありつけたとも言えるのだが……。

 なんにせよ女の子の美味しい手料理というものは、とても良いものである。



「あん時はなんやかんや言ってたのに、今はふっつーに楽しんでんじゃねぇのか」


 いつぞやの地下へ口説きに行った時を思い出しながら、俺はつい笑ってしまう。

 クロアーネを見た感じ……既に先輩と同級生と共に研鑽に(つと)め、馴染んでいるように見えた。


 今までが闘争一辺倒だっただけなのか、何か打ち込めるものができるというのは幸せなことだ。

 俺への態度は相変わらずだったが、それでも幾分か(かど)が取れて丸くなったように思える。



(ごちそうさまでしたっと)


 心中で感謝の意を示して手を合わせる。量的に言えば物足りなさも残るが、満足感は高かった。


 今すぐ返却しに行ってもいいのだが……せっかくだから明日の昼にしよう。

 そうすればまた明日もありつけるかも知れない、という打算と共に。


 近い内に地球の料理も頼んでみようかと考えつつ立ち上がる──

 そんな矢先に眼前を阻まれてしまい、俺は座った姿勢のまま見上げた。



「こんにちは」


 光の中で踊るような混じりっ気なしの美しい金髪。

 さながら一つの完成された彫刻のようなスタイルラインを備えている。

 その女性は両の翠眼を細めて、慈しむような笑顔を浮かべていた。


 既視感を覚える、俺がかつて見たことあるもの……。

 見目麗しく尖った耳を持つその種族は──母と同じ(・・・・)"純血のエルフ"だった。



「どうも……はじめまして」


 俺は子供の頃の懐かしさと共にわずかに気圧されつつも、挨拶を返す。


「はい、はじめまして。私は"ルテシア"と申します、お時間よろしいですか? ベイリルさん(・・・・・・)


 まだ名乗ってないのに新入生であるベイリル(こちら)の名前を知っている。

 たかだか学苑生活なのだが、妙な警戒心を抱いてしまう。


 少なくとも教師ではないことは、一目瞭然であった。肩口に付いている校章は生徒であることを示している。

 新入生である俺が付けているのは"白色"で縁取(ふちど)られていているもの。



("黄色"は何年だったっけか……)


 俺はどこかに書いてあった在籍年数ごとの振り分けを思い出そうとする。

 ただそれでわかるのは何年ここにいるのかであって、エルフ種の実年頃は推察しかねる。


「構えなくて結構ですよ、私は"自治会"です」

「あーなるほど、納得です」


 (いぶか)しんだ俺を見て察したのか、ルテシアという名のエルフはその身分をあっさりと明かした。

 学苑では自主独立の精神に則って、生徒に自治も任せているのだとか。


 いわゆる生徒会と風紀委員を合わせたような立場であれば、新入生のチェックするくらいはそう難しくないのだろう。

 ただしわざわざ個別接触を取ってきたのは()せなかった。



「それで……どのような用向きで? ルテシア先輩」

「まぁまぁそう焦らず、自治会室でお茶でもどうですか?」

「──ですね、どのみち今日中にはこちらから行く予定だったので丁度いいかもです」

「あら、そうでしたか。もしかして自治会に入りたいとか」


「いえ、部の申請と許可を──」

「部活ですか、新入生なのに気がお早いことですね」


 その発せられた抑揚(よくよう)に、俺はわずかに感じ入るところがあった。

 しかしあえて突っ込むことも躊躇(ためら)われ、逡巡(しゅんじゅん)している内にルテシアにうながされる。


「では参りましょうか、ご案内します」


 スッと差し出された手を取り、俺はベンチから立ち上がる。



 自治会──それ自体に所属するのも案外悪くはないのかも知れない。

 生徒会執行部的なものは、フィクション学園生活の王道の一つ。

 これだけ広い学苑を色々と取り仕切ったりすることは、悪くない経験にはなろう。


(しかし"文明回華"への道には積もることは山ほどある)


 自治会活動をしながら回し切れるとは思えないので、青春人生からは除外することにしよう。


「少々お待ちくださいね」


 そう言うとルテシアは大きめの指笛をピュイッと一度だけ吹く。



 すると十数秒後には上空より飛来した巨大な影が、振動と共に目の前に着陸していた。

 (わし)のような頭と翼を持った四足獣──驚きと共に俺はその魔物の名を口にする。


「"グリフォン"──」

「自治会だけに許された移動用魔物です」


 ルテシアはその場から助走をつけずに跳び移り、ちょいちょいと手招きをする。

 俺はフッと一度だけ笑ってから、物怖じすることなく跳び乗った。

 確かに学苑はとてつもなく広く、手早く回して執務をこなすのであれば、空中を移動するのが効率的である。

 魔術で飛行できる者は限られるし、これなら多少なりと積載もできて疲労することもない。



 グリフォンは数度羽ばたくと、二人分の重さもなんのそのと上空へあっという間に舞い上がった。

 これだけの巨体を動かすのは、動物や魔物も魔力の恩恵によって肉体が強化されているからに他ならない。


「せっかくですから真っ直ぐ向かうより、少し見て回りましょうか。新入初日ですしね」


 鳥瞰(ちょうかん)するとこの魔獣の上の学苑──その広さがが浮き彫りになる。

 本当に亀なんだなと認識させられると同時に、その甲羅に背負った山・森・河・湖の大自然が美事に調和していた。

 地球でも超が3つはつく富豪が、リアルジオラマでも作ろうとしたらこんな感じになるのかと考える。


 

