#379 誘い
"斜塔"内の一室にて、俺は先だって割って入って来た謎の女を迎えていた。
対面に座る女は、用意されたお茶を一口含む。
「人払いは済んでいる」
俺は淡々とそう告げ、お茶が彼女の喉を通りきったのを見計らってから奇襲を仕掛けるように口にした。
「それで──"アンブラティ結社"の人間が俺に何の用だ」
「へぇ……」
女はカップをテーブルに置くと、わずかに瞳を見開いて驚いた様子を見せる。
「なんともまぁ、我々のことを知っているばかりでなく。わたしが構成員であることまで見抜いているとは」
「状況証拠を統合したのと、半分はカマ掛けさ」
相手の正体については的中したものの……まさか結社の方から先に接触されるとは、大いに不意討ちを喰らった気分は否めない。
「ならば話は早い。が、どうやって我々のこと知ったのかまず聞いてもいいかな?」
「……最初はインメル領会戦で、作為的な形跡が見られたことから始まった。それと……既に知られているようだから言うが、将軍からも少し聞いた」
"竜越貴人"アイトエルから聞いたことは当然伏せた。
また"脚本家"の死についても沈黙を保つ。
「彼からは具体的にどんなことを?」
「それは──その前に……どう尋ねたもんかな」
「あぁ、キミが"将軍"を殺したことは知っている。彼は結社に属する一人だったが、別にそれを咎めるつもりはない」
「なら俺も問い返させてもらうが……どうやって俺の情報を調べた? なぜ大監獄や将軍を殺したことまで知っている」
「断片的な情報を繋ぎ合わせ、長年の知識と経験から推定し、それを前提に裏付けを取るだけさ。それと魔領に"お喋りな友達"がいたので、こちらも助かった」
(魔領……"レド"か、喋ったのは。まったく……)
自由奔放な彼女ならば、聞かれれば素直に答えたとしても不思議はなかった。
そんな気性を知りながらも口止めを忘れた俺に非があり、悪気なく喋ったであろうレドを責めることはできない。
(いやむしろ──僥倖なのか)
降って湧いたキッカケ、渡りに舟。
今まで掴めなかった糸口、を向こうから尻尾を差し出してくれたのだ。
「とすると、あんたが"仲介人"か」
「我が呼び名まで……将軍が喋ったのかな」
「あぁ、神族殺しのことや"掃除人"ってのがいることも聞いた。最初は"模倣犯"とやらに間違えられた」
「はははっ彼はあれで寡黙に見えて、かなりお喋りだったからな。しかし部外者に必要以上に話したならば、本来それは殺す相手となるのだが──キミは生きている」
「運が良かった、それと実力だ」
「ふふっ、実力よりもまず運が先に立つか。そういうキミだからこそ、結社に誘いにきたんだ」
「誘う、それが本題か」
俺はあえて不満気を表情に出し、相手との交渉を試みる。
「不服かな?」
「アンブラティ結社に、今のところいい思い出が無いものでね」
「勘違いしないでもらいたいのだが、結社には社会悪といった信条はない」
「しかしインメル領会戦を画策したのは事実なんだろう?」
「結果的にそうするのが都合が良かった、というだけだ。我々はあくまで相互扶助組織に過ぎない」
「……?」
「誰か一人がやりたいことを提起し、そこに乗じて一人一人が利益を見出す──突き詰めればそれだけなのさ」
「戦争もその一つ、ということか」
「結果的にそれが最も効率が良いのであればそうなる。主導する者次第だ」
「ヴァルターも結社員なのか?」
「彼の矜持と立場は、結社と共にすることを許しはしないよ」
「そうか……」
俺はしばし考える様子を見せてから、律儀に言葉を待っている仲介人へ口を開く。
「──仮に俺が結社に入ったならば、議題を提起してもいいわけか」
「議題を提起、というのはいささか違う。全てわたしを介して伝達は行われるからね」
「……別に集まるわけではないのか」
「もちろんそれぞれの仕事の中で結社員同士がかち合うこともあるが、まったく会わずお互いに名前だけしか知らないのも珍しくはない」
それはつまるところ、まとめて一網打尽にすることはできないということである。
(一体何者なんだ、仲介人は……)
たった一人で全員に渡りをつけるなどという無茶を、これまでやってきたような口振り。
