#02-2 小さな争い
「まったく言いたいことがあるのなら、はっきりと口で言いたまえッ!」
俺とフラウが声の出所へと駆け付けると、そこには木を背にした1人の少女が、3人の少年に囲まれている姿があった。
理由はわからないが、とにかく絡まれている状況だけは視界と聴覚に入ってくる。
(子供同士の諍いか、まっイジメくらいなら問題は無さそうだな)
俺は冷静に状況を分析して、さしあたっては暗い桃色髪でそばかすの残る少女を味方することに決める。
「あー……ちょっといいかな」
「むっ、誰だ!? ほう、半人か君たちは」
先刻から声を荒らげているリーダー格の少年と、それに付き従うように両脇を固める二人の少年。
特にリーダー格と思しき少年は、背丈も良く3~5歳は年上のようだった。
「それはあんたもだろう?」
そう言って俺は自分の耳をチョンチョンッと指で叩き、相手も同じような耳であることを示す。
「一緒にするな。同じエルフ種でも、私は世界で最も高貴な種族──"ハイエルフ"だ」
やや色素の薄い美しい金髪を伸ばし、俺よりもやや尖った上向きの長耳に、陽光で黄金色に輝く双瞳。
容姿にも非常に恵まれ、美少年と言って差し支えない艶のようなものまで感じられる。
「へぇ、はじめて見た」
世界中に住む人型の種族は、まず"神族"と呼ばれる者達より始まった。
その一部から"魔族"と"魔物"が生まれ、次に"人族"へと変化した。
その過程で"亜人種"であるエルフや、"獣人種"や"魚人種"に分類される進化を遂げていった。
そしてエルフが人族と交わればハーフエルフ、魔族と交わればダークエルフとなり、神族と交わった場合はハイエルフと呼ばれる。
形質が必ず継承されるとも限らないのでハイエルフは特に希少な存在であり、確かに種族としては最上位に位置するくらいの能力を持っているらしかった。
「のんきな……だがまあいいだろう、これもついでだ。私は半人だろうと差別するつもりはない」
「差別しない、だって? だったら一体全体どうしてくれるってェのかな」
ジロリと眼光を鋭く睨まれたところで、フラウが俺の後ろから前へ出ようとするのを押し止める。
「ベイリルはあーしが守る!」
「ありがとう、フラウ。だけど今はまだ下がっていてくれ」
「おっと、誤解をさせてしまったよ──ぅだゴォあ!?」
すると話している途中で突然、目の前の少年の体がよろめいて倒れる。
「"スィリクス"さま!?」
「てめっ、調子に乗るなよ"ラディーア"ぁあ!」
取り巻きの片一方──多分ドワーフ族と思われる少年が、リーダー格であるハイエルフの名を呼ぶ。
さらにもう一人の腰巾着──特徴がないのでおそらく人族の少年が、頭に小さな二本角を生やした鬼人族の少女の名を叫んだ。
ラディーアと言うらしい少女は、背を向けていたスィリクスとやらの首裏に、なんと不意打ちで蹴りをかましたのだった。
「くっ……だ・か・ら! 暴力ではなくその口で言いたまえ!! こちらが穏便に話しているというのになんなんだ!?」
「……」
俺は半眼無言でスィリクスの言葉から察する。
どうやら既に先んじて一度、彼女の方から肉体言語で訴えた様子のようだった。
さらには俺と話している最中に、背後からの奇襲で延髄斬りを見舞う始末。
するとラディーアは倒れたスィリクスの上に馬乗りになる。
「うるさい。ジャマ。むかつく。関わらないで」
「っぐぅううぉおおぁああ」
同じ年くらいだろうラディーアは子供ながらに、鬼人族として優れた膂力を備えた拳を握る。
それをマウントポジションから淡々と、必要最小限の言葉と共にスィリクスへと突き刺していく。
(オイオイオイオイ……とはいえ、さすがに体格差がありすぎるか)
