#375 転生者 III
「ヴァルター殿下、やはり貴方も"転生者"だったんですね」
「はンッ! やはりってのはどういう意味だ?」
拍子抜けするほどに実にあっさりとした相互曝露。俺はひとまずヴァルターからの疑問を解消する。
「初めてお会いした時、近衛騎士のヘレナ殿から"好奇心は猫を殺す"と嗜められました」
「あーーー、あ?」
「地球のことわざ──あるいはヘレナ殿が転生者ということも考えましたが、貴方から影響を受けていただけだったんですね」
俺にとっての、ジェーンやヘリオやリーティアやフラウのように。
「なんだつまり、てめえは最初っから疑いを持っていたわけか。オレ様はハンスからてめえのことを聞くまで、他に転生者がいるなんて思ってなかったがな」
(俺以外の転生者を知らない……?)
スミレのことを言うべきか俺はわずかに逡巡するが、少なくとも今はまだ安易な情報開示はしないことにする。
"血文字"についても、別に今この場ですぐに教える必要もないだろう。
「ちなみにさっきの問いの突っ込んだ答えだが、俺は日本人。ヴァルターはどこの生まれなんだ?」
「中国だ。それと同じ転生者だからって打ち解けた気になってんじゃあねェ。前世はともかく今の立場は違うんだから弁えろ」
「……失礼しました、殿下」
試しにフレンドリーに行こうと思ったが、どうやら同郷であってもそれは気に喰わないらしかった。
(俺が日本から亜人特区、スミレがロシアから東連邦、ヴァルターが中華から帝国中央、"血文字"はわからんが──)
異世界転生にあたって、死んだ時期と生まれた時期は一致しているようだが土地は関係ないと見える。
それでも参照し比較できるデータが少なすぎるので、あくまで傾向として判断するしかないのだが。
「帝王の血族に生まれるとは……二度目の人生はなかなか楽しいんじゃないですか?」
「知った風なクチを叩くなよ。てめえだってエルフだろうが」
「正確にはハーフエルフですが──まぁ種族的には恵まれたと思っています、育ちは少しばかり悲惨なものでしたが」
「別にてめえの身の上話に興味は無えよ」
「ではヴァルター殿下の身の上話を聞かせてはもらえませんか?」
俺はヴァルターと距離を詰めるべく、どうにか談話できないものかと切り口を探る。
「お断りだ。楽しいモンでも他人に話すモンでもねえ」
シッシッと手で振り払うような仕草を見せてから、その手を上へと向けて俺へと突き出してくる。
「おう、それよりも使っていた銃をよこせや」
ヴァルターからの命令に対し、俺は"コルトSAA"をモデルにした銃を抜きながら華麗に回転させ、柄を向けて差し出す。
向こうから興味を持ってきてくれるのは、話のキッカケとしては丁度良い。
「リボルバーか、よくできてやがる──」
しかしそんな思惑とは裏腹。
受け取ったヴァルターは、数秒ほど眺めたかと思うと……いきなり銃口を俺の額へと突き付ける。
「オイオイ、逃げねえのか?」
「躱してもいいですが、ただの銃弾一発でやられるほど柔じゃないですし」
「つまらねえ反応だ」
ヴァルターはスッと銃口を遠間の木へと向け、引き鉄を引くも……弾丸は発射されない。
「クソッなんだよ、てめえ不良品を渡したから涼しい顔してやがったのか」
「シングルアクションなので、撃鉄を上げてからでないと撃てませんよ」
「チッ……なるほど、そういう構造なのか」
今度はガチッと撃鉄がコックされ、銃口から飛び出た弾丸は見事に木の幹に命中した。
「ったく、"工房"の野郎どもは使えねえ──オイ、コレを作ったのは誰だ?」
「友人です」
「はぐらかすじゃねえよ。てめえがインメル領会戦に参戦してたのも、ナントカ財団ってのと関わりがあるからだろうが」
「シップスクラーク財団と言います。それと友人というのも事実です」
鼻を鳴らすように息を吐いたヴァルターは、リボルバーをあっさりと投げ返してくる。
「"円卓殺し"──いやベイリル、てめえオレ様の下につけ」
「は?」
話の流れをぶった切るような唐突な命令に、俺は間の抜けた声をあげる。
すると次の瞬間には、ヴァルターの腕から伸びてきた影の刃が、俺の首筋へと添えられた。
「いやァ……その前に、てめえの異世界での"目的"を聞いておかねえとな」
「穏やかじゃないですね」
「財団とやらを使って武器やら兵器を作り、世界征服でもする気か?」
「んんっ、そうですね──何と説明すればいいものかと」
「さっさと答えろや、返答次第じゃ飛ぶぞ」
「私……いえ、俺の目的は──"文明回華"」
「あぁん……?」
慎重に言葉を選ぶべきとも思ったが、俺はヴァルターを相手にどうにも嘘を吐いたり誤魔化す気にはなれなかった。
「魔導と科学の融合──人類と文明とが共に進化・発展し、果てしなき"未知なる未来"を見る旅路」
それはヴァルターも転生者であること、俺と似た部分があるということを直観的に理解していたからに他ならない。
「要領を得ねえ、具体的に何をする気だ?」
「ありとあらゆる手練手管を駆使して世界を席捲し、一段ずつ高みへと導いていくこと」
「つまり世界征服も範疇ってェわけか?」
「まぁ武力制覇も手段の一つなのは否定し──」
スッと音もなく鋭い影刃が、首元を通り過ぎた。
しかしそれは俺が体をズラして皮一枚で躱したからに他ならず。
間違いなくヴァルターは殺意を持って振り切ったし、同時に回避されたことも織り込み済みのような様子であった。
「ならオレ様の敵だな」
「ふゥー……ヴァルター殿下、貴方は世界の帝王がお望みだと?」
「男に生まれたら頂点を目指すモンだろうが」
「否定はしない。だがこの場で命を懸けてまで相争う必要性も感じない、競い合えばいいと思いますが」
ヴァルターの肉体をズズズッと黒い影が覆っていく。
もはや交渉の余地は感じられないほどに、帝王の血族らしい混じりっ気なしの殺意が膨れ上がる。
「転生者なんてのは一人いれば充分だ。オレ様に従うか、慎ましやかに生きるんだったら見逃してやっても良かったが……余計なことをされちゃたまんねえ」
「帝国王族と伯爵の身分差こそあれ、この場には他に誰もいない。そっちがその気なら、こっちも本気でやらせてもらうが?」
目撃者がいないのならば、どうとでも理由を付けられる。
今の状況なら万丈の聖騎士と相討ちになったとでも言っても良い。
せっかく出会えた数少ない転生者、"血文字"のようなどうしようもない人格破綻者でもないのに殺したくはないが……相容れないのであれば致し方ない。
黙って殺されてやるほどお人好しではないし、帝国貴族である以上、王族相手に逃げておしまいというわけにもいかない。
「"円卓殺し"……てめえを本番前の仮想敵として認めてやる、精々オレ様の為にあがいて死ね」
「誰の仮想だ? 戦帝だったら光栄なことだとも思うが」
「これから殺すヤツに教える意味は無ェ──"影装"」
「──其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映し己道を果たさん。魔道の理、ここに在り」
ヴァルターは顔面も含めた全身に漆黒を纏い、俺は"決戦流法・烈を"発動させる。
「侮りはしねェぜベイリル、出し惜しみもな。光栄に思いやがれ──"影絵・竜"」
するとヴァルターの背後に、体長にして20メートルほどはあるかという黒き竜が現出したのだった。