「単独で達成困難とあれば、支援を受けることもできる。"幇助家"が価値を見出せば投資をしてくれよう。"交換人"に頼めば大概のモノを調達してくれるハズだ」
知らぬ名前が飛び出してきて、俺は情報整理に追われつつ……仲介人はさらに続ける。
「あとは"脚本家"が計画立案を代行してくれたのだが、今は連絡がつかない状態だ」
(……アイトエルが殺し、俺が死体を灰にしたからな。流石にそこまでは知られてはいないか)
相当な情報通ではあるのだが、なんでも知っているわけではないようだった。
「そうそう、それと──個人的な借りを作ることで頼んだり、あるいは作った貸しを返してもらうことで協力を得ることもできる」
「……あんたの仲介も、貸しになるわけか」
「いやそこは気にしないでくれていい。わたしは好きでやっているだけだ」
「そうか、さしあたって将軍は貸し借りによって動いていたわけだな」
「彼は貸しを作るばかりで、自らそれを使うことがほとんどないまま死んでしまったがね。だから適度に使うことをオススメする」
内部事情がかなりわかってきたが、俺は一つ気になることを彼女へとぶつける。
「ところで、結社には長がいない組織なのか? それともまさかお前が──」
「いやわたしは違うよ、創始者にして首魁はいる。とはいえ滅多に表に出てくることがなくなった……わたしも随分と会ってないくらいでね。でも死んでいることは考えられない」
気になる物言いを俺は胸にしまいつつ、さらに突っ込んでいく。
「その首魁に借りを作ることは?」
「頼むのは構わないが、断られるだろうね」
(……いきなりボスを殺るのは無理か、いやそもそも聞く限り結社の中心は──)
この仲介人を軸に回る車輪とも言える。
しかして先に彼女を殺してしまっては、他の結社員に辿り着く方法がなくなってしまうジレンマ。
「そんなことを聞くということは、前向きに考えてくれていると受け取っていいのかな?」
「今少し、悩んでいる」
(そもそもだ、仲介人が殺せる存在なのかというのも疑問が残る──)
記憶を辿ると……同じように勧誘されたらしい"血文字"は、仲介人を殺したと確かにこの耳で聞いた。
あの快楽殺人鬼が、よもや殺しを見誤るとも思えない。
彼女自身の言葉の端々からも、何かカラクリがあるのはまず間違いない。
(虎穴に入らずんば……か)
ワーム迷宮を制覇しなければ幼灰竜を得ることは叶わなかったように──
インメル領会戦に多くを投資して、サイジック領を得たように──リターンを得るにはリスクが必要だ。
今さらアンブラティ結社と相容れられるとは思ってない。
しかし現段階の情報でも底が見えず、敵対するにはあまりにも不確定要素が多すぎる。
「あくまで俺が個人としてのみ、結社に参加するのは許されるか?」
「それはキミが属する財団は、別モノとして考えるということかな?」
「あぁ、他を巻き込んで波及させたくはない」
「構わないよ。他の結社員の中にも大きな組織を有する者がいるが、本来持っている立場や職責とは関係のないところで──あくまで趣味や仕事としてやっている」
(これも、巡り合わせだな)
アンブラティ結社の懐深くに潜り込んで、獅子身中の虫となる──根を張って逆にその養分を吸い尽くすやり口。
内部から情報を集め、蚕食し、崩壊させる──俺自身を贄とする一手。
「それに元々キミを誘ったのは将軍の代わりとしてだ。期待しているのはその武力さ」
「武力ね──わかった、入らせてもらおう」
俺は決断し、選択する。
「そうっこなきゃ。それじゃあキミの通称名はどうしようか、希望がなければわたしのほうで名付けよう」
「……"調整人"とか」
「調整? わたしと被りがちな名だ。それにキミの役割からするとあまりそぐわないな。他の者にもわかりやすいのをオススメする」
「なら単純に"殺し屋"でいいさ、そこまでこだわることじゃあない。これも誰かと被っていそうだが」
「いや、いないよ。もちろん仕事として殺しを請け負う者もいるが……専門とする者はいない」
仲介人は、ゆったりとした動作で両腕を広げる。
「ようこそ"殺し屋"──我らがアンブラティ結社へ」