ラディーアの小さな体躯はスィリクスにすぐに跳ね除けられ、すぐに取り巻き二人に地面へと押さえ付けられる。
それでも体重をかけてようやく抑えているといった感じである。
「まぁまぁお互いに暴力はやめよう」
「ぬっ……うむ、どうやらキミは道理というものを弁えているようだな。だがもう彼女に関しては対話の段階を過ぎている」
立ち上がってパッパッと服についた汚れをはたいているスィリクスは、再び俺とフラウに相対する。
「暴力という野蛮な手段は最後であるべきだ、なあ?」
「同感。対話ができることこそ獣や虫と違うところだ」
「ふっ、ふふっふふふはははっはははははっはははははははッッ!! まったくもってそのとおり。であれば、君たちも私に仕えたまえ」
「……は?」
前後の会話の流れが吹き飛んだ気がして、俺は間の抜けた疑問符を漏らす。
「言っただろう、半人であっても差別をするつもりはないと。私はいずれ人々を率い、国を興し、世界を統治するつもりだ。その栄誉を共に分かち合おうではないか」
「はぁ……なるほど」
俺は気の無い返事でもって答える。随分とご大層な野望を語るもんだと。
「手始めに、若者らを全員従える。そうしていずれ、君たちも力を持ったところで、次に大人たちへと働きかける」
(……この集落が、まずは最初の箱庭ってわけか)
「都市、地方、国家、世界……少しずつ拡大していく。半人であれば500年ほどは生きるだろう、一生涯を懸けて私を支えたまえ」
「随分と、遠大な計画だこと」
「寿命なきハイエルフとして生まれた私の使命と心得る。たしかベイリル……と言ったか。君の能力次第でもあるが、今なら古株として将来的に取り立ててやれる」
まだまだガキの妄想、と切って捨てるには長命を生かした地道なヴィジョンがあるようで……そこは少しばかり感心する。
「まっそれはそれで面白いとは思う。が、丁重に断らせてもらおう」
「あいにくと、そういうわけにはいかない。私の往く道に、ただの一つも挫折があってはならない」
「そうは言ってもだな、路傍の石っころに蹴躓くことだってあるだろうさ」
「……実に惜しいな。まだこんなにも小さいのに、私の言葉をちゃんと理解している聡明な君を──」
「ぶん殴って理解らせるか?」
「すまないがそうなる。私は暴力の必要性を否定しない。キレイゴトだけで世界は回るまい?」
スィリクスの胸元にも満たない俺は、見下ろされながら露骨に反抗的な表情を見せる。
「そうやって、そっちの鬼人族の子にも迫ったわけか」
「いや、勧誘をしただけで警告よりも先に腹を殴られた」
「……うん、そっか」
どこか納得をしながら、俺は背中に紐でくくりつけていた本を解く。
それをリフティングの要領で後ろ足で蹴り上げると、スィリクスの視線が上空へと吸い寄せられる。
「なっ──ぶぐぉはァああッ!?」
単純なフェイントに引っかかったスィリクスの顔面を、俺は勢いよく蹴り抜く。
鼻血を噴出させながら仰け反って倒れるのを拒否したところに、きっちり連係したフラウの左ボディブローが水月へと突き込まれた。
「のごっ……ふゥぐぅぅぅ」
体がくの字に折れ曲がり、スィリクスはそのまま地面に膝をつく。
いかにできあがってない子供の肉体とて、相手もまだ少年の域を出ず、急所に叩き込まれれば当然の結果だった。
「残念無念、でも"原石"ですっ転んだと思えば、そう悔いることでもないんじゃないかな」
体に羽が生えたように軽い心地、特に緊張や恐れも感じない。
それは活力に満ちた子供だからか、それとも異世界種族の肉体規格ゆえか、あるいはその両方か。
「まぁなんだ、スィリクスさん。今後は無理強いをせず、あんたを慕ってくれる人達だけで──」
「風よ!」
スィリクスが叫ぶ、次の瞬間に発生した強風によって俺とフラウは吹き飛ばされるのだった。