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#378 影の王子


(クソっが……思い出したくもないことを、思い出させられたじゃねえか)


 前世でのことなど忘れるほどにこの世界で生きていたというのに、あの男──ベイリル・モーガニトによって急激に引き戻された気分であった。


 ここへ転生してくる以前は、比較的裕福な家庭で産まれた。

 しかし先天的な病気を(かか)えていて、ある程度の年を経るまで病院と往復する毎日であり、時に長期入院も()いられた。

 それでも何とか努力し続け、人並の生活を送れるだけの大人にはなれた。


 しかし手ひどく裏切られ、利用され、どんどんと転落していった。

 ひどくつまらない人生だった。幼い頃から大して良いことがなかった、最期は世を恨んで結果的に(・・・・)自ら命を()ったようなものだった。


 そして──異世界の大陸最大たる軍事国家の王族として──新たな(せい)を受けていた。


 

(まさかオレ様の他にもいるなんてな)


 "転生者"──歴史上には何人かそれっぽいのがいたようだが……極々稀(ごくごくまれ)な出現であって、ダダ被りするなどとは思ってもみなかった。

 自分だけが特別だと思っていたのに、同じ恩恵を受けた者がいるかと思うと……どうにも(しゃく)にさわるというもの。


()ッ……」


 夜闇にわずかに揺らぐ、影から影へ飛び移るように移動し続ける。

 殴られた顔面は(きし)むように、頭はズグズグと(にぶ)く痛む。

 動悸が治まらない心臓へと右手を()わす……皮膚よりもやや隆起した出っ張りが、硬くも柔らかくもない不思議な弾力を返してくる。


 "魔導具・影血"──心臓に打ち込んで契約するタイプの魔導具であり、誰が作ったものなのか出自不明の逸品。

 心臓から血液を通して()を同化・固定化することで、質量を持たせて自由自在に操るという異能としか呼べない(ちから)


 世に数ある魔導具の中でも、適合しなければそのまま心臓を貫かれて即死に繋がるというキワモノ。

 ゆえに誰も扱えることなく、使おうとすら気すらなく、長年の(あいだ)──王城の"禁具庫"にしまわれていたものだった。



(オレ様は勝つ、勝ち続けるんだ──あの日から、ずっと……)


 転生者だったことを利用し、幼少期から調子に乗って神童として持て(はや)された。

 だから……目を付けられた(・・・・・・・)。長姉"エルネスタ"と、長兄"ランプレヒト"の策謀。

 いずれきたる王位継承のことを考えれば、子供の内に始末しておくのは実に合理的だ。


 生意気で知恵の回る子供は、好奇心から禁具庫に入り込み……たまたま見つけた影の魔導具を、自らの心臓に刺したが適合せず、(あわ)れ死んでしまった。

 単純でありがち、それゆえに自然な筋書きであった。しかし幼くも緻密(ちみつ)に練り上げた長姉と長兄の策謀は、はたしてたった一つの誤算によって狂わされる。


 "影血"の適合者が生まれた日──眠らされた状態で心臓を打ち貫いた影の(くびき)は、癒着するように融合し、己に影の魔導を与えるに至った。



(あん時のあいつらの表情(かお)ったら無かったぜ。おかげで普通の魔術はほとんど使えねえが……補って余りあるってもんだ)


 それから──暴力に屈することが決してないよう──魔導具操者(そうしゃ)として練り上げ続けた。

 "影血"もそれに(こた)えてくれるかのように、己の想像力に付随する形で多彩に強化されていった。


 同時にあの出来事を契機に出しゃばらないことを学び──大人しく(ちから)()め、(たくわ)え、温存してきた。

 ()を殺してきたわけではなく……ただ、本心を悟らせない。

 享楽的(きょうらくてき)で刹那的な愚物として映ってくれるよう立ち回ってきた。



「オレ様はもう二度と利用されたりはしねえ、いつだってオレ様が利用する(がわ)に立つ」


 はっきりと声に出して意志を込める。

 二度目の人生だからこそ……次がまたあるとは限らないからこそ、今度こそ(いだ)いた野望は成就させる。


(まっベイリル(あのやろう)は後回しだ。それに結局(ろう)したものの……大目的(・・・)のほうは果たされたしな)