「素晴らしい景色でしょう? 鳥人族やよっぽど卓越した魔術士でないとなかなか見る機会ないですから」

「確かに、言葉もありません」


 異世界の風景を堪能する……と言っても、地球にもこうした大自然の素晴らしさは多くあったろう。


(人の一生では、自家用ジェット機とヘリを乗り回すような富豪でなきゃ寿命が尽きるまでに巡りきるなんて難しいだろうが──)


 長命を誇るエルフ種の半分の血を継ぐ俺なら、世界旅行をしても多分お釣りがくるだろう。



「続いて学苑のほうもご説明しましょうか、ベイリルさん」

「よろしくお願いします、先輩」


 俺の言葉にルテシアは満足気にうなずくと、グリフォンの背中を何度か一定のリズムで叩く。

 するとグリフォンは大きく旋回するような軌道を取った。


「まず先ほどまでいた専門部エリアですね。学苑西にあって各学科棟が非常に多く並んでいて様々なことが学べます」

「なんか……もったいないですね」

「どういうことでしょう?」

「いえね、ただもっと大きく取り扱ってもいい学科もあるだろうなって」


「興味深い意見ですが……需要と供給がありますからね」


 俺はルテシアの──異世界人の標準的な価値観を聞きながら考える。


 教育機関があると言っても、異世界が闘争と魔術の歴史で語られる以上、専門部の扱いはこれでも優遇されていると言えよう。

 入学前にも調べたのだが……持て余している有用な学科が多くあるのが非常に悩ましい部分であった。

 そういうのに(ちから)を入れていけばもっと文化的にも進歩していただろうに……と。


 単純に異世界の常識や観念からすると、重要視されずに日陰に甘んじているのだ。

 世界規模で見たら、停滞している分野はかなりの数にのぼるように思える。



「山側にある無骨で飾り気のないのが、戦技部本舎──それぞれ"冒険科"と"兵術科"ですね。冒険科は街道沿いの都市にある冒険者ギルドから余った依頼を定期的に受けます。

 兵術科は同じく街道沿いにいくつも作られた、広域演習場を使用しての大規模な実践科目を(おこな)い、軍人希望は魔術部と並行して所属している者も少なくありません」


「戦技部は学内でも最大規模だそうですね」

「己が身一つで駆け上がることのできる、魅力的な手に職です」


 魔術士や魔力強化戦士それ自体が、闘争においてこの上ない強力な兵器である。

 冒険や軍事という要素(ファクター)が、異世界でどれほど需要があるのかが(かんが)みられるというものだった。



「貴方も恵まれし者でなおかつ努力を(おこた)らなければ──私と同じく英雄講義を受けられるかも知れませんね」

「英雄講義?」

「戦技部の中でも特に成績優秀者で、担当教師に直々に選抜された者のみが受けられます。特に単独(・・)での戦い方や生存術、個々に合った(ちから)の伸ばし方を学ぶことができます」

「ルテシア先輩って実はかなり凄いんですね」


「自負はありますよ」


 ニッコリと笑う女性は、いわゆる超エリートであるようだった。

 流動的なものの平均して2000人近い生徒数を(よう)する学苑の、最上位から両手の指で数えられるほうが早い優秀者。


 自治会に所属する人物としても、きっとこれ以上ないほどの傑物なのだろう。

 眉目秀麗・文武両道の手本となるべきエルフのようだった。



「もしかしてルテシア先輩って……自治会長だったりします?」

「いいえわたくしは副会長です。自治会長はもうすぐ会えますので。それと会長は魔導講義を受けられている身です」

「"魔導"──魔術よりもさらに上の領域の講義もあるんですか」

「はい、魔導師自らが講師を務めていらっしゃいます。どのような魔導かは存じませんが、かなり昔からいるそうで──」

「本物の魔導師……」


 ゲイル・オーラム(いわ)く「特に必要性を感じたこともないし面倒だから」という理由で、彼でも魔導は修得していない。

 俺の魔術(とっておき)をあっさりと模倣(コピー)した天才をして、魔導とはかくあるものなのであろう。


「ひとたび魔導師まで登り詰めた方は、他人になど見向きもしないことが多いそうですが……数少ない例外ですね」

「両方とも捨てがたいです」

「ふふっなかなか言いますね? でも新入生ならそれくらいの気概があってとてもよろしいことです。ちなみにあちらが魔術部本舎で、周囲に四つ並んだ塔が魔術科棟になります」



 俺とルテシアを乗せたグリフォンは、学苑東部の魔術部エリアも回ると、最後に中央本校舎の屋上へ向かってグリフォンは緩やかに滑空していく。

 そこは自治会の専用スペース兼グリフォンの飼育場所なのか、小屋があるだけで他には誰もいないようであった。


「到着しました。ここからは自治会室へ直通です、さぁどうぞ」


 ルテシアに後ろについて俺は共に歩を進めていく。


 妙な敵地(アウェイ)感とでも言うべきか、形容し難い緊張と共に俺は招かれて扉をくぐったのだった。


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