 すなわち聖騎士の処理。この(コマ)がいるかいないかで、今後の動向が大きく変わってくる。

 万丈の聖騎士が死んだことで、帝国側が引っ掻き回される可能性は大いに減り、皇国側はまた一手追い詰められたことになる。


(ヤツが転生者じゃなきゃ、イロイロと使い(みち)があったってのに……)


 あまり認めたくはないが──率直に強かった。

 血族たる己に負けないくらい、エルフという恵まれた種族で相応の練磨を重ねたということなのだ。



 苦虫を噛み潰すように忌々(いまいま)しく思っていたその時、見知ったる人間が現れて足を止める。


(わか)──」

「戻ったか、"ヘレナ"」


 近衛騎士の手から小さな"影の欠片"を回収すると、ヘレナは目を細めて心配そうに聞いてくる。


「大丈夫ですか? お怪我をされているようですが……」

ちょっとした(・・・・・・)小競(こぜ)り合いだ、大したことはねえ」


 鼻血は既に止まっているし、顔面も痛むものの支障はない。

 血族が持つ頑健な肉体に生まれたこと──これだけは手放(てばな)しで喜べる数少ない素養であった。


「それよりもオマエが戻ったということは、準備が整ったわけだな?」

「はい、残りはハンスがつつがなく進めます……もう()もなくです」


 するとヘレナはわずかに息を深めに吸って、静かにゆっくりと吐き出していく。


「緊張しているのか?」

「……それはもう、我々全員の進退(これから)が掛かっているわけですから」

「失敗したら全員で逃げりゃいい。もっともそんなことはありえんがな」

「はい、ありえません」


 自信に満ちた力強(ちからづよ)い言葉だったが、それは同時に自身に言い聞かせているようでもあった。



「ところで……──アイツ(・・・)の保護は完璧か?」

「"ラヌア家のご息女"に関しては万全を期してあります、ご安心ください」

「そうか、ならいい。こんなクソくだらねえ争いに巻き込みたかねえし、誰かしらクズ野郎に利用されたくもねえからな」


「周囲からは形だけの"許婚(いいなずけ)"としか映っていないので、特に問題はないかと思いますが……」

「それでも"備えあれば(うれ)いなし"、つってな。オレ様でも今回はさすがに気を抜けねえし、ここぞって時に(にぶ)るわけにはいかねえんだよ」


 今まで(あざむ)き、耐え忍んで積み上げてきたものの総決算──国を踏み台にして駆け上がる大舞台。



「ビルギット・ラヌアさまは、幸せ者ですね。(わか)にこれほど想われる女性は、他にいらっしゃいません」

「……言っとくが、おまえの気持ちを嬉しく思わないわけじゃあねえ。ただ──」


「言っておきますが、(わか)。わたしが(わか)懸想(けそう)していたのは遠い昔の話です。今はなんとも思っていませんし、あの頃もほとんど憧れに近いものでした」

「ッッ──なら(まぎ)らわしい言い方すんじゃねえ!」

「失礼しました」


 お互いに立場をわきまえつつも、気の置けない関係として確かな絆を感じている。

 幼少期から近衛として付き従うヘレナとハンスは、兄妹も同然の間柄である。



「ケッ……おまえは誰かイイ奴ぁいないのかよ」

「今回の戦争(いくさ)が片付いたら探したいと思っています。その時はお暇を少しいただけるでしょうか」

「落ち着いたら、な。それまでは黙ってついてこい、必要とあらば命を賭す覚悟でな」

「御意のままに」


 まだ"本当の戦争"は始まっていない。

 しかして恐れることもない、そのような杞憂(きゆう)を吹き飛ばせるほどに心身には(みなぎ)る血潮が流れているのであった。



